フルダイブ地獄(仮)
ジョージ・ドランカー
第1話
ここはVRゲーム『Rayden City Story : Call Of Abyss』のマッチングロビー、その一角。
天井からドームの外周を囲うように派手な装飾のされた簡易モニターが浮かび、ゆったりと回転しつつ現在進行中のクエストの映像をランダムに映し出している。
ロビーの中央にも巨大なモニターが浮かび、そこにもクエスト中のプレイヤーが映し出されている。(優先で映し出してほしいプレイヤーが申請することで映し出してもらえるサービスがある)
そんなロビーの中央から少し離れた壁際のエリアには幾つものテーブルセットが整然と並ぶラウンジエリアがある。その中のテーブルセットの一つを占拠して楽し気に会話する少女たちの姿があった。
みな美少女と呼んで差支えない程の可憐さと美しさを内包したアバターで、リアルで見かけたならきっと誰しもが二度見してしまうだろう。だが、ことVR空間においては然程珍しい光景という訳でもない。
「えー? おれのアバターの由来なんて大したことないよ。身内をモデルに使わせてもらったくらいで……もちろん細かいとことかチョコチョコ変えてるんだけど、髪の色とか」
少し恥ずかしそうに言う少女は自身の赤い髪を手で梳いて後ろに流す。
「身内をモデルって、アナタその方からリアルバレまで一直線じゃありませんこと? 私みたいにアニメとかマンガのヒロインから選んだ方が無難でしてよ」
赤ゴスに身を包んだ少女が立ち上がると自身のアバターを見せつけるようにくるりと回って見せる。
「あ、もしかしてモデルって薔薇乙女的なマンガに出てくるあのキャラ? たしか……」
亜麻色の髪の優し気な風貌の少女は何となく予想が付いたらしい小さく手を上げてキャラ名を口にする。
「あら、よくご存じですわね。原作ですとそれなりに小さなお人形さんなのですけど、リアルで動きやすいようにそこら辺は弄っていますわ。身長とか外見年齢とか」
「やっぱりそうなんだ。お父さんの友達のおうちにポスター貼ってあったから、見たことあるって思ってたんだー。ボクが生まれる前にアニメにもなったんだよね」
「は? え? う、生まれ……よ、よく聞き取れませんでしたわ……」
「そっちのモデルはお姉ちゃんだっけ?」
赤髪の少女が水を向ければ、
「そうだよ。でも、改めて鏡で見るとあの頃のぼくの理想って言うかイメージでかなり美化されちゃってるんだよね。お姉ちゃんって別にここまでお胸ないし」
亜麻色の髪の少女はペタペタと自身の胸を撫でて苦笑する。
「まぁ良いではないか。モデルはあくまでモデル。完全に本人になりきるわけでもなし、そのアバターはお主自身が生み出したものには違いない」
隣に座る黒髪黒ゴスの少女は目元を細める。
(皆はそんな感じなのか……)
テーブルを囲む仲間をぼんやり眺めつつ、オリーブドラブのコートを羽織った淡い水色髪の少女は当時のことを思い出す。
全てのプレイヤーはこのゲームをプレイするにあたってまずは自身のアバターを作成することから始める。
初回のログイン時、私は酷く暗い空間に居た。
『ようこそプレイヤー。まずはアバターを作成してください』
男とも女とも付かない不思議な機械音声での案内が始まる。音声と共に周囲が徐々に真っ白な空間へと塗り替わっていった。そして視界の中央には人の形をした黒い靄が現れたのだ。
アバターの作成に関して、細かいパーツ選びや、自身でフレームを組んだりなんて面倒な手順は一切なく、全てが『イメージ入力』で完結していた。
頭の中にイメージするだけで補助AIが具体的に表現してくれるのだ。しかも、イメージの仕方次第では潜在的な理想すらも拾い上げてくれる超高性能だ。
最初の形が出来上がってしまえば気に入らないところに口出ししていけばよかった。
楽なものだ。
