38.勝負
格子戸を開けると、そこは土間になっていた。三人と一匹は中に入り、上がり
「どうやって
「ゆうきゅうの武蔵野?」
「怪猫の力でつくってもらった古代の武蔵野の再現だ。もっと早い時刻だったらその美しさを堪能してもらえたのに残念だ」
千歳が一歩前に出る。
「団扇を返してもらいにきました」
飛田が懐から団扇を取り出す。飛田は舌打ちした。
「怪猫はこちら側につかないか。手懐けたと思っていたのに」
千歳と飛田が睨み合いを続ける。やがて飛田が提案をした。
「化け猫は返そう。それで手を打ってくれないか」
「その団扇はどうするんですか?」
聖が尋ねた。
「研究に使うだけだ。これが人に害を及ぼすものではないとそこの男から聞いていないか。君たちに迷惑はかからないはずだ」
聖が千歳の顔をみると、千歳は首を横に振った。
千歳は飛田の目を見据える。
「人間の手にあってはいけないものです」
それでも飛田は渡す気はないようで、一向に動かない。交渉は決裂しそうである。
「警察でも呼ぶか?」
飛田は余裕のていで問いかける。依然として優位なのは自分であることを主張するように。
「その化け猫の姿を世間に晒したくはないだろう? まあそれ以前にこのマンションの部屋をあけた時点で大事になると思うがね」
どのみち警察では「悠久の武蔵野」とかいう空間を抜けてここまで辿りつけないだろう。
「特別サービスでその怪猫を元の子猫の姿に戻してあげてもいい。この団扇でそれくらいはできるだろう」
それはありがたいことではあった。この場で漱石を子猫に戻す方法は他になさそうである。
「団扇は研究が終わったらいずれ返そう」
そんな約束信用できないが、千歳も「折れざるを得ない」と考えたようだ。すでに抵抗を諦めた様子である。
「分かりました。ひとまずそれで手を打ちましょう。この大きな生き物を子猫の姿に戻してください」
それを聞いて、飛田は満足げに、
「交渉成立だな」
と団扇を漱石の方に向けたその時。ダアン! と地面を蹴った聖が、雑木林でいつの間にか拾っていた木の枝で飛田に打ち掛かった。
目にも止まらぬ早業は、いつか神社のマーケットでカラスを撃退した時と同じだった。竹刀に見立てた木の棒が、団扇を持っている飛田の手首を打った、ように見えたが、パアン! と音がしたかと思うと、その棒が弾き返された。飛田の左手にもいつの間にか竹刀が握られていた。
「見かけによらず好戦的だね。それとも初めから力づくで解決する気だったのか」
飛田は敵意のこもった目で聖をひと睨みしてから、すぐに余裕を取り戻す。
「まあでもそれは無理だ。本当は
信じられない。今の一撃を
しかし聖は臆さず、木の棒を構え直す。そして不敵に笑った。
「今のは本気じゃなかったんで」
飛田が呆然とした顔つきになった。それは渚にしても同じだ。これは本当に自分が知っているあの少年なのか?
「俺、本気出したら強いですよ」
飛田が今度こそ敵意を剥き出しにした。
「最初から交渉する気なんてなかったようだな、この不良が。社会のルールを守れ」
「なんだかこっちが悪いみたいに言うけれど、盗みを働いたのはそっちでしょ。しかもしらばっくれて。何が社会のルールだ」
飛田はそれには答えず不機嫌さを増していくだけだった。明らかに聖が正論だが、それを認める気はないようだ。
「いま返してくれれば何もしませんよ」
聖の最後の勧告にもやはり無言を貫いたまま相手を睨んでいる。やがて団扇をジャケットの内ポケットにしまって両手で竹刀を構えた。飛田に返す気はないことを悟ると、聖は打って出る。それを飛田が捌く。間髪入れずに聖が打ち込みを続ける。少年の剣撃の勢いはすさまじく、飛田に攻撃に転じる暇を与えない。攻める聖、守りつつなんとか隙をみては反撃しようとする飛田。攻防は圧倒的に聖が有利にみえた。だが次第に飛田の反撃の手数が多くなってきた。聖の息が荒くなってきている。予想以上に粘る飛田に対し、聖の表情に焦りの色が浮かんできた。素人目にも剣の精度と勢いが落ちてきたのがわかる。体力では飛田に分があったようで、形成は逆転しつつあった。
焦った聖の大ぶりで生じた隙を見逃さず飛田が力強く打って出た。聖は初手を捌いたもののよろけてしまい、胴への2撃目をもろに受けて崩れ落ちた。
「これが木刀だったら致命傷だよ。君の負けだ」
飛田が完全に余裕の表情を取り戻していた。
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