秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を【短編賞創作フェス】
尾岡れき@猫部
秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を(前編)
大学で初めて、出会った彼女とやけにウマがあった。
男と女の友情云々はよく聞くが、玉葵には気軽く接する安心感があって。
「ふふふ。ボクもだよ、
玉葵が笑う。玉葵と晴紀、音がちょっと似ているね。そう玉葵は笑う。
ゼミの課題を一緒にやって。高校ではサッカー部だったが、万年補欠だった。玉葵に誘われて、フットサルのチームに入ったのが良かった。小さなチームだが、レギュラーを獲得。
フットサルは、男女混合チームが許される。玉葵とは不思議とゲーム中も息が合った。この一年、弱小チームが、連勝の快進撃。その勝因は、玉葵であることは間違いない。
フットサルのチームと飲み。遊んで。また大学のレポートをこなしてを繰り返して。
気付けば、終電を逃しても。お互いの部屋で、雑魚寝するのも当たり前になっていた。
(なんとも思っていないんだろうなぁ)
若干、複雑な気持ちになりながら、玉葵を見やる。
高校の時は、サッカー一筋。でも、マネージャー達は部長をはじめ、レギュラーメンバーと付き合っていた。補欠の僕に――
――それは、今だって。
玉葵も、きっと僕を男だって、認識していない。
それで良いし、自分から変えるつもりもない。
意気地なしといわれたら、それまでだけど。変な勇気で、この友情を壊したいとはとても、思えない。
「んっ……
そういえば、玉葵は最近、僕のことをそう呼ぶよね。
僕用の布団を引っ張り出した。
すると決まって、寝相の悪い家主が、ベッドから降りてくる。
「
僕を猫か何かと勘違いして、髪を撫で回したり、抱きついてくるのだ。でも、玉葵と接するなかで、回避する手法を憶えた。それが、抱き枕。僕が誕生日にプレゼントしたヤツだ。玉葵は、僕の策略にまんまと嵌まり、抱き枕を全力で抱きしめる。
王子様扱いされる玉葵には、ファンシーな抱き枕は似合わないと思うけれど。クールな玉葵は、少し唇を尖らせてみせる。
「キミだけだよ。ボクを女の子扱いするのは」
不満そうな。
それでいて、唇の端が少し、開いて。でもね、最近気付いたんだ。玉葵、キミは照れ隠しの時、必ずそういう顔するよね?
寝ぼけて抱き枕を、全力でハグする時、玉葵はふにゃりと笑みが零れるのだ。僕は、そんな玉葵を見ながら、飲みかけのビールを飲む。ん、悪くない。
ふと。
視線を上げる。
玉葵のベッドボード。その奥に、立てかけてある、ダイヤルロック式の日記帳。
僕が席を外そうとした瞬間に、いつも玉葵はカチャリカチャリと、ダイヤルを回しす。そして、ふにゃりと、また頬を緩ませ。朱色に染めるながら、日記帳を見やるのだ。
――これはね、秘密の日記帳なんだ、
玉葵は、ふふんと、笑う。
幸せそうに笑みを溢しながら。誰を想って、そんな風に笑うんだろう。そんな玉葵を見ていると、ズキズキ、胸が痛む。
すーすー。
玉葵が眠りこけるのを見やって。
カチャリカチャリ。
玉葵が何回もダイヤルを回すのを思い返しながら。
(そんなバカなこと、あるわけないよね――)
見覚えのある四桁の数字。
それは、僕の誕生日だった。
パタン。
まさかの、このタイミングで。立てかけていた手帳が落ちて。ベッド上で静かにバウンドした。
手をのばせば届く距離。
(え……?)
思わず、手帳に手をのばした僕がいた。
その笑顔を向けている相手は誰なんだろう。気になって仕方なかった。
その手が止まる。
理性が止める。
玉葵のプライベートを覗くなんて。親友として、その行為は最低だ――。
手が――玉葵の手が伸びる。
カチャリ、カチャリ。
ダイヤルを回して、そして日記帳に頬ずりをして――カクン。項垂れるように、首が僕の膝の上に乗る。
(ちょ、ちょっと? 玉葵?)
玉葵の寝相が悪いのは、今に始まったことじゃないが。今日の玉葵は、当社比1.5倍ひどすぎた。
日記帳が、落ちて。
ページが開いた。
とくんとくん、心臓が早鐘を打って。胸が痛い。
恐る恐る、書かれていた名前に目向けて――絶句した。
――
それは、僕の名前だった。
■■■
◆4/5。入学後、オリエンテーションで、彼を見つけた。間違いない、オープンキャンパスの時に見かけた彼だ。
(へ?)
僕はページを遡る。玉葵と、僕はオープンキャンパスの時に出会っていたの?
◆9/22。オープンキャンパス。すごい子と出会った。体は小さいのに。そんじょそこらの、女の子より可愛いけど、どうやら男の子みたいなんだ。声を聞いて、ガッカリしていたら、サッカーボールが飛んできた。そのボールを、難なく胸で受け止める。いわゆる、胸トラップというヤツ。そして、軽々しく、ボールを蹴って。ボールは真っ直ぐ飛んでいった。体幹はまるでブレていない。彼……コツコツと練習を重ねてきた人なんだって、直感で感じた。その、シュートの美しさに、私はつい見惚れてしまう。
僕は思わず、頬が熱くなる。オープンキャンパスの時に、女子高生の集団と出会ったことは、なんとなく憶えている。でも、それが当時の玉葵とは思いもしなかった。
◆でも、何より。「怪我なかった?」と私に気遣う素振りを見せる。だいたい、高身長の私を見たら、自分で対処できるでしょ、という態度を露骨に見せる。それなのに、当時の晴紀は――今の
ごめん、本当に憶えていなかった。
◆4/6。今日も
えっと? 玉葵?
◆今、この時点では。
「
玉葵が、口をもぐもぐさせながら、俺の腰に抱きついて――。
俺はどう反応して良いのか分からず、フレーズしてしまう。
「
そう玉葵が、僕の名前を呼ぶ。
「好き――」
王子様系お嬢様から発せられた言葉は、僕の感情を火傷させるのに、十分だった。
【つづく】
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