010 街道の旅

 翌朝、俺はキョウヘンの村を出て街道を歩いていた。


 ベックたちとも別れを済ませており、出る前に村で必要物資も買いそろえている。


 この村では朝早くから店などが開いていたので、正直助かった。


 そうして今は横に一匹のグレイウルフを召喚して、歩いている。


 首には赤い布を巻きつけてあり、使役している目印となっていた。


 一人で歩くよりも、この方が安全だろう。


 稀にすれ違う人や馬車がいるが、グレイウルフを見て一度は警戒するものの、使役していることに気が付くと視線をそらして通り過ぎていく。


 そういう訳で道中は思っていたよりも平和であり、天気も良く気温もちょうど良い。


 次の村までは徒歩で二日ほどらしいが、こうした旅も良いものだ。


 たまに街道にゴブリンが現れるが、相手にならない。


 倒したら、適当に剥ぎ取って近くに捨てる。


 放っておけば、他のモンスターが持ち帰るそうだ。


 ちなみにゴブリンは共食いもするので、ゴブリンの死骸はゴブリンが処理することが多い。


 これもある意味、自然の摂理だろう。


 そうして歩いていると、ふとあの白い空間のことを思い出す。


 あそこには俺以外にも、数多くの人たちがいた。


 全員が異世界に転移したのであれば、油断はできない。


 キャラクターメイキングのポイントは俺の半分だと思われるが、神授スキルはおそらく千差万別だ。


 中には、エクストラに劣るものもあるかもしれない。


 しかしその逆に、チート能力と言える手の付けられない神授スキルもあるだろう。


 そうした人物とは、なるべく関わらないようにした方がいい。


 俺のカード召喚術は大器晩成型で、質よりも数で勝負する能力だろう。


 圧倒的な個が現れたとき、成す術がないかもしれない。


 それゆえに、デミゴッドとしてどれだけ強くなれるかが問題になる。


 多くのモンスターを従えて、その中で最強の存在になることが必要だ。


 なんだかそう考えると、俺はまるで魔王みたいだな。


 最終的にそうなっても、仕方がないか。


 それよりも今は、旅を楽しもう。


 まだ異世界に来て二日目だ。世界は広そうだし、あの白い空間にいた者とは早々会わないはずだろう。


 俺はそう考えて、今は気にしないことにした。


 だがそんな時、異変が起きる。


「ウォン」

「敵か……」


 グレイウルフが、近くに何者かが潜んでいることを教えてくれた。


 おそらく、盗賊かなにかだろう。


 今歩いている街道の近くには森があり、俺の前後を歩いている人や馬車はいない。


 加えてちょうど道がカーブであることから、遠くから襲われていることに気が付きにくいだろう。 


 正にここは、絶好の襲撃スポットである。


「ヒャッハッハッ! 命が惜しければ抵抗するなよ!」

「おおっ女だ! ……女? 顔が良ければどっちでもいいぜ!」

「こいつは高く売れそうだ!」


 そう言って、前後から合計六人の薄汚い男が現れた。


 やはり、盗賊か。


 数が優位だから、油断しているな。


 それと何気に今の俺の顔って、そういえば中性的な銀髪碧眼の美少年だった。


 村じゃ普通に接してくれていたから、忘れていたな。


 いや、俺の顔をじっと見てくる人が多かった気がする。


 そうしている間にも、男たちが距離を詰めてきた。


 だが、俺は焦りはしない。


「ヒャハハッ、そうだ。そのままおとなしくしていろ!」

「帰ったら、男か女どっちか確かめてみようぜ。俺は女に賭ける」

「こりゃ、待ってる頭目が喜びそうだ」


 男たちは既に勝った気なのか、気が緩んでいる。


 この辺りだな。召喚。


 しかし俺は男たちが一定の距離に近付いた瞬間、取り囲むようにしてホブゴブリンとゴブリン軍団を召喚した。


「ヒャハ?」

「は?」

「な、何だよこれ……」


 突然の出来事に、男たちは言葉を失う。


「命が惜しければ、抵抗するなよ?」


 俺がそう言うと、男たちは武器を捨てて降伏した。


 それから男たちが持っていた縄で縛り、場所を森の中に移す。


 流石にこの数のゴブリンを誰かに見られれば、問題になるだろう。


 加えて男たちの持っていた武器は、ゴブリンに持たせている。


 さて、どうしたものか。


 とりあえず、男たちから事情を訊く。


 どうやらこの周辺の村から出てきた、農民の三男や四男みたいな経歴がほとんどだった。


 加えて冒険者になるほど勇気や力が無く、けれども真面目に働きたくない連中である。


 基本的に一人か二人の旅人を狙い、数で制圧していたらしい。


 身ぐるみを剥ぐのはもちろんのこと、人身売買も行っていたようだ。


 近くには拠点があり、頭目と他にも仲間がいるとのこと。


 ちなみに最初は口を閉ざしていたが、ホブゴブリンに素振りをさせたらおとなしく喋った。


 うーん。どう考えても畜生どもだ。害悪でしかない。始末しよう。


 ここは異世界。偽善で生かした方が不幸な人を増やす。


 それに更生させるだけの面倒は見れないし、この人数を連れて村か町に行くのはやりたくない。


 なので結局、こうなるのだ。


「ひっ、話がちがっ……」

「人殺し!」

「くそがぁ!」


 こうして六人の男たちが、この世から消えた。


 金銭と所持品をいくつか手に入れて、その場を後にする。


 拠点の方角や場所は教えられたが、グレイウルフに臭いを辿らせた。


 なおゴブリンたちとホブゴブリンは、カードに戻している。


 そしてしばらく森の中を進むと、洞窟のようなものを発見した。


 入り口の前には、男が一人立っている。


 おそらく、ここが盗賊のアジトだろう。


 中には捕らえた人がいるみたいなので、作戦を考える必要がある。


 俺がこのまま行っても、捕まった人が人質にされかねない。


 さいあくその場合人質を見捨てるつもりだが、できれば助けようと思う。


 とりあえず、あの見張りは邪魔だな。


 そこで俺は、まずホーンラビットを一羽召喚して向かわせる。


「きゅい」

「おっ、ホーンラビットじゃねえか。ついてるぜ!」


 男はホーンラビットの登場を不審に思わず、むしろ幸運だと捕らえたようだ。


 ホーンラビットは素材の宝庫。肉はうまいし、毛皮や角は売ることができる。


 逃げる個体もいる中で、蛮勇ばんゆうにも人に襲い掛かる個体との遭遇は、ある意味運が良いという訳だ。


 しかしそれは、罠でなければの話である。


 男がホーンラビットを仕留めるのに夢中になっている隙に、俺は背後から近づいて男の首をへし折った。


 暗殺成功だ。


 男を引きずって、森の中に隠す。


 後で身ぐるみを剥ぐことにしよう。


 それにしても、人の首というのは案外もろいものだな。


 まあ、ボス化したホブゴブリンを回し蹴り一発で倒したことを考えれば、この結果は当たり前か。


 さて、入り口の邪魔者はいなくなったし、作戦を開始するか。


 作戦名は、ホブゴブリンの襲撃だ。


 ゴブリン軍団を率いたホブゴブリンに、盗賊のアジトを襲撃させる。


 モンスターの襲撃だと判断すれば人質は使わず、場合によっては囮にするだろう。


 だが俺の配下たちは捕まった人たちを襲わず、機会があれば助けるように命令するつもりだ。


 もしホブゴブリンに手に負えないようであれば、それこそ俺の出番である。


 この作戦がどのように運ぶのか、俺はこんな時にもかかわらずワクワクしていた。

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