駆け落ち前夜

有沢真尋

第1話

 肖像画を捏造して欲しい。

 それが、一連の騒動の発端となった依頼内容であった。



 * * *



「依頼主は、投資家のアンダーソン氏。先頃、売りに出された貴族の城館を買い取っている。いまは内装に手を入れている段階だが、館内の大広間サルーン、及び展示型歩廊ロングギャラリーに飾る御先祖様の肖像画を捏造して欲しいとのことだ」


 ガタガタとよく揺れる馬車の中。

 画商であるニコライから淡々と説明を受けて、レオルニは壁に手をついて揺れに耐えながら、はしばみ色の瞳を瞬かせた。


「投資家ということは、もしかして元々は貴族ではないということですか。お金の力で貴族の城館を手に入れたものの、飾る肖像画が全然足りないと。それで急遽、御先祖様の絵を捏造……。捏造って言い方は悪いですけど、想像でたくさん描いて欲しいと、そういう意味ですか」


「当たらずとも、遠からず、といったところか」


「当たってないんですか? 他にもまだ何か?」


 兎にも角にも、着るものだけ取りあえずで安アパートから朝一番に引きずり出され、馬車に押し込まれてきたレオルニは、まだ状況が掴めていない。

 ニコライから渡された黒パンを頬張って、合間になんとか依頼内容を確認する。

 艷やかな口ひげに、豊かな黒髪、物憂いタレ目の色男であるニコライは、長い足を無造作に組んで窓枠に肘をつき、溜息を吐き出した。


「アンダーソン氏はなかなかにやり手で……、人には言えないような方法でのし上がってきている。最下層から。家系図なんて大層なものも、もちろん無い。だが、それならそれでいっそ家系図そこから捏造してしまえということらしい。肖像画の中に、さりげなく『王家との繋がりを匂わせるもの』も何点か描いて欲しいのだと。俺がお前にこの依頼を持ってきた意味、わかったな?」


 有無を言わさず。「はい」という返事だけを望む問いかけ。

 適当に束ねた藁のような頭髪、古ぼけて擦り切れたシャツにベスト。絵の具に汚れたズボン。素寒貧すかんぴんの無名画家らしいなりをしたレオルニは、曖昧に微笑んだ。

 ふん、と鼻で息をしてニコライは続