第45話 理想郷
アリシアはそう感じていた。魔王ロランの夢見る人と魔物が共に暮らす理想郷は実現しているように思えた。
その時だった。
オドが何かに気がつき、アリシアに伏せるように言い放つ。それにアリシアは言われるままに地面へと伏せた。オドは戦斧を握りしめて、アリシアの前に飛び出すと戦斧を振った。
その瞬間、金属音が鳴り響き、耳障りな音と共に火花が飛び散る。
何が弾き返されたのだとアリシアは理解した。
視線を上げ、チラりと音がした方へと向ける。
すると近くにあった木に一本の剣が突き刺さっていた。その剣は妙に黒々としていて、怪しい光沢を放つ。やがて、塵が風にさらわれるように形が崩れていき、消えてなくなった。
それが魔法の何かだとわかると攻撃してきた相手について、予測がついた。
エイラムもそれが誰の仕業なのか、わかっていた。
オドも驚く様子はなく、静かに戦斧を構える。
そして木々の奥から一人の老人が現れた。見覚えのある顔だ。
「オド、なぜそいつらを庇う?」
怒りを帯びた声にオドは動じない。それは予想していた反応だったからだ。
目の前に現れた老人、魔王軍の将軍の一人ロウコウだった。
ソリアの街で襲って来たロウコウは転移魔法で逃げた二人を追って来ていたのである。
ロウコウは人を恨んでいる。いや、人間、というよりもフェレン聖騎士に対して、恨みを持っていた。
「お主とて、あの日のこと、忘れたとは言わせぬ」
かつて、オドがまだ幼い頃の事だ。ロウコウの部下であり、オドにとっては兄のような存在であった男がいた。名をガズルという。気前のいいオークの一人で、幼いオドにも優しく接してくれたものだ。
ある時、勇者が率いるフェレン聖騎士団がオドたちのオークの集落を襲った。目的はオークの部族の抹殺。ただそれだけだ。盗賊や野党の如く、殺しに殺しまくった。家の中でガズルと共に隠れていたオドの元に「灰色の勇者」がやってきた。
灰色の勇者は口を開くことに「正義のために」と息を吐くように言い続ける。彼が持つ剣の刃には血がべっとりとついていたのを今でも鮮明に覚えている。そして、見つかる寸前のところで、ガズルが灰色の勇者の目の前に飛び出し、ガズルは差し違える覚悟で、戦いを挑む。物が壊れ、ガラスが割れる音、叫び声が響く中、オドは目を瞑りながら、必死に耐え続けた。
だが、どれだけ時間が経っても、戦いの音は止むことがなかった。暗闇の中、恐ろしさのあまり、泣き叫ぶことしかできなかった。しばらくして、静寂が訪れるとオドは自分の体を抱きしめた。
そこには無残な姿となったガズル。そして、倒れ伏す灰色の勇者。虫の息となったガズルがオドを呼ぶ。
震える足取りで駆け寄るとガズルの手を握る。ガズルはいつもの笑みを浮かべてオドの頭を優しく撫でるといった。
「……いいか。人を怨むんじゃないぞ……。お前は優しい子だから……どこまでも優しいお前でいろ。そして、困っている人を助けてやれ……約束だぞ」
それからガズルの言葉を最後にオドの記憶は残っていない。
「ガズルの兄さんがいった。人を怨むなと。困っている人は助けてやれと。だから俺は俺の正義を貫くまでだ」
ロウコウに向かって、オドは堂々と宣言する。その姿はまさに戦士そのもの。その言葉を聞いたロウコウは落胆したように首を左右に振る。そして、殺意の籠った目でギロリと睨みつけたあと短く言う。
「であれば、うぬも共々死ぬがよいわ!」そう言って、手に持っていた剣を構え踏み込もうとした。
その瞬間、オドとロウコウとの地面から影が現れ、一人のメイド服をきた女性が現れた。爬虫類の目で交互に視線を送ったあと、手を叩く。
「双方、おやめなさい!」
凛とした声が響き渡る。突如現れた存在にロウコウは驚いた様子を見せることなく、不服そうに剣を納める。オドも戦斧を下ろした。
それを確認してから、彼女は呆れたようにため息をついた。
「まったく、あなたたちは……。ロラン様がいないことを良い事に勝手なことをして……」
そうリベルは呟きながら、ロウコウの元に近づく。
「ロウコウ、あなたは帝国への偵察をお願いしているはずですが?」
冷たい視線で見つめるとロウコウは苦笑いしながら、頭を掻いた。
帝国の現状を知るために、ロウコウに頼んでいたのだが、どうもうまくいっていないようだ。
この様子では報告できるような情報は得られていないだろう。
リベルはもう一度、深い溜息をつくとオドの方へ振り向く。
「それにオド、勝手に街を出ないでもらえる? あれほど、我が主様に厳命されているのに」
オドはその言葉にバツが悪そうな表情をした。ソリアの街の統治はオドに任されていた。そのため、統治者が街から離れてしまうと不測の事態に対処ができなくなってしまう。
せっかく、作り直したソリアの街も火の海になってしまっては意味がないのである。リベルは二人が戦おうとしていたこと。そして、オドの近くにいる二人の人間を見て、大体の事情を理解した。
ロウコウは肩をすくめて見せる。
魔王軍の将軍であるロウコウが明らかに自分よりも若いメイドの服をきた女性に反論できないということにエイラムはロウコウとの立ち位置がさらに上なのだと悟った。ロウコウで死にかけているのに、さらに強い魔族が現れたことになる。生きた心地がしない、とはこのことか。リベルはエイラムとアリシアに視線を向ける。
「フェレン聖騎士のあなたたちには申し訳ないですが、お仲間たちと一緒にここで拘束させてもらいます」
「まぁ、そうなるよな。抵抗はしないさ」
フェレン聖騎士としてのプライドなんて、エイラムはもうどうでもよかった。圧倒的な強さを戦わずしても知らしめられたからだ。
無駄死にするだけは御免だ、とエイラムはそう思った。それに、自分のプライドで、アリシアを死なせることも無責任すぎる。
エイラムは素直に両手を上げる。それはアリシアも同じで、抵抗はしようとは思わなかった。
その様子を見たリベルは満足げにうなずく。
「よろしい。勇気と無謀は違いますからね」
そう言って、リベルは口端を吊り上げたのであった。
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