ディメイショナル・オンライン
氷室怜
ディメイショナル・オンライン編
Where it all began
彼が会場に入ってくるなり、カメラの数多なフラッシュと観客の盛大な歓声が彼を迎えた。
それは、彼がステージに上がって司会者が静まるように呼びかけるまで続いた。
観客を数万人も収容できるイベント会場はいまや満席になっていて、全員が司会者にマイクを渡された彼に視線を向けている。
数万人もの人々が息を飲んで、彼が発するであろう言葉を聞き逃さまいと耳を傾けるその光景は、実に見入られるものがある。
何でこれほどの人数が集まっているのか。
彼はどんなゲームのプロゲーマーなのか。
彼の正体は誰なのか。
そもそもこれはどういうイベントなのか。
今の私たち読者は、それらを知ることができないだろう。
分かることは、2つだけ。
彼がEsportsの歴史に名を刻むほどの有名なプロゲーマーだということ。
彼のキャリアは『ディメイショナル・オンライン』というゲームから始まったということ。
これだけである。
▽
――西暦2046年5月。日本。静岡県のとある都市。
とある青年がパソコンでFPS(※1)をやっていた。
「ウォォォォォォ!!」と熱くなって叫びながらマウスの左クリックを連打して敵を攻撃……というわけではなく、
ぼーっとしながら画面を見つめて、ポテトチップスを食べていた。
青年の名はナポリである。もちろん、本名ではない。
ちなみにナポリくんが好きなのはうすしお味のポテトチップスである。
……と頭の中でナレーションしてみたものの、レイシさんはまだ試合を終わらせていなかった。
「レイシさーん、いつ終わりますー?」
「僕はもう死んじゃって復活できないから早く次の試合に行きたいんですよねー」
ナポリくんは、Discordで友達のレイシさんと音声通話をしていた。
「ナポリ、ちょっと待ってろ。今すぐ終わらせる」
僕は
「10分前もそう言いましたよね」
「もう残り一人しか敵いないからすぐに終わるよ」
そう言って、レイシさんは『トランポリン』というアイテムを使って空を飛んだ。
僕はもうとっくに死んでいたから『観戦モード』でレイシさんの動きを見ていたけど、それからが凄かった。
空中で相手のいる方に向かって飛びながら、レイシさんは『AR-300』ライフルの照準を合わせた。
そして、建物の陰に隠れている相手の頭部を狙い撃ったのだ。
この技は俗でいう、『空中撃ち』である。
その綺麗な手捌きに、僕はポテチを食べるのを止めざるを得なかった。
ライフルの残り弾数が16と半分も尽きない内に、そして、レイシさんが地面に着地する前に、相手は倒されてしまった。
「す、すごいっすね……」
「だろ?」
へへっと含み笑いをしたレイシさんの声が画面の向こうから聞こえた。
さて、FPS『Daybreak Legends』の中でも上級者だと自負している僕の実力を遥かに超えてくるレイシさんだが、どうやって僕とレイシさんが出会うことになったのか……
「なんでプロを目指さないんですか?」
「つまんないから」
「なんで僕と遊ぶんですか? 弱いのに」
「おもしろいから」
いつもみたいに「デイブレイク・レジェンド」で遊んでいた時のことだ。
このゲームはバトルロイヤル形式で、100人が集まって戦って最後まで勝ち残った個人・チームが勝利するが、二人組になって戦う『Duo』モードでレイシさんと同じチームになったのが出会いだ。
これはFPSあるあるだが、チャットでの会話だと「撤退」「攻撃」などと書いてから相手がそれを見るまでに時間がかかるから、できれば「マイク」を繋げて音声で意思疎通をした方がいいのである。
だから僕とレイシさんはマイクで会話をしたが、それがすごい楽しくて、おまけにその試合は1位になって勝利したから、流れで
「あとナポリは普通に強い方だろ。パソコンのスペックが低いからいいプレイができないというだけで他と比べたら強いほうだろ」
ゲームが終わって休憩ということでレイシさんと雑談していたら、僕のパソコンのスペックの話になった。
「そうなんですよねー。ぶっちゃけ僕がレイシさんみたいなハイスペックなパソコンを持っていたら、気楽に上級者だと名乗れると思うんですよ」
「そうだよなー。ナポリくんはまだ高一だからパソコンとか買い替えられないもんな」
「技術は申し分ないと思うけど、どうしても試合中カクカクになったりラグで動きが鈍くなったりするのがね……ちょっと」
「俺もそう思う」
どこのオンラインゲームもそうだが、機器の情報処理能力というのは大事だ。処理速度が低いと動きが鈍くなったりして、満足にゲームをプレイすることができなくなる。
僕のパソコンは数世代前の物で、その点で言うと「デイブレイク・レジェンド」みたいな複雑なゲームをプレイするのに適していなかった。
そのまま僕とレイシさんの話が進み、流行りのゲームの話になっていった。
「最近はMOBA(※2)系ゲームが人気なんだよね」
「あー、それは知ってますよ。なんで人気なんですか?」
レイシさんは少し考えこんでから、僕の質問に答えた。
「FPSは、敵を撃って倒した方が勝つ。FPSから派生してバトルロイヤルがあるけど、それも敵を撃って最後まで生き残った方が勝つ。すごい単純なんだよね」
「単純ですね……」
「その単純性が世界中で人気を博した理由の一つだけど、今になってそれが見直されているんだ」
「シンプルでおもしろくて、他のいろんな要素も組み合わさって奥が深いけど、他にもっと面白いジャンルのゲームが発見された」
「おお」
「それがMOBA系なんだよ」
「おおお」
「競技性・戦略性・ゲーム性、その3つのどれもがFPSに勝っている」
「おおおお」
「それがイギリスのあの有名なニュース番組BBCで取り上げられてから、MOBA系の世界総ダウンロード数が爆発的に増えていってるんだ」
「おおおおお」
「世界のゲーマー達は、その3大要素に飢えているってことよ」
「おおおおおお」
「シンプルで分かりやすいゲームじゃなくて、複雑で難解なのが評価されるような時代になったんだ」
「おおおおおおお!」
「って友達から聞いた」
「いや友達かよ」
「でもMOBA系がFPSより流行っているのは本当らしいね」
「そうなんですね」
「特にMOBA系の中で『ディメイショナル・オンライン』というのが人気らしい」
「どうせ、パソコンゲームなんですよ……。良いパソコンじゃないと面白いゲームを楽しめない時代なんですよ……」
ほんと、大学生のレイシさんが羨ましい限りだ。
「アプリゲームらしいよ」
数秒、僕の思考が停止した。
「は!? アプリゲーム?!」
「おん」
「なんという名前ですか!?」
「いやだからさっき言った。てか驚きすぎじゃん……」
「なんという名前のゲームですか!?」
【ディメイショナル・オンライン】
これが、僕とこのゲームの出会いだ。
ゲームにログインする時に一瞬真っ黒な画面になって、そして黄金色の『Demensional Online』の文字が浮かびあがってくるあの演出は、一生忘れることができないだろう。
この出会いは、後に僕の仲間となる6人の人生にも大きな影響を与えた。
当時を振り返っていつも湧き起こる感情は、低スペックなパソコンのせいで実力を大して出せなかった自分に、その全部を出せる環境が見つかった嬉しさだった。
――――――――――
【簡単に理解! 誰にでも分かるゲーム用語解説!①】
~「FPS」と「MOBA」が分かる方はスルーでOKです~
※1「FPS」→ First-person Shooting Game(ファーストパーソン・シューティングゲーム)の略である。
操作するキャラクター本人の視点でゲーム中の世界・空間を移動し、武器や素手などを用いて戦うことを特徴とする。
例えば『VALORANT』『BATTLEFIELD』などのゲームはFPSである。
操作するキャラクターを追う第三者視点の場合、「FPS」ではなく「TPS」と呼ぶ。
「FPS」「TPS」から派生した「バトルロイヤル」があるが、これはプレイヤー100人が一つの空間に集まって戦うのが特徴である。
例えば『APEX』というゲームはFPSのバトルロイヤルであり、
『Fortnite』というゲームはTPSのバトルロイヤルである。
※2「MOBA」→ Multiplayer Online Battle Arena(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)の略である。
複数のプレイヤー(主に3vs3と5vs5)が2つのチームに分かれ各プレイヤーはキャラクターを操作し、味方と協力しながら敵チームの本拠地(ペース)を破壊して勝利を目指すのを特徴とする。
例えば『League of Legends』などのゲームはMOBA系である。
MOBAの正式名称は最後に「game」がつかないため「FPS」などと違って「MOBA系」と呼ぶ。
ディメイション・オンラインについての詳しいルール説明は次の話で!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます