魔王が勇者~魔女と呼ばれた少女とひきこもり魔王が勇者になるお話
飯塚ヒロアキ
第1話 引きこもりの魔王
いつから決まっていたのだろうか。いや、いつから決められていたのか。
それは絶対的なルール。
魔物が悪で、人間が正義というのが世界の常識だった。
その統率者である魔王は悪の元凶であり、厄災と破滅をもたらす者である。
そう人間は口々に言うのだ。
魔王だから世界を征服する。
そんな勝手なことを誰が決めたのか。
力を求めたらダメなのか。
か弱き魔物たちを統べたらダメなのか。
城を築き、領地を持ったらダメなのか。
人と異なる姿をしているからダメなのか。
その疑問に対して、答えられる人間はいない。
この数百年の間、自らを世界を救う『勇者』と謡う者たちが魔王ロランに浅はかにも挑んできた。
勝てると本気で思っていたのか。
剣聖と自称する者、魔法マスターと自称する者、武道の達人と自称する者、数多くの勇者が挑んでは眼前にして、敗北していった。
人間は弱い、実に弱すぎる。
圧倒的な敗北を味わっても尚も諦めることもなく、無意味に戦いを挑んでくる。
挑んだ勇者を何人葬ったことか。
正確な数を魔王ロランは思い出すこともできない。
少なからずも、両手の指では数えきれないだろう。
魔王ロランは自らの居城の玉座に座り、自問自答を数百年に渡って、続けていた。
「まったく、実に暇だ」
それが彼の口癖だ。
彼の頭には禍々しいオーラを放つねじれた角が左右に生え、赤い瞳は暗闇にギラギラと怪しく光る。暗黒の闇を連想させるような漆黒の髪はどこまでも美しかった。
凛々しくも中世的な顔立ちはまるで、描かれた肖像画のようだ。
数千年の時を生きているにも関わらず、少年のような若さを持っていた。
大きな魔王の間でロランは一人、頬杖をついて無限に続く退屈な日々を過ごしていた。
「ふあぁ~あ」
大きなあくびを一つ。そんな時、魔王の間の扉がノックされる。
「ん? なんだい?」
「魔王様。来客が来られております」
「来客? この僕に?」
怪訝するように眉を顰める。
この100年の間にロランに謁見を求める者は誰一人としていなかった。
それがいきなり、何者かが謁見を求めてきたのだ。
思考をめぐらせたあとある答えに辿り着く。ロランは大きくため息をついた。
「どうせ、また勇者とかだろ?」
「いえ、それが……」
言葉に詰まった様子にロランは目を細めた。いつもとは違う空気が流れ、違和感をその肌で感じた。足を組み直し、玉座に座り直す。
「僕は暇なんだ。はやく言って」
「そ、それが、その、ソラーナが来ております」
それに眠たげにしていたロランの目が冴えたように見開いた。
「ソラーナ? ソラーナってあの女神ソラーナのこと?」
「はい」
消え入りそうな返事にロランは眉を寄せて自分の耳を疑った。考えるよりも先に玉座から立ち上がり「追い返せ」と言おうとした時にはすでに魔王の扉は強引に押し上げられた。
ヒールの音が魔王の間に響き渡る。
絹のローブに金色の刺繍が施され花の冠、右手には白い木の杖を持った金髪の女性がズカズカと早歩きでロランに近づいてきた。
それを見たロランは間違いなく、相手が女神ソラーナだと知ると予備動作もなく右手を突き出して、小さく口を動かした。
「――――“シャドウ・ボール”―――」
そうつぶやいた瞬間、右手から黒い霧が集まり始め球体化していく。
禍々しい魔力の塊を形成したロランは迷う事なくソラーナへと投げつけた。真っ直ぐ飛んでいく。
ソラーナはすました顔のままで真正面から受け止める形をとった。
ぶつかる寸前のところで光の障壁が現れる。障壁にぶつかった瞬間、シャドーボールは飛散して消えてしまう。
「チッ」
遠距離攻撃が効かないと知ると次に地面に向けて手をかざす。
「――――“シャドウ・スピア”――――」
上級魔法シャドウ・スピアは対象者の前後左右の地面から影の槍を発生させ、対象者を串差しにする魔法攻撃である。
しかし、それも女神ソラーナの肌に触れることもなく障壁によって阻まれる。
「……忌々しい女神め」
「あはっ。なんて、言葉を使うのかしら。私はこの世界を創造した者よ? あなた、本気で創造者を殺せると思っているの?」
それにロランは鼻で笑う。殺せるとは最初から思っていなかったからだ。
玉座にふんぞり返る。
「お前を殺せたらなんでもするさ」
「やだーこわーい~」
ぶりっ子のように自分の顔に両手を寄せて、腰をくねくねさせる。腹立たしいにもほどがある。
「んで、何しに来た? 暇つぶしにでも来たのならとっとと帰ってくれ、僕は暇なんだから」
怒りの帯びた声で尋ねた。それに真顔に戻った女神が手に持っていた白い杖の石尽きで床を叩き、魔王に会いに来た理由を告げる。
「じゃあ、お暇な魔王様、単刀直入に言うわ。あなたが今日から“勇者”になりなさい」
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