秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を【短編賞創作フェス】

尾岡れき@猫部

秘密の日記帳に君の名前を、想いの分だけ君の名前を、書き切れないくらい君の名前を(前編)


 高砂玉葵たかさごたまきを一言で表すなら、王子様系お嬢様。ボーイッシュで、身長180㎝。スタイルも良く、一見モデルかと見間違う。でも、清楚な雰囲気も同居していて。それなのに気易いという、不思議な空気感があった。


 大学で初めて、出会った彼女とやけにウマがあった。

 男と女の友情云々はよく聞くが、玉葵には気軽く接する安心感があって。


「ふふふ。ボクもだよ、春紀ハルキ


 玉葵が笑う。玉葵と晴紀、音がちょっと似ているね。そう玉葵は笑う。


 ゼミの課題を一緒にやって。高校ではサッカー部だったが、万年補欠だった。玉葵に誘われて、フットサルのチームに入ったのが良かった。小さなチームだが、レギュラーを獲得。


 フットサルは、男女混合チームが許される。玉葵とは不思議とゲーム中も息が合った。この一年、弱小チームが、連勝の快進撃。その勝因は、玉葵であることは間違いない。


 フットサルのチームと飲み。遊んで。また大学のレポートをこなしてを繰り返して。

 気付けば、終電を逃しても。お互いの部屋で、雑魚寝するのも当たり前になっていた。


(なんとも思っていないんだろうなぁ)


 若干、複雑な気持ちになりながら、玉葵を見やる。

 高校の時は、サッカー一筋。でも、マネージャー達は部長をはじめ、レギュラーメンバーと付き合っていた。補欠の僕に――低身長160cmのチビが注目される未来は、絶対になかったんだ。


 ――それは、今だって。

 玉葵も、きっと僕を男だって、認識していない。


 それで良いし、自分から変えるつもりもない。

 意気地なしといわれたら、それまでだけど。変な勇気で、この友情を壊したいとはとても、思えない。


「んっ……晴紀ハル

 そういえば、玉葵は最近、僕のことをそう呼ぶよね。

 僕用の布団を引っ張り出した。

 すると決まって、寝相の悪い家主が、ベッドから降りてくる。


いヤツ、いヤツ」


 僕を猫か何かと勘違いして、髪を撫で回したり、抱きついてくるのだ。でも、玉葵と接するなかで、回避する手法を憶えた。それが、抱き枕。僕が誕生日にプレゼントしたヤツだ。玉葵は、僕の策略にまんまと嵌まり、抱き枕を全力で抱きしめる。


 王子様扱いされる玉葵には、ファンシーな抱き枕は似合わないと思うけれど。クールな玉葵は、少し唇を尖らせてみせる。


「キミだけだよ。ボクを女の子扱いするのは」


 不満そうな。

 それでいて、唇の端が少し、開いて。でもね、最近気付いたんだ。玉葵、キミは照れ隠しの時、必ずそういう顔するよね?


 寝ぼけて抱き枕を、全力でハグする時、玉葵はふにゃりと笑みが零れるのだ。僕は、そんな玉葵を見ながら、飲みかけのビールを飲む。ん、悪くない。


 ふと。

 視線を上げる。


 玉葵のベッドボード。その奥に、立てかけてある、ダイヤルロック式の日記帳。

 僕が席を外そうとした瞬間に、いつも玉葵はカチャリカチャリと、ダイヤルを回しす。そして、ふにゃりと、また頬を緩ませ。朱色に染めるながら、日記帳を見やるのだ。


 ――これはね、秘密の日記帳なんだ、

 玉葵は、ふふんと、笑う。


 幸せそうに笑みを溢しながら。誰を想って、そんな風に笑うんだろう。そんな玉葵を見ていると、ズキズキ、胸が痛む。


 すーすー。

 玉葵が眠りこけるのを見やって。


 カチャリカチャリ。

 玉葵が何回もダイヤルを回すのを思い返しながら。


(そんなバカなこと、あるわけないよね――)


 見覚えのある四桁の数字。

 それは、僕の誕生日だった。


 パタン。

 まさかの、このタイミングで。立てかけていた手帳が落ちて。ベッド上で静かにバウンドした。

 手をのばせば届く距離。


(え……?)