私はまず自分自身を投影してみた。イメージを元にした全裸の私自身が現れる。
そんなに背も高くない中年太りの若干の天パー頭。だらしない太鼓腹が中々コミカルだ。私は会社ではO山商事の勝新と呼ばれるくらい苦み走った渋い顔をしており、会社の女子社員も私に話しかける時はまるで社長にするように恭しく接してきたものだ。
だからこそ最初は自分をベースに見た目をいじるのが早いだろうとその時は考えたのだ。
手始めにちょっとだけ、本当にちょっとだけ気にしていた身長を変更だ。身長は高ければ高いほどいい。なので本来は150くらいだが、180オーバーの長身に。
愛嬌があるとは思うが、ぷよぷよした肉体はちょっとばかし見眼麗しくない、かもしれないのでマッチョに。頬も弛んでいるからシャープにしよう。
目元と鼻は、……そのままでいいか。あとは緩い口元を引き締めて……。
肉体をある程度いじってみると、うむ、悪くない。
長身であれば大抵がイケメンに見える。私は元々イケメンだったが、男ぶりにさらに磨きがかかったと言うべきだろう。仮に爽やかなデュー〇東郷がいるとすれば目の前で完成した我がアバターであろう。
以前の私がダメだったという訳ではない。本当だぞ。
さて、気を取り直して、改めてアバターに目をやれば、
「悪くない」
概ね満足といったところだったが、しかし、あと一か所気に入らないところがある。
今思えばそこで止めておけばよかったのだが、その時の私は止まることを知らなかった。
その時の気に入らない箇所とは、
息子だ。
正直言って多分、あんまり大きくないし、シャイなのでいつも顔を隠している。これは非常によろしくない。リアルだと少々財布に余裕がなく、まぁ、その、外科的なナニソレによって外の世界を見せてやることが叶わなかった。
なので、シャイな息子は陽気にビッグになって欲しいと考えたわけだ。
あれこれ悩みつつ色々サイズをいじった結果、はつか大根は見事に練馬大根へと進化した。
カメさんも笑顔で太陽に挨拶するほどまでに立派に成長してくれた。
今の私であれば全裸で街中を走り回っても何ら恥ずかしくない。むしろよく見てくれと声を大にして叫ぶだろう。この時は本気でそう考えたのだ。
同時に、これで私のモテモテライフは確定したと言っても過言ではない、とも。
私がアバター作成完了の意思を伝えると、
『動作チェックを行ってください』
音声と共に不安定だった五感に肉体感覚と重さが宿り、そして、視界はぐにゃりと歪んで鏡張りの体育館のような施設内に転移した。
板張りの床に立つと、おお、視界が高い。
これが高身長の視界か。
普段との随分な違いに感動を覚えたものだ。
それに、手もごつい。下を向いても腹が出てない。前に体を傾けなくても息子が見える。
何だか気分がよくなって鏡を見れば、全裸の長身イケメンが見つめ返している。
あれが私のアバターだ。
否、私なのだ。
私は嬉しくなってきて年甲斐もなくスキップしてしまう。
フゥハハハ、もはや恐れるものはない! 右足ステップ、ぺちーん。左足ステーップ、ぺちーん。もっかい右足ステーップ、ぺちーん。
全力ダッシュだ、ウォーーーー! ぺちぺちぺちぺちぺちん。
ふと思うところがあって、走りながら鏡に目をやる。
ガタイの良い青年が右に左に太ももに、息子をぺチンぺチン叩きつけつつ全力笑顔で走っている。なんなら息子の後に控えている巾着がぽよぽよとバックダンサーよろしくステップを踏んでいる。
デカくしすぎた弊害である。
そんな姿を見たからか、私ははたと足を止める。うだった脳みそがすーっと冷えていくのを感じていた。
鏡に映った自分のアバターを見て「あれは誰だ?」という思考が沸き上がる。目元は私に似ているけれど、体つき、骨格、そのどれもが見知らぬ誰かだ。
そう考えた直後、心が萎えた。
体を見下ろすと、見慣れない腹に手足に息子。
これは、誰だ?
