149 ユグドラシルからの許し


「助かったわ。奥の手はあるけど、エルオの神授スキルは脅威だったの。人型生物よりも、植物の方が固定化がよく通るのよね。状況によっては、エルオに何もできずにやられていた可能性もあったわ」

「なるほど」


 だから万が一のことを考えて、俺にエルオを始末させたのか。


 意外と慎重派のようだ。


 ならこの分だと、例え目の前のユグドラシルを倒しても、分体に過ぎず本体は無傷という可能性が高そうだな。


 だとすれば、怯えていた感じも演技なのだろうか?


 そもそも人に近い見た目も、油断を誘うためだったりするのかもしれない。


 思った以上に、あなどれない存在だ。


 これは下手に敵対したら、面倒なことになりそうである。


「ふふ。これでお母様との約束を破った件については、許してあげるわ。これからは、仲良くしましょ?」


 ユグドラシルがそう言った途端、体から重さが消える。


 やはり約束を破っていたことが、この重さの原因だったみたいだ。


 時間経過で解消されていたかは不明なので、正直助かった。


 これからは約束を破らず、安易な約束もしないことにしよう。


 ユグドラシルとの新たな約束は、許しを得るために仕方がなかったと割り切る。


「ああ、お互いに約束を破らない限りは、考えよう」

「ふふ……」


 無事に解決したからか、ユグドラシルから怯えの表情が消えた。


 逆に、怪しい笑みを浮かべ始める。


 やはり、当初のよわよわしい感じは演技だったのだろう。


『汝よ、得体のしれぬ屑木に、惑わされるな』


 すると、ゲヘナデモクレスが脳内でそう警告してきた。


 俺としても仲良くした結果、一つになりましょうと言われたらたまったものではない。


 なので、このまま去るのが一番だろう。


 一応、いずれカードのモンスターを目印に、転移するかもしれないという事は伝えている。


 その時までは、関わらない方がいい。


「それじゃあもう用は無いし、俺は去ることにする」

「もう帰ってしまうの? あなたなら、ずっといてもいいわよ?」

「いや、それは止めておこう。俺にもすることがある」

「そう、残念。それでは友好の印に、これを渡すわ」


 ユグドラシルがそう言うと、俺の目の前にかごが現れる。


 その中にはソフトボールほどのトマトに似た緑色の果実と、殻に入ったクルミのような物が無数に入っていた。


「これは?」

「ふふ、それは私の果実と種よ。果実と種は食べるだけで様々な癒しや、破邪の効果などを与えるわ。もちろん、果実の方が効果が高いの。

 でも、種は環境の良い場所で魔力などを与え続ければ、芽を出すかもしれないわ。そうしたら大事に育ててね。それは私とあなたの子ということになるから」

「そうか……」


 一応便利そうだし、貰っておく。


 俺は籠ごとストレージに収納した。


 詳しいことは、時間があるときに確認しよう。


『主との子供!? この屑木めぇ!! やはり滅ぼすべきだ!!』

『おい、それだけは止めてくれ……。コイツを滅ぼしたら大変なことになる。それに子供といっても、比喩ひゆ的なものだろう』

『う、うむ。そ、そうか……』


 脳内でゲヘナデモクレスが叫ぶので、俺はそれを何とかなだめた。


 何か一瞬汝でなく主と言われたが、言い間違えたのだろうか? まあ、気にしないでおこう。何となく、触れたら面倒なことになる気がする。


「ふふ、それじゃあばいばい。いつでも来ていいわよ。あなたなら歓迎するから」

「機会があればな」


 最後にそう言って、俺は召喚転移でダークエルフの村にある宿屋の部屋に戻るのだった。


 ◆


 無事に、宿屋の部屋に戻ってくることができたな。


 当初は激戦になるかと思っていたが、実際はとんとん拍子に進んだ感じだ。


 まあ、元々エリシャは女王ティニアを始末したかったみたいだし、下準備は出来ていたようなものか。


 それに、ゲヘナデモクレスを召喚したことが大きい。


 仮にゲヘナデモクレスを召喚しなかった場合、少なくとも女王ティニアとは激戦になっていた可能性がある。


 だがその場合は、ユグドラシルに穴を開けることもなかっただろう。


 結果的にユグドラシルとは和解できたが、一歩間違えればかなり危なかった。


 それと現状まだ自称ハイエルフ軍と、エルフたちが戦っている。


 けれどもしばらくすれば、激しい戦闘は無くなるだろう。


 既に女王ティニアはいないし、表立って行動している自称ハイエルフも、ルフルフという人物だけだ。


 ルフルフという転移者には会ったことはないが、聞く限り人格者なのかもしれない。


 これからユグドラシルに取り込まれる可能性が高いが、これ以上は何もしない方がいいだろう。


 ユグドラシルと約束を交わした以上、俺がどうこう出来る問題ではない。


 さて、そろそろゲヘナデモクレスを装備している状態も、解消するか。

 

