第21話 君との約束
眩しさを感じて目を開くと白い天井があった。
「……起きたのか」
顔を動かすとリッツが不機嫌そうな顔で腕を組んで立っていた。
「らしくねえことしやがって。手間掛けさせんな、馬鹿」
その言葉でラウルは自分が生きている理由が分かった。意識を失った自分をリッツが陣地まで回収してくれたのだろう。
「ありがとう」
そう言うとますます渋面になるのは何故だろう。
「……ちっ、礼ならオリバーに言えよ。あいつが必死に頼むから仕方なく運んでやったんだ。上官呼んでくる」
部屋を出る直前、ドアに手を掛けて後ろを向いたまリッツの足が止まった。
「あいつのこと、残念だったな」
疲れて怪我もしているのにリッツがわざわざ傍にいてくれたのは、その言葉を言いたかったのかもしれない。
(心配、してくれたんだ…)
ラウルは任務より自分の感情を優先させたのだ。その結果、冷静さを欠いて怪我をした挙句に仲間に回収された。今までの自分では考えられない失態だと言える。
エルザと出会ってから色んな感情が混じって、気分が振り回されて忙しいぐらいだったのに、今はただ静かだった。以前と違うのは心の奥にずっしりと重い何かがあって、だけど何かが足りないような欠落感があった。
一緒にいたいと思って、あの時ラウルは心の赴くままに意識を手放したのだ。戦場に置いて意識を失うことは死と同義だ。身体に痛みを与えれば覚醒できるのにそうしなかったのは、あのまま眠ってしまえばエルザと一緒にいられる気がしたのだ。
全身を確かめると撃たれた肩に傷みが走るが、神経など重要な器官は無事のようだ。ただ倦怠感が重くのしかかっている。心の奥にべったりと貼りついたそれも身体の影響だろうか。
(エルザならきっと教えてくれるのに)
エルザのことを考えると胸が痛い。それはまるで自分の弱さを責めるようでラウルは小さく息を吐いた。
他人を愛したことで弱くなったから失ってしまったのだろうかと思う一方で、他人を愛さなければ失ったことにも気づかなかったのではないかと思う。
エルザと一緒にいた束の間の時間は、今までの人生を全て足しても、比べ物にならないほど貴重で大切なものだ。
(彼女がくれたものを僕は失いたくないし、後悔なんてしたくない)
「ラウル・ファーガソン、一週間後に退院と同時に除隊だ。何処へでも行くがいい」
ギルバートはまるで別人のように感情が抜け落ちた表情で淡々と告げた。
一般の兵士を姓で呼ぶことはほとんどない。貴族や平民などの身分差を戦場に持ち込むことは不協和音を生み、勝敗に影響を与えるからだ。
ギルバートは特にその傾向が顕著で今まで一度も姓名で呼ばれたことがなかった。自分の名字を知っていたことにも驚きはあったが、突然の除隊命令に愕然とした。
「懲罰程度で許されると思っていたのか。何度も警告したが耳を貸さない部下をこれ以上手元に置く理由がない。それに制御不能な壊れた機械は不要どころか有害だ。お前の存在理由は人を殺すための優秀な駒であることだったが、もうここには必要ない」
上官の命令は絶対で反論は許されない。だがラウルは反射的に言葉を返していた。
「再考願います。今回の失敗を戦場で挽回させてください」
「これだけ丁寧に説明してやったのに、まだ足りないか」
ギルバートは不快そうに顔を歪めて、冷ややかに言った。
「今のままでも精密機械のように着実に任務をこなす優秀な駒でいます」
「はっ、そんなことできるものか。お前はただ愛する者と同じ場所で死にたいだけだろう?リッツが邪魔をしなければ、実際お前はそうするつもりだったはずだ」
そう願ったことは事実で、どんなに言葉を重ねても信用されなくても無理はない。それでも諦めることなどできなかった。
「僕は生き残ります。エルザの代わりに敵を殺して仲間を守ります」
「味方を庇いながら生き延びることが出来ないのは、女神が証明したばかりだろう」
「難易度は上がりますが、不可能ではありません。それに生存者数が上がれば勝率も上がります。今まで取りこぼしていた命を救い、成果を出すだけです」
どこか疲れたような表情でギルバートはラウルを見た。
「何故戦場にこだわる?大切な存在を失った場所に固執する理由はないはずだ」
「それがエルザとの約束だからです」
それが理由でそれが全てだった。
しばらく無言で見つめ合っていたが、先に逸らしたのはギルバートのほうだった。乱暴な仕草で枕を奪うと至近距離から投げつけられた。顔がぶつかる直前に腕で防いでギルバートを見ると、そこにはいつもの表情が浮かんでいた。
「十日後に特別訓練だ。――戦場に出すかはそこで判断する」
そう言ってギルバートは部屋から出て行った。
他人を愛しく想う気持ちを持ったまま強くなろうとラウルは決めていた。エルザとの最後の大切な約束なのだ。
それがラウルがエルザのために出来る唯一のことだった。
エルザと同じ行為を続けることで傍に感じることができる、そんな気がした。
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