急に今の自分の肉体が他人の着ぐるみを纏っているような、肉体を履いているような気持ち悪さを覚える。
「作り直す。アバターを作り直す!」
気が付けば声を張り上げていた。
それから悩んだ。
アバターをどうするか。
恐らく一番違和感がないのは現実世界での姿の投影だというのは分かる。
そりゃそうだ。だけど、それを選ぶと身バレの恐れがあるから絶対に選ばない選択肢でもある。
ならどうするか。
悩みに悩み抜いた結果、天啓のような閃きを私は得た。
そもそも、アバターで他人になることに違和感を覚えるのであれば振り切れてしまった方が楽しめるのではないか、と。
これは後退ではなく進歩的発想。
男がだめなら女になればいい。
方針を得た後も私は悩みに悩んだ。
当然だ。
美女にちやほやされたい。が、作り出すアバター同士の絡みをイメージしても理想とは違う。美女同士、美少女同士がベタベタしてもそれは疑似的な百合でしかない。ちやほやされるのとは微妙に異なる。
何時間も自身の記憶にある限りの美女、美少女を再現したがこれといったアバターを作り出すことはできなかった。勿論、360度全方面からじっくり眺めて堪能したが、それでも私の心は是としなかった。
一体どれほどのアバターを作っては消してきたか、数えるのも馬鹿らしい。あらゆるイメージをねん出しきり、脳が疲労を訴え始めたときだった。
ふと女性目線に立ったならば、と視点を変えてみることを思いついた。
どんなアバターなら甘やかしたくなるか。
正にシンギュラリティ。
それからは早かった。顔かたちは私の好みを多少反映させたが、それ以外は徹底的に考察をした。
まず身長。高すぎず低すぎず。低すぎるとゲームを遊ぶのに支障がある。だが、高すぎると甘やかす少女としてではなく友達とかそういった目線で見られてしまう可能性が出てくる。ならば、身長は低め。
小学生低学年から中学年くらいが良いだろう。美女に抱き寄せられた際に丁度顔がおっぱいにうずもれる高さを意識する。
庇護欲を誘うようなほっそりした手足に子供らしい体形。顔立ちも幼さを意識する。だが、その表情も小さな女の子が背伸びして大人の真似をしているような微妙なアンバランスさを醸し出させるのを忘れない。
お子様ボディもちょっと貧相なくらいが丁度よい。痩せ気味の子供にはお菓子をあげたくなるはずだ。
しかし、それは予測でしかない。
悲しいかな、私はリアルで女児にお菓子を与えたことがないのだ。親戚にもいないし、近所に小学校や幼稚園がなかったのだ。歳の離れた妹なども存在しないから仕方がない。
だが、男はこうと決めたなら最後まで割り切ってやるのみだ。
最後に顔立ちを若干少女漫画的イメージによって修正してぱっちりお目々にすると、実に愛らしい美少女が完成する。
年の頃は十歳にならないくらい。
カラフルなランドセルと黄色い通学帽の似合いそうな立ち姿である。
背が低い点は慣れないが、それこそ仲良くなった美女に抱っこしてもらえば視点の低さも解決である。
完璧な計画。
(……と思ってたのに)
淡い水色髪の少女はぼんやりとした表情でロビーエリアを眺める。
視界の中には美女、美少女しかいない。元ネタのありそうなのからオリキャラっぽいのまでよりどりみどりである。だがしかし、誤算があった。
(ここに居るの、みんなネカマなんだよなぁ……)
VRにおいて、特に
ネカマ
現実と異なる性別のアバターを使いプレイングする者を指す。
ロールプレイの有無にかかわらず総じてネカマと呼ぶ。
類語→ネナベ
このような雑な分類となったのは、ほぼすべての感覚がアバターと同調してしまうため、そうでない第三者としてのプレイヤー達の精神が耐えられなかったのだろうと推察される。
考えてもみて欲しい。ゲームが友達の陰キャがやたら距離の近い異性アバターと触れ合ったらどうなるか。リアルが同性だと知った際の精神的ショックを……。
つまりはそういうことである。
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