【021】力ある者の務め
魔法階梯とは、魔法の難易度や規模によって定められる魔法そのもののランクのことである。
そして魔法階級とは、その魔人がどの階梯の魔法までを使用できうる実力を持ち合わせているかを表すランクのことだ。
――と言う基礎知識は魔王城で学んでいたイオリだったが、今回イオリに与えられた第四階梯級とは、かなり上の階級らしいことを知ったのは、メルクラニの元へ向かう道中のことだった。
「殆どの魔人は第三階梯級のままにその生涯を終えます。ですからそれより上、第四階梯級に到達できるのはほんの一握りの魔人だけですし、才能、努力、環境など、あらゆる要素全てが必要になります。お兄様が到達した第四階梯級と言うのは本来、もっと時間をかけて――」
長々と隣で説明してくれているナナリーゼをよそに、イオリはメルクラニに指定された教室へ足を踏み入れる。
既に教室には何人かの生徒たちが集まっていて、イオリが教室に入った途端彼らの視線が一斉に集まった。
なるほど、雰囲気からして誰もがただならぬ空気を纏っている。ユニオンランクⅤから上は熟練者揃いと言うのは事実らしい。
中には本当に生徒なのか疑わしいほど大人びた者も居るが、入学規則に年齢は関係ないアルドラークならではの光景だ。
イオリと同じ一学年の生徒は他に居ないのか。そんなことを考えながら席に着くと、少し遅れて入ってきた生徒たちの中に、嫌な顔があることに気づく。魔王候補の一人、トルナス・ディルヴィアンである。
向こうもイオリに気づいたらしく、嫌味ったらしく鼻で笑う。校内ですれ違うことはあったものの、こうしてちゃんとお互いを認識したのは、魔王城での一件以来だろうか。
トルナスが教室のど真ん中辺りの席に偉そうに腰掛けると、その周りに座っていた生徒たちが、逃げ出すように立ち上がる。
続いて取り巻きと思わしき生徒たちが数名、やはりイオリに敵意を向けながらトルナスの後を追い、先ほど空いたばかりの席に次々腰掛けた。
派閥、と言うことなのだろう。恐らく彼らはトルナスを支持する者たちなのだ。面倒だと言う感想がまず覗く。そもそも、イオリには魔王になる気などさらさら無いと言うのに。
イオリの目的はあくまで元の世界に帰ることだ。そしてそのついでに強くなって、あの憎たらしい魔王を一度殴ってやれれば上出来なのだ。その中に魔王になると言う目標はない。
だと言うのに無駄に敵意を向けられ、授業ではアスクタートにまで目の敵にされる。勘弁して欲しいと言うのが本音だった。
そもそも、イオリからすれば魔王という存在もよくわからない。
王家はあっても政治には介入しない、そんな光景が当たり前の世界で生きてきたイオリには、王とは何する者なのかがいまいちピンとこない。
だと言うのに魔王候補だとか選定戦だとか、そんなものに気持ちが入るわけもなかった。
トルナスはイオリを敵視し、ナナリーゼはイオリに王位の継承を求める。周りの者たちはイオリを伝説の子と呼び、その行く末を気にかける。
誰も彼もがイオリを通してその先の魔王を見ていることが、とても不愉快に思えた。
……しかし。もしそれが当たり前で、イオリの方が間違っているのだとしたら。
先ほどまで隣に居た婚約者にも、目的があるのだろうか。そしてもし、そのためにイオリに近づいているのだとしたら。
イオリのことを様付けで呼び、慕ってくれているように見える彼女は、果たしてイオリに何を求めているのだろう。
「聞いていますか、お兄様?」
「んぇ? あ、ああ。えっと……悪い、何だっけ?」
「ですから、この学園には魔人の生徒だけでも数千人が通っていますが、第四階梯級に到達しているのはお兄様を含めて三人だけ、と言う話です。これで第四階梯級がどれほどのものかご理解いただけますか?」
相変わらず魔法階梯の話をしていたらしいナナリーゼが、第四階梯級と言うものがどれだけ凄いのかを力説していた。
第二校庭で見たようなたくさんの生徒たちや、この教室に集う熟練の生徒たちを交えても第四階梯級に至ったのはわずか三人。確かにイオリが注目を集めてしまうのも納得だった。
「確かにそいつは……学園長も言ってた特別措置、になるのかもな」
「いえ、お兄様の場合は――」
「待たせたようじゃな、諸君」
その時、相変わらずモコモコとした外観の、ヒツジの獣人――アルドラーク学園の学園長メルクラニと、やはりこちらも相変わらず、不機嫌そうな表情を貼り付けたままのアスクタートが教室に入ってきた。
雑談に興じていた生徒たちや、何かを言おうとしていたナナリーゼも途端に口をつぐむ。それを見て満足げに頷いたメルクラニは、早速本題へと入った。
「諸君を呼び立てたのは他でもない、ユニオンから火急の依頼が来ておる」