「今回は助かった。もう装備状態を解除していいぞ。また不味い状況になったら、呼ばせてもらう」

『……まだ召喚時間の猶予はあるぞ?』


 ゲヘナデモクレスはそう言うが、これから何か大それたことをする気はない。


 正直色々と疲れているし、もう意味はあまりないと思われるが、夜には哨戒しょうかいの依頼がある。


 なのでその間は、ゆっくりするつもりだ。


「いや、俺も少し休もうと思う。ゲヘナデモクレスが護衛するほどの危険はない」


 加えてゲヘナデモクレスがいると、心情的にゆっくりできないという事もあった。


 それにもしも何かあれば、代わりにレフが動いてくれるだろう。


『だが……ううむ』


 しかしゲヘナデモクレスは、何故か送還されることを渋る。


 ここはどうにかして、納得してもらう必要があるな。


「今回は本当に助かった。正直、初めて会った時の印象からは変わったと思う。俺が死亡するとカードであるゲヘナデモクレスに何か悪影響があるかもしれないが、心配しないでくれ。

 それにもしものことがあれば、また召喚させてもらう。現状俺にとって、ゲヘナデモクレスは切り札だからな」


 そう言って、何とかゲヘナデモクレスが帰ってくれることを願う。


『わ、我が切り札!? ……ふ、ふはは! そうか! 我が切り札か! 面白いことを言う! よかろう! 何かあれば、我を召喚するがよい! だが忘れるな、真の主と認められたければ、我に力を示してみせよ! 今回は、その言葉に免じて引き下がろう! 去らばだ!』


 切り札という言葉が気に入ったのか、ゲヘナデモクレスが自らの意思で送還されていく。


 そしてゲヘナデモクレスの中から解放され、俺の体がようやく自由になる。


 ふう、帰ってくれたか。


 ああは言ったが、正直召喚する時は見極める必要があるな。


 召喚の残り回数は限られているし、未だゲヘナデモクレスを倒せるビジョンが見えない。


 やはり当初の予定通り、俺自身が強くなる必要がある。


 今回は色々と得たものはあったが、強さ的にはそこまでではないだろう。


 なので次は、地力を上げることを目標にする。


 加えてもう少し、自由に過ごしたい。


 ここ何度かは国のゴタゴタに、何だかんだで関わってしまっている。


 ゆえに次の国境門の先は、なるべく穏やかな国が望ましい。


 けれども大抵、荒れている理由には転移者が関係している。

 

 これはあまり、希望を持たない方がいいかもしれない。


 予想だが一つの大陸に転移者は少なくても、二人以上はいる気がする。


 だとすれば面倒ごとに関わってしまう事は、おそらく避けられないだろう。


 なので大抵の面倒ごとは仕方がないこととして、割り切るしかない。


 そう思いながら生活魔法の清潔で汗や汚れを落とし、身につけている物をストレージに収納したあと、俺はベッドで横になる。


「にゃあ」


 するとレフが体を大きく変えて、枕がわりになった。


 ふわふわで、温かい。


 そういえば、今回レフに出番はあまりなかったな。


 ゲヘナデモクレスが規格外過ぎたのが、原因だろう。


 それにこの大陸に来てから、あまり召喚していないモンスターたちもいる。


 これからはグインやホブン、それにサンも育てたい。


 まだ完全な配下ではないゲヘナデモクレスが切り札というのは、正直健全ではないよな。


 いつものメンバーを、どうにかして強くしたい。


 それがこの世界に来てからの最初の目標、最強の軍団を作ることに繋がる。


 加えて有効だったとはいえ、不意打ちで勝ちすぎた。


 地力が上がらなければ、それが通用しなかった時取り返しのつかないことに繋がりかねない。


 まだまだ、先は長そうだ。


 そうして俺は色々な疲れもあり、眠りにつくのであった。


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