♡悶々♡

 キフレ。

 キスフレンド。

 それはキスだけを求め、キスだけを求められる関係。

 その上に恋愛感情はない……ということになっている。

 もっとも私には恋愛感情があるのだけど。


 この関係は絶妙なバランスで成り立ち、維持される。


 多分。


 ずっと続く関係でもないはず。

 それに、一度崩れたら崩れ続けて止まらない。

 修復されることはない。


 幼馴染とか、友達とか、十何年来の付き合いとか、今まで積み上げきたものも一緒に壊すことになる。

 流れて、溢れて、消えていく。

 まぁ、壊れて疎遠になるのは普通に嫌なんだけどね。

 こういう関係になってしまった以上もうどうしようもない。

 決定事項なわけであって、定まった未来なのだ。

 受け入れる他ない。

 それしか選択肢がない。


 責めるのならば、そう、あの時に平静さを喪失していた私を責めるしかない。

 責めたところで、状況が変化するわけでもないんだけど。


 ただキフレという関係を展開している間は、私と雛乃の距離を繋ぎ止めることになる。

 良くも悪くも鎖の役割をしてくれてる。


 この鎖が外れてしまうのは、私が内に秘めている恋愛感情が表に露呈し雛乃にバレてしまった時か、雛乃が男と付き合い始めた時か、私と雛乃がなにかで喧嘩をして縁を切ってしまった時だろう。

 他にもあるんだろうけど、パッと思いつくのはこのくらいだ。

 強固のように見えるかもしれないが、案外脆い。

 簡単に壊れてしまう。


 ただ逆に考えるのであれば、これらをしないようにすれば関係は崩れない……とも考えられる。

 まぁ、雛乃が誰かの男を好きになるのを阻止するのは不可能なんだけどね。

 でも、他の二つに関しては私の努力でどうにでもなるようなものだと思う。


 どうにかなるのなら頑張りたい。


 やっぱり好きな人とはできるだけ近くに居たい。

 例え失恋に近しいものをしていたとしても、気持ちはそう簡単に変えられないから。

 ということを昨日は考えていました。


 雛乃流に言うのなら、一人反省会になるのかな。

 なに言ってんだろ~とか、当時は思っていたけど、今ならその気持ち痛いほどわかる。

 一人反省会ってこういうのを言うんだね。


 「ん?」


 隣を歩く雛乃は不思議そうに私を見つめる。

 目が合った。


 「ん?」


 私も雛乃と同じ反応をする。

 雛乃がこういう反応をすると自然なのに、私がするとどこか不自然さを感じるのはなぜなのだろうか。

 猫がご主人に餌を強請る時のあざとさに近しい気がする。


 「なんかぼーっとしてたから」

 「歩く時にぼーっとするのは良くないね」

 「うん、良くないと思うけれど……」


 雛乃は困ったように笑う。


 「今それをしていたよ」

 「えー、私が?」


 私の恋愛感情がバレないように決意した昨日の一人反省会を思い出してました! だなんて口が裂けても言えない。

 だから適当に誤魔化す。

 誤魔化し方を間違えてしまったような気がしなくもないけど、もう引き返せないので、すっ呆け演技を続けることにする。


 「そうそう唯華が」

 「そっか~」


 うんうんと頷く。


 「気のせいじゃない?」

 「そうかな」

 「そうだよ。あー……」


 効力のある言葉を見つけてしまった。

 口にするか、やめておくか、私の心の中で葛藤が起こる。

 この水掛けをずっとするよりは幾分かマシだよねぇ、という結論に至った。


 「したいなぁって思ってたんだよね。したいなって」


 私はわざとらしく唇に指を当てる。

 唇に指を当てるとなぜか安心する。

 元ある形に戻ったような感じだ。

 もしかしたら無意識のうちに唇に指を当てる癖でもついてんのかも。

 意識しておこう。


 「したい?」

 「そうそう」

 「なにを?」

 「キスを」

 「キス……キス?」


 顔を顰める。


 「え? 今から?」


 困惑混じりの声色。


 「今からキスがしたい」


 そんな雛乃の声に私は覆いかぶせるような形で追い打ちをかける。

 雛乃は苦笑気味の笑みを見せながら、私のことをちろりと見た。

 そして辺りをキョロキョロと見渡す。


 「朝だよ」

 「朝だね」

 「まだ、朝だよ。学校にも着いてないし」

 「うん、そうだね」

 「それに人も多いよ」

 「人も多いね」

 「え、本当にしたいの」

 「したいなぁ」


 まぁ、本気でしようだなんて思っていない。

 そりゃあ、できるに越したことはないんだけどね。

 本当の目的はキスをすることではなく、話題を逸らすことである。

 本来の目的ということを考えれば、もう目的は達成したと言って良いだろう。

 十分目的を逸らせた。


 「ん……」


 雛乃は私の手首を掴む。


 「へ? え……」


 私をそのまま引っ張る。

 あまりにも情けない声しか出てこない。


 連れて来られたのは建物と建物の間の路地。

 裏路地ってやつだ。

 建物の陰になっていて日差しはない。

 薄暗く、ジメジメしていて、アスファルトと塀の堺には苔が生えている。

 まぁ、ストレートな物言いをするのならば、非常に居心地の悪い場所という言い方になるのだろう。


 目の前に雛乃が居る。

 雛乃の息遣いも、シャンプーの香りも、わかるような距離。

 彼女のおかげで、この劣悪な環境でも別に良いかと思えてしまう。

 うーん、愛の力って偉大だねぇ。


 「ん」


 雛乃は目を閉じる。

 そして少しだけ顔を突き出す。

 妖艶な表情。

 すぐにピンときた。

 なぜこんな場所に連れてきたのかを理解した。

 なんて健気な子なんだ、と愛おしくなり、苦しくもなる。

 抱きしめて、頭を思いっきり撫でて、舌を絡めるような濃厚なキスをして、下半身にも触れて、蕩けさせたくなる。


 けどそれはやりすぎ。


 だから、そっと口づけをする。


 抱きしめないし、頭も撫でない。

 唇は重ねても、舌も入れない。口づけだけ。

 きっと舌を入れて絡めたら、私の理性は保てなくなってしまう。

 今の雛乃はそれほどに魅力的だった。


 そっと雛乃から離れる。

 正直物足りなさはある。

 行き場を失った私の舌は疼く。

 雛乃の舌と出会わせろと暴れている。


 「満足」


 私はそう言って先を歩く。

 この場所から出る。

 今の顔を雛乃に見せたら、嘘を吐いているのがバレてしまうかもしれないから。

 雛乃は案外私の顔を見ているらしいし、私は私で結構簡単に感情が出てしまうらしいからね。

 表情で感情がバレるかもしれないのなら、そもそも顔を見せなきゃ良い。

 非常に簡単な話だ。

 「そっか」


 雛乃の声が後ろから聞こえてくる。

 どういう感情の元出てきた言葉なのだろう。

 表情が見えないとなにもわからない。

 わからないけど振り向かない。

 振り向いたら指で弾いたように爆散しそうだったから。

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