第3話 魔王が勇者 その2
ご丁寧にも食べやすいように切り分けられていた。
一つを手に取り、口に持ってきたとき、ロランはハッと我に返ると手を止めた。
ソラーナに視線を恐る恐る向ける。
食べることをやめたロランに対して、ソラーナは煽り始めた。
「いいのかな~いいのかな~」
その顔がどこまでも人を小ばかにしたようだった。
「お、おのれ、悪魔め……」
ロランの震える声にソラーナは笑声をあげた。
「あはは。まさか、魔王のあなたに言われるなんて……んで、どうするの? 食べないの?」
「食べるもんか」
理性を取り戻したロランは目を思いっきりつむって、そっぽを向く。
「あら、そう。じゃあ、いらないんだね」
と杖を掲げた瞬間、ロランは慌てて声を上げる。
「ま、待って、待って!」
そういって、消される前にショートケーキを口の中へと放り込む。
むしゃむしゃと食べたあと、甘さが舌の先から伝わってきて、全身の力が抜けていくように玉座からずり落ちそうになった。
満足げな顔をしたあと、ふとソラーナに視線を向ける。
さっきまでいたはずの彼女はとどこにもおらず、視線を左右へと向ける。
なぜか、真横から気配を感じ、恐る恐る目だけを横へと向けてみる。
すると瞬間移動したのか、ニヤニヤしながらソラーナが立っていた。
「うわっ」
と驚き、条件反射的にのけぞってしまう。
「ねぇ、ねぇ、今、ケーキ食べたよね? 食べたよね?」
「……くっ」
「美味しかったよね?」
「ぐぬぬぬ……」
ロランの頬についたクリームをソラーナが人差し指で取り、自分の口へと運ぶ。
「あっま」
ちらにとロランに目を向ける。
視線を感じるロランは自分が犯した行動を悔いるように下を見つめる。
「なんで……僕の弱点を知っているんだ」
「なんでって、私は女神よ? 知らないことなんてないわ
「すべてお見通しというわけか……」
ぼそっとつぶやく。
視線を落とし、床を見つめていると頭の中にあることがよぎった。
「……本当に食べれなくなる?」
「え? なんて?」
わざとらしく耳に手を当てる。聞こえているのにわざとらしいことをしてくるソラーナに怒りを覚えたが、それよりも重要なことがある。甘いお菓子が今後、食べれなくなるか、どうかだ。
「この世界が滅んだら甘いものが食べれないのかってこと!」
声を張って言う。ソラーナはそこまで大声で言わなくてもという顔をしたあと言う。
「まぁ、そうね。そういうことになるわね」
「それはダメだ」
深刻な顔でソラーナを見上げる。
「断じて許されない!」
まるで子供がぐずるような顔をしていた。思わず、笑ってしまいそうになったソラーナだったが不機嫌にならないようにするために気を付けた。
「じゃあ、どうする? 私の言うことを聞く?」
屈辱的だったがロランは折れることにした。
「……致し方があるまい」
それにソラーナは両手を叩いた。
「なら話は早いわね」
「んで、僕は何をしたらいいんだ?」
もう一つのショートケーキを手に取り、口へ運ぶ。
もぐもぐしながらソラーナを見た。
「アトラス帝国の将軍シルビアという女を殺してほしい」
女神が口にする言葉ではないことにロランの手が止まる。
倒す、とか打ち払うとかならわかる。だが、彼女ははっきりと言った。
「殺して欲しい」と。
その言葉に違和感でしかなかった。
「女神が使っていい言葉じゃないね。不適切だ。実に」
「えぇ。そうかもしれないわね。でも、その女はね。不愉快極まりないの。人を無駄に殺して、街や村を破壊した挙句、私の神殿まで破壊したのよ! なんなのあの女!」
ロランは自分の神殿を壊されて怒っているようにも聞こえた。まぁ、どっちでもいい話だったが。
「ほんなの、自分でほればいいじゃん」
口の中、いっぱいにケーキを詰め込んでいく。口の周りはクリームまみれになっていた。
「私は地上において、不可侵の誓いがあるの」
「なにそれ?」
「女神はね、自らは地上に降りて、戦ってはいけないの。だからわざわざ、勇者に女神の加護を与えては、あなたを倒そうとしていたのよ」
「ふーん。なるほどね」
全く話を聞いていない様子で、残りのケーキに手を出した。それに気づいたソラーナが杖の石尽きで床を叩く。手元にあった残りのケーキが一瞬で消えてしまう。
「あぁ。まだ食べてたのに……」
「人の話はちゃんと聞きなさい」
ロランは口を尖らせて不服そうだったが返事をした。
「つまりあれでしょ? そのシルビアって女を殺したらいいんでしょ?」
「そういうこと」
それにまんまと騙されたと感じたロランはため息を吐いた。
「はぁ。わかった。わかったよ。その話、引き受ける」
「では魔王よ、今日からあなたは勇者として悪を倒すのです」
「勇者になるとはいっていないぞ!」
気配が消えたような感じがしたロランは視線を横に向ける。するとソラーナはもうその場にはいなかった。
「……なんなんだよ、あいつ」
もうどこにもいないことにあることに気が付いた。
「てか、瞬間移動できるんならわざわざ扉から入ってこなくてもよかったじゃんか!!」
誰もいない魔王の間でロランの声だけが響き渡るのであった。
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