言いながら生徒たちの視線の先で席につくメルクラニ。相変わらず何を考えているのか読み取れない横長の瞳は、一瞬だけイオリに向いた後にすぐさま部屋中を見渡した。
「ピュスリアの森で近頃、不穏な動きがあるらしい。皆も存じておる通り、ピュスリアには魔物も多く、ユニオンランクⅤ以上の者でなければ足を踏み入れることを禁じられておる。しかし近頃、そのピュスリアで魔物の生息域の変化と凶暴化が相次いで報告されておる。ユニオンはこれを異変の前触れと考え、大規模な調査に乗り出すようじゃな」
そうしてメルクラニは手元から紙束のような物を取り出すと、まじまじと眺めながら読み上げた。
「三日前、ユニオンが調査に派遣した傭兵は未だ帰らず……故に調査への参加条件はユニオンランクⅤ以上、もしくは魔法階梯が第四階梯級以上の者となっておる。いつになく厳しい条件じゃが……その意図、諸君にならわかろう?」
生憎と、イオリにはさっぱりわからなかった。
しかし、他の者たちにはその意味するところが伝わったらしい。部屋の空気が明らかに引き締まる。
「便宜上、参加は任意となってはいるが……ユニオンからは事実上の強制を言い渡されておる。言い逃れはいくらでもできようが、今後ユニオンでの活動に支障が出るのは明白じゃろうな」
随分と横暴な話だと思った。こちらは学生だと言うのに、危険なことがわかっている依頼に強制参加させるのだと言う。
イオリがいた世界では全く考えられない言い分だ。こんな言い分がまかり通ってしまうこの世界の法は一体どうなっているのだろう。
その時、隣の生徒がスッと手を上げた。ナナリーゼだ。
「何か質問かな」
「はい。学園長先生は、今回の異変と学園への侵入者、二つに関連があるとお考えですか?」
てっきり今回の措置に抗議でもするのだと思ったが、そうではなかった。ナナリーゼの問いかけに、メルクラニの視線が険しくなる。
「……偶然にしては随分と出来過ぎておる。全くの無関係とは言いきれまい。かと言って、関連があると断言出来ぬのもまた事実……ユニオンもそこを警戒しておるようじゃ」
そうして更に言うかどうかを逡巡してみせた後、意を決したようにメルクラニは続けた。
「……これは非公開の情報じゃが、今回学園に侵入した者は第六階梯級の疑いがある。もしそれが事実ならば、相手取れる者は教師を含めてもごく僅か。だからこそ、知識、経験、そして実力豊かな諸君の働きに期待しておる」
第六階梯級と言うのがどれほどの相手かは想像付かないが、最強と謳われる魔王が第七階梯級であることや、第四階梯級の珍しさを考えても強敵には違いないのだろう。
現に、部屋の空気は一層凍りついた。
「あの」
「どうしたね、イオリア・クロスフォード君」
「それ……俺たちがやらなきゃいけないんですか? 軍とか、大人とかに頼った方が良いんじゃ……」
どう考えても学生が対象すべき事案には思えない。だと言うのに誰も抗議の声を上げないため、とうとうイオリは我慢できずにそう口にした。
しかし、返ってきたのは予想以上に冷淡な生徒たちの視線と、代わりとばかりに口を開いたアスクタートの言葉だった。
「つまりお前はこう言いたい訳だな、イオリア・クロスフォード。戦うための力をその身に宿しながら、危険だから他の者に務めを負わせて自分は逃げ出したい、と」
「いや、そう言うわけじゃ……」
「今の発言はそう言う意味になる。ここには貴様と違って、生まれにも才にも恵まれず、課された義務を果たすために幾度も死線を越えてきた者たちがいる。その中で力に恵まれたお前は、戦いに慣れていないからと己の義務を放棄し、他者にその責務を負わせようとしている。違うかね?」
アスクタートの言い分に言葉が詰まる。嫌味な言い方だが、確かにそう言う見方が出来なくもないと思ってしまったからだ。
反論に詰まるイオリを見てか、アスクタートは追撃するように続ける。
「しかし生憎と、アルドラークとユニオンの間に結ばれた約定には一切の例外が認められていない。それが例え王家の者であろうとも、伝説と謳われる有名人であろうともだ。残念な限りだが、せめて死なずに帰れるよう準備を怠らぬことだ」
シン、と部屋中が静寂に沈む。イオリが言葉を紡げないでいると、助け舟を出すかのようなわざとらしい咳払いと共に、メルクラニが口を開いた。
「少々言葉は厳しいが、しかしそう言うことじゃ。残念ながら、例外はない。そしてその例外を受け入れられるだけの余力もな。故に今回は諸君にも協力してもらう。異議のある者は――おらんようじゃな」
メルクラニの言葉通り、それ以上抗議の声は上がらなかった。
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