君と過ごす時間

多崎リクト

「私から見ればあなただってせっかちだわ」

 一般的な恋人たちが一週間のうちに会う回数と比べれば、僕らはずいぶんと会っている方じゃないかと思う。別に自慢してるわけじゃないけれど。一応、事実として、ね。

 でもそれは僕にしてみれば一瞬にすぎないもので、また次の一瞬が訪れるまでの時間は悪夢のように長い。つまり僕は今の状況に満足していないのだ。

 いったい一週間のうちに何度会うのかって? ……恥ずかしいから今は秘密にしておこう。なに、そのうちわかるだろう。

 さて、恋人たちに大切なのは会う回数の多さでも時間の長さでもなく、質だ。どのくらい幸せな時間を彼女と過ごせるか。本来ならそれが大事なのだが、幸せを感じる間もなく別れる時間が訪れているといったこの状況ではどうしたものか。


 そもそもの問題は僕らの仕事にあるのではないか、と気づいたのは最近のことだった。






 僕らは多忙である。一日中働くことを余儀なくされている。文字通り、朝から晩まで。しかし不思議とそれが疲れるとは思わなかった。昔からずっとそうしてきたし、これからもそうしていくのだろうと思っていたからかもしれない。

 また、僕らはその仕事のおかげで出会うことができたからかもしれない。それもずいぶんと昔のことで、当時の僕が彼女に抱いた第一印象なんて遠い記憶の彼方ではあるのだけれど。


「また何か考えてるのか」


 声が聞こえた。友人の声だ。

「何も」

 短く答えると、僕の返事を聞いているのかすら怪しいスピードで彼は僕を追い抜いて行ってしまった。

 まあ、いつものことだ。彼は仕事がらせっかちなのだから仕方がないといえば仕方がないのだが。

 こうしている間にも僕は僕のペースで仕事を進めている。あまり速いとは言えないペースではあるが、だからといって速めてしまえば困ったことになる。遅すぎず、速すぎず。このペースがなかなか難しい。彼女に会いたいからといって仕事をないがしろにはできないのだ。それが狂えば大変なことになるだろうし、何より僕はこの仕事を大事にしたかった。

 それなりのペースで歩いていると見知った後ろ姿が目に入った。僕より低い背。可愛らしく、微笑ましい、とてもゆっくりとした歩き方。ああ、ようやく彼女の背中が見えたのだ。

 僕ははやる気持ちを抑えながら、ペースを崩さないように気をつけて彼女のもとへ歩いた。

「おはよう」

 僕が声をかけると彼女は太陽のように眩しい笑顔を向けた。

「おはよう。さっきあの人に会ったわ」

 あの人、というのは友人のことだ。

「ああ、僕も会ったよ。相変わらずせっかちなやつだった」

「私から見ればあなただってせっかちだわ」

「それは……ごめん」

 またすぐに彼女を置いていかなければならないことを思い出し、申し訳なく思う。

「別にいいの。それが私たちの仕事だから」

 彼女は少し寂しそうに微笑んだ。僕はそんな彼女の体をそっと抱きしめた。

 それからいくつかの言葉を交わしていると別れの時間はすぐにやってきた。やはり会う時間は一瞬としか思えない。

 僕はほんの少し泣きたくなり、それからほんの少し自分と彼女の仕事を呪った。たしかに彼女と出会えたのもこの仕事のおかげである。だけど、僕は最近、この仕事が嫌いになってきていた。彼女と好きな時に、好きなだけ会えないからだ。

 彼女ともっと会いたい。一日だけでいい。いや、一日では足りない。ずっと、ずっと、彼女と過ごしたい。そのためにはこの仕事を辞めたってかまわない。いや、嫌いになる前に辞めてしまいたい。

 きっと彼女もそう願っているだろう。しかし僕らが仕事を続ける限り、それはたった一日だけだったとしても叶うことはない。

 できることはただ、これまでのようにわずかな時間を糧に生きていくことだけ……。


 僕はそんな毎日に嫌気がさしてきていた。

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