 思わず、手帳に手をのばした僕がいた。

 その笑顔を向けている相手は誰なんだろう。気になって仕方なかった。


 その手が止まる。

 理性が止める。


 玉葵のプライベートを覗くなんて。親友として、その行為は最低だ――。

 手が――玉葵の手が伸びる。


 カチャリ、カチャリ。

 ダイヤルを回して、そして日記帳に頬ずりをして――カクン。項垂れるように、首が僕の膝の上に乗る。


(ちょ、ちょっと? 玉葵?)


 玉葵の寝相が悪いのは、今に始まったことじゃないが。今日の玉葵は、当社比1.5倍ひどすぎた。


 日記帳が、落ちて。

 ページが開いた。


 とくんとくん、心臓が早鐘を打って。胸が痛い。

 恐る恐る、書かれていた名前に目向けて――絶句した。



 ――晴紀ハル

 それは、僕の名前だった。







■■■






◆4/5。入学後、オリエンテーションで、彼を見つけた。間違いない、オープンキャンパスの時に見かけた彼だ。


(へ?)


 僕はページを遡る。玉葵と、僕はオープンキャンパスの時に出会っていたの?


◆9/22。オープンキャンパス。すごい子と出会った。体は小さいのに。そんじょそこらの、女の子より可愛いけど、どうやら男の子みたいなんだ。声を聞いて、ガッカリしていたら、サッカーボールが飛んできた。そのボールを、難なく胸で受け止める。いわゆる、胸トラップというヤツ。そして、軽々しく、ボールを蹴って。ボールは真っ直ぐ飛んでいった。体幹はまるでブレていない。彼……コツコツと練習を重ねてきた人なんだって、直感で感じた。その、シュートの美しさに、私はつい見惚れてしまう。


 僕は思わず、頬が熱くなる。オープンキャンパスの時に、女子高生の集団と出会ったことは、なんとなく憶えている。でも、それが当時の玉葵とは思いもしなかった。


◆でも、何より。「怪我なかった?」と私に気遣う素振りを見せる。だいたい、高身長の私を見たら、自分で対処できるでしょ、という態度を露骨に見せる。それなのに、当時の晴紀は――今の晴紀ハルも、私を女の子扱いしてくれた。きっと晴紀ハルは憶えていないと思うけどね。


 ごめん、本当に憶えていなかった。


◆4/6。今日も晴紀ハルの隣に座る。他の子が、興味深そうに見ているが、渡すつもりはない。残念、遅かったね。晴紀ハルと友達になれて嬉しい。あぁ、そんなあからさまな嘘を並べてしまう。晴紀ハルの隣が嬉しい。本当にそう。でも、友達で満足できそうにない。


 えっと? 玉葵?


◆今、この時点では。晴紀ハルが見る目は、私だけだった。嬉しい。気遣ってくれる。購入した教科書を重そうな素振りを見せたら、持ってくれた。この私にだよ? 今まで女の子扱いなんか、されたことがない私を、晴紀ハルはこうやって、ちゃんと女の子として見てくれる。嬉しいよ、嬉しいに決まってるじゃん。だから、晴紀ハル? 他の子にそんな風に優しくしないで――。



晴紀ハル……」

 玉葵が、口をもぐもぐさせながら、俺の腰に抱きついて――。

 俺はどう反応して良いのか分からず、フレーズしてしまう。


晴紀ハル

 そう玉葵が、僕の名前を呼ぶ。


「好き――」

 王子様系お嬢様から発せられた言葉は、僕の感情を火傷させるのに、十分だった。





【つづく】

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