第27話 死者には安らぎを。

翌日の朝。帝国軍に襲われたソリアの街ではロランが率いる魔物の兵士たちが滞在していた。ロランは街の人々の保護を約束し破壊された建物の修理をするため、オークたちが残骸の撤去作業を始めていた。


「……酷い」


 炎に包まれ、死にかけていたのを最後に街がどうなったのか、わからなかったレオは今の街の惨状を見て絶句してしまった。建物は影も形もなくなり、街は瓦礫と化している。街の大通りでは多くの死体がいまだに転がっていて野ざらしとなっていた。


それをオークたちが回収し、布で覆っていく。


ズラリと並ぶ死体の数を見て、レオは怒りと悲しみが折り重なる。


「よくもこんな酷いことを……」


 その隣で同じように見ていたロランが言った。


「これが、人間さ」

「え?」

「人間はね。自分さえよければ、他の人は死んでもいいと思っているんだ」

「そんなのって……あんまりだよ……」


 レオは視線を落とした。そこに泥まみれになった馬のオモチャが目に入る。それを拾い上げた。木製の馬のオモチャには「エル」と名前が刻まれていた。レオは涙が溢れ出る。木製の馬を抱きしめた。その様子を見たロランは何も言わず、レオが泣き止むまで待っていた。しばらくして、レオが泣き止み顔を上げる。


「大丈夫かい?」

「うん……」

「レオ、家はどうする? ここに住んでいたんだろ?」


 それにレオは少し考えるような素振りを見せた後、首を左右に振った。


「行きたくない……」


 最後に見た自分の家は炎の中だった。父や母、それに飼っていた犬もみんな殺されてしまった。だから、もうそこには戻れないと思ったのだ。


「辛いよね」


 そういって、ロランはレオを優しく抱きしめた。レオは驚いたが、すぐに抱き締め返す。魔物なのに暖かくて優しい。それが嬉しかった。しばらくそのまま二人は抱き合っていた。すると、突然二人の後ろから声がした。


「魔王様」


 二人が振り返るとオドがいた。レオとロランは慌てて離れる。


「お取込み中、申し訳ございません……」

「な、なに?」


 恥ずかしかったのか、顔を赤くしてロランが言う。


「復興作業にて必要な資材の購入の許可を頂きたく」

「あぁ……いいよ」

「ありがとうございます」


 そう言ってオドは頭を下げた後、その場を去った。その後ろ姿を見送りながらロランはため息をつく。


「まったく、仕事熱心だなぁ……」


 視線を巡らせる。そこには作業に取り掛かるオークたち。木材を運び、瓦礫になった家屋を片付けている。ロランの姿を見た街の住民たちがやってきた。


「これはこれはロラン様、我らをお救いくださりありがとうございました。街を代表してお礼を」


 白い髭を蓄えた老人が深々と頭を下げてきた。装備を見たところ、兵士には見えるが見たことがなかった。ロランは小首を傾げる。


「君は?」

「ソリアの街で、守備隊長をしておりました『アルス』と申します。領主が逃げ出したため、私が代わりに街のまとめ役のようなことをさせていただいておりました」

「なるほど」


 ロランは納得したようにうなずく。そして、アルスは言った。


「魔王様にそれにオド様のおかげで、生き残ることができました。本当に感謝しております」

「うむ。君たちは僕たちが怖くないのかい?」

「何を仰いますか! あなた方は私たちを助けてくれた命の恩人です! 確かに最初、魔物だと知ったとき、恐れを感じました。しかし、こうして、私たちのために街を復興してくれるようなお方を誰が恐れるのでしょうか」


 そういってアルスが両手を広げて言う。他の住民たちも同じ意見だったようで大きくうなずいていた。


「うんうん。良い答えだね」


 ロランは満足げに微笑んで見せた。アルスは突然、膝を折り、深々と頭を下げる。


「我らの新たな王、救世主に揺るぎない忠誠を!」


 それに集まってきた住民たちも一斉に膝を折った。


「えっ!? ちょっと、やめてよ……照れくさいじゃないか」


 慌てるロラン。だが、住民たちは頭を上げなかった。その光景を見たレオが言う。


「ロランってまるで、勇者みたいだね」


 その言葉に住民の一人が言った。


「おお、なんと素晴らしい……まさに魔王様が勇者様となられるということですね??」

「えぇ??」


 困惑するロラン。住民たちはさらに興奮していた。そんな中でレオはクスリと笑みを浮かべていた。ソリアの街は魔王の最初の街として歴史に残ることになる。




♦♦♦♦♦



―――その日、ソリアの街の死者を丁重に弔い、墓が作られた。その中には、レオの家族の墓も作られた。深い悲しみと泣き声が上がる中、レオもまた悲しげな表情で、墓石を見つめる。


「お父さん……お母さん……」


 街で拾った木馬のおもちゃを抱きかかえながらレオは声を漏らした。


「いつも優しかったお母さん、いつも大きな背中で守ってくれたお父さん……私を逃すために守ってくれたんだ……私だけ生き残っても……意味ないよ……寂しいよ……」


 頬に雫が滴り落ちる。家族を失ったレオはただただ、墓石に刻まれた父と母の名前を見つめる事しか出来なかった。


 ロランに訪ねた。


 魔王なら死んだ人間を蘇らせることはできないのかと。ロランはできないことはないが、時間が経ってしまった死体はゾンビのように自我を持たない魔物なってしまうらしい。自我を持たず、身が腐り、骨となるのを見るより、土の中で、ゆっくりと眠ってもらった方が絶対にいいと思った。


 だけど、やっぱり、生き返って欲しい気持ちもある。どうしたらいいのか、どれが正解なのか、自問自答をし続けた。重たい空気が流れていることにロランが気を使って、あることを提案する。

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