第25話

 合流してからはすべてがあっという間だった。

 ビーチボールで遊んだり、子供みたいに鬼ごっこをしてはしゃいだり、流れるプールで競争したり。

 大体は須藤さんの思いつきだった。


 四時ごろにはもう須藤さん以外みんなへとへとで、休憩所でアイスクリームを食べ終えると、このまま帰ろうという話になった。


 今は脱衣所で長谷川と仲良く並んで着替えている。

 ぽつぽつ会話をしている間、長谷川はずっとじれったそうにしていた。

 そうして、ついに会話を打ち切る形で強引に切り出す。


「……なぁ、うちで働かないか?」


 周囲には僕ら以外誰もいない。

 不穏な空気のセンサーでもあるのか、扇風機フル稼働の脱衣所が、今さらのように冷たくなる。


「なんでまた?」


 とぼけた調子で返事をし、僕は着替える手を速めた。

 と言っても髪や体についた汗や水滴はそうそうすぐには乾かない。


 長谷川はいらだった様子で髪にぐしゃぐしゃつめを立てて、ため息交じりに言う。

「……わかってるんだろ? このままじゃダメだって。一生バイトで食いつなぐ気か?」

「それもいいかもね」


 ひとごとみたいにつぶやいた僕に、長谷川はしびれを切らしたようにつかみかかってきた。


「なんとかなるって、思ってるんだろ? けど、そんなわけない。いつか必ず、どうにもならない時が来る! そうなったら――」


 遮るように、僕は長谷川の目を正面から射止いとめる。


「――同じこと、にも言える?」


 ハッと息をんだのが、手に取るようにわかった。


「個人経営の服屋なんて、たいして儲からないんでしょ?」


 自分でも嫌味な言い方だと思った。

 けどこのくらいで引き下がるような長谷川じゃない。


「そんなことはわかってる! でもあの人はそれでもいつも笑ってる。あれは、見せかけなんかじゃないっ」

「そうだよ。それがあの人の幸せだから」


 肩すかしでもくらったみたいに目を見開く長谷川。

 歯ぎしりの音が、ここまで聞こえてきそうだ。


「須藤さんは服屋、お前は優良大企業、僕はテールとの日々。いいじゃないか、みんな幸せで」


 はにかんで笑う僕に、長谷川はどこか気の抜けた様子でロッカーにもたれかかり答える。


「……須藤さんにも同じようなことを言われたよ」

「だろうね」


 『そのときは、そのときなんじゃない?』なんて、あの人ならきっとそう言うだろう。


「……わかるんだよ。あの人はどうにもならなくなったって、きっと俺には頼らない。お前にもお前の彼女にも、絶対にだ」

「そうだろうね。あの人はみんなが大好きだから」

「なら、ならどうするんだよ!?」

「そうだな……」


 じらすように、ほんの少し考えるような素振りをして、僕は何でもない風に答える。


「……僕なら、世界で一番嫌いな奴の足を引っ張るかな」


 口にしたりなんてしないけど、もちろんそれは長谷川じゃない。




────────────────────────────────────

この小説のトップページ(表紙)または最新話のページの『★で称える』の+ボタンをいっぱい押したり、ハートを押したりして応援していただけるととてもうれしいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る