第23話「『伊勢、海、老』って書いて『いせかいろう』じゃなくて『いせえび』って読むんだぞ~!」

 俺も最初は期待していたんだ。

 どんだけおバカでも、なんだかんだで名門魔族の端くれ。

 なにかの役に立つはずだと。


 しかしごく稀に切れ味鋭い直感を見せる――今、俺が魔王だといきなり見抜いたように――ことはあったものの、それ以外は見ての通りのポンコツ頭で、前世の俺は大いに落胆したものだった。


 マイルストーンの意図は、俺の子供をロゼッタに産ませることだったのだろう。

 ロゼッタは可愛くてスタイル抜群、つまりエロかわ美少女だった。


 俺の後釜を用意し、俺の亡き後に次代の魔王の後見となり、五大魔族から一歩抜け出し魔族の実質的な支配者になる。

 おおかたそんな目的だったのだろうが、当時の俺はアホとバカと無能と神と勇者が何よりも嫌いだったので、ロゼッタとそういう関係になることは一度たりともなかった。


 それはさておき。


(ここまで0.5秒)


「だから~! 魔王さまでしょ~! わたしですよわたし! ロゼッタです。いせかい──むぐうっ!?」


 ヤバいワードが発せられそうになった瞬間、俺は慌てて女の子――ロゼッタの口を手で封じた。


 こ、このバカ!

 今、異世界ラビリントスって言おうとしただろ!

 よりにもよって、勇者の転生体のルミナが目の前にいる状況で!


 この隠しても隠しきれていない聖なる魔力の気配を、お前は感じ取ることすらできないのかよ!?

 マジ気付けよバカ!

 ああもう、言えないのがもどかしいな!!


「イセカイ……?」

 ルミナが呟きながらわずかに眉を寄せた。


 ひいいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!?


 ロゼッタのことを鋭いまなざしで見つめるとともに、聖なる魔力が身体の中でわずかに高まったのが、魔力波動として伝わってくる。


 やばいやばいやばいやばい!

 ロゼッタがいらんことを言うから、魔王がらみだとルミナが完全に疑っているだろうが!


 いや、こいつのことだ。

 ルミナが勇者の転生体だなんて、微塵も気付いていないんだろう。

 バカだとは思っていたが、ここまでバカだったとは!


 俺のことは魔王だって見抜いたくせに、なんでルミナが勇者だと見抜けないんだ!

 本当に肝心なところで使えないやつだなぁもう!


 しかし今はそのことを考えていても始まらない。


 何かうまい言い逃れを考えろ俺!

 考えなければ魔王バレして死んでしまう!


 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――!

 なにか、なにか言い訳を考えるんだ!


 いせ、いせ、いせ……そうだ! 


 ピコン!!


(ここまで0.5秒)


「あはは~! 馬鹿だなぁ~! 『伊勢、海、老』って書いて『いせかいろう』じゃなくて『いせえび』って読むんだぞ~!」


「もご、もごもご(そんなこと知ってますぅ。そうじゃなくて――)」


 お願いだから今だけは黙っててくれい!


「そういや、ロゼッタと伊勢海老を食べに行こうって約束してたっけ! 完全に度忘れしてたよ! 思い出させてくれたありがとな!!」


 コクコクとうなずく女の子。

 うなずくというか、口を抑えた手で俺が無理やりうなずかせただけだが。


 俺はロゼッタの耳元に顔を寄せると、


「俺が魔王なことは今は話すな。絶対だぞ」

 ルミナに聞き咎められないように、小さな声で短く告げた。


 そんな俺たちをジッと見つめているルミナ。


「頬に手を添えたり、耳元に顔を寄せたり。マオくんはロゼッタさんとはすごく仲がいいんですね?」


 いつもの明るい声とは違った少し低い声で、俺とロゼッタの関係性を問いただしてくるルミナ。


 ぐふぅおぁ!?

 明らかに疑われている……!


「そ、そうでもないぞ? 別に普通だろ?」


 このままでは疑念が深まると感じた俺は、ロゼッタの顔から手を放した。

 言いくるめたから、とりあえずはロゼッタも静かにしていてくれるはずだ。


「ぷはぁ……はぁ、はぁ……息が苦しかったですぅ」


「それはすまなかったな」

 お前が俺を殺しかねない一言を言ったからだろうが! と怒鳴りたい気持ちを俺は必死に抑え込む。


 今、俺が少しでも怪しい言動を見せたらガチでまずいことになる。

 文句は後でロゼッタに言うとして、ここはじっと我慢だ。


「もう魔王さまってば~」


 だからマジで!

 俺の話を聞いてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 今ついさっき!

 言うなって言ったばかりだろうがよぉぉぉぉぉぉ!!!!!

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