23.武蔵国分寺にて①
渚が武蔵野亭の前を通って数分後、聖は清掃作業を遥と高幡に任せることに後ろめたさを感じながら店を出た。
「行ってきます。すみません、まだ片付け全然終わってないのに」
「何を言ってるの。いいから遅刻する前に行ってらっしゃい」
武蔵野亭を直撃した突風も妖怪の仕業だったのだろうか。千歳の漱石=妖怪説は納得できない。けれどもうこのまま手をこまねいているわけにはいかなさそうだ。
中間試験が迫っているというのに授業はまったく身に入らず、ひたすら時間が過ぎるのを待った。帰りのホームルームが終わり、急いで校舎を出てスマホを手に取ると、その瞬間に電話がかかってきた。
「もしもし」
「こちら柴崎聖くんの携帯でしょうか?」
「千歳さんですね」
まさに今、聖からかけようとしていたタイミングだった。
「おや、思ったより落ち着いてますね」
千歳は意外そうな反応を示した。
「もしかして聖くん、僕の番号登録していました?」
「いえ。でもなんとなく千歳さんのような気がしました」
しばしの沈黙。
「武蔵野亭が暴風雨の被害にあったの知ってたんでしょ?」
「はい」
この男ならどこからか情報を仕入れているだろうという予感があった。
「会って話できませんか? なるべく早く」
「子猫の居場所が分かったんですか?」
「いいえ。でももう一度ちゃんと真面目に話を聞きたいんです」
昨日までは千歳の話を間に受けていなかったし、異常気象もどこか人ごとだった。けれど自分の住まいである武蔵野亭にまで被害が及び、人ごとではすまない事態になった。
「やっとその気になってくれましたか。もちろんです。なんなら今からでもいいですよ」
「じゃあまた武蔵野亭にきていただいていいですか?」
「今日は違うところにしませんか? お店の状態を考えると落ち着かないでしょ」
若干の違和感を覚えたが、遥には心配も迷惑もかけたくなかったの承知した。
「分かりました。じゃあどこにしましょうか?」
「ちょっと行きたいところがあります。聖くん今学校ですよね?」
「そうです」
「じゃあ武蔵国分寺に来られますか?」
「どこですか、そこ?」
「お寺です。最寄駅は
今日は最近では珍しく晴れている。徒歩で問題はない。
「大丈夫です、そこに行きます」
学校から15分くらい歩くと楼門が見えてきて、その手前に千歳はいた。聖が会釈すると千歳が近づいてきた。
「すぐそこの公園に行きましょう」
道路脇にある大きな草地を目で示した。
「このあたりは
「武蔵国分寺?」
「武蔵国分寺というのは
「さあ。日本史苦手なもので」
「興味なさそうですね。残念です」
学校を出た時は五月晴れだったのに、いつの間にかまた雲行きがあやしくなってきていおり、空がゴロゴロとなっている。
「それで今日はどうしてここに?」
武蔵国の国分寺の跡地といっても、何もない空間である。気になることといえば何匹か野良猫がいることか。聖たちを警戒する様子もなく、それぞれ楽な姿勢でくつろいでいるように見える。カラスも何羽かいた。
「カラスたちが数ヶ月前から、ここで猫をいじめている高校生たちを何回かみかけたと報告を受けています。最初は関係ないと思っていましたが……」
カツカツカツ、と脇にある道路から革靴の音が聞こえた。聖が学校からここまで歩いてきた道を、同じ多摩北高校の制服を着た男子高校生が歩いている。茶色い長髪が特徴の見知った人だった。地域文化研究部の、たしか名前は
「あれ、武蔵野亭に住んでる子?」
「こんにちは」
「こんなところで何しているの?」
聖に尋ねながら千歳の方を見る。千歳もリュウをみる。お互い牽制するような空気になっている。
「えーと……」
聖は躊躇した。リュウが嫌いなわけではないが、まだこの人をレオほど信頼することができない。
リュウはうまく答えられずにいる聖をみて、何か言いにくい事情があると察したのか、
「あ、塾行く支度しないと。ごめん、行くわ」
と、歩き去っていった。気をつかわせてしまったようだ。
若干の後味の悪さを残しつつ、千歳と2人になったのを見計らい本題に入る。
「あの、千歳さんの話が全部事実だとして、もし千歳さんと僕たちとで妖怪を確保できなかったらどうなります?」
「異常気象が続くでしょうね。今よりもひどくなる可能性もあります」
さらっと言ってのける。
「ただ私たち見廻り隊としても、先祖代々続くこの土地が、災害によって荒廃してしまうことは避けたい。私は穏便に解決したいので、聖くんたちに協力を求めたのですが、それでことが収まらない場合、強引な手段に訴えざるを得なくなります」
「強引な手段ってどういうやり方ですか?」
「私の祖父の一族、つまり高尾の天狗たちの力を借ります。彼らは私より力がありますし、確実に問題は解決できるでしょう」
そんな手があるのか。
「それじゃ、なぜ今そうしないんですか? 最初から僕たちじゃなくてその人たちにお願いすればいいじゃないですか」
「彼らにとってはこの地域のために働いても得がないからですよ。私たちは自分たちの土地ですからなんとかしないといけないですが、彼らにとって無関係の話です」
「じゃあ、どのみち力を借りることなんてできないじゃないですか」
「ただではね」
理解できた。
「代償が必要なんですね? 何を求められるのですか?」
「子供です」
「こども?」
「人間の子供を要求します。一族に加えるために」
「ちょっと待ってください。子供って言ったって、家族がいますよね? 養子の手続きとかそういうことですか?」
「養子というものに近いかも知れないが手続きなんてありません。彼らのもとに連れていくだけです」
即座には意味が理解できなかったが、恐ろしいことを言っているのは直感的に分かった。
「家族が許すわけないでしょう? それに学校とか」
「本人の意思による家出とか不自然でない失踪の形を探ります。実際に子供本人が天狗の一族に加わりたいと望んで親元を離れるケースもあります。なにしろ……」
千歳は聖の険しい表情をみて、言葉を止めた。
「はっきり言って誘拐じゃないですか」
「昔は自分たちの生活を守るために子供を別の一族に差し出す、ということはあったことじゃないですか」
千歳はなおも反論しようとする聖を制した。
「とはいえ、この現代でそんなことが起これば騒ぎになるのは分かりますから、私たちもできればそれは避けたい。だからなんとしても君たちと私とでこの件は解決したい」
ポツっと水滴が聖の頬にあたる。あっという間にポツポツと連続してあたるようになった。雷もゴロゴロ鳴り出した。
雷の音を聞きながら、ふいにある考えが閃いた。
「さっき子供を天狗に差し出すって話をしましたよね。子供ってどうやって選ぶんですか? 天狗の一族に加えるなら誰だっていいってことではないと思うんですけど」
「それは簡単には言えないですが、肉体的な強さとか精神的な強さとか色々ですね……」
珍しく歯切れが悪い。おかげで自分の直感の正しさを確信した。
「その子供、もう当たりをつけているんじゃないですか?」
千歳はもう隠すことを諦めているように見える。
「初めから僕を天狗の一族に差し出すつもりだったんですね」
雷の音が強くなり、雨の勢いも増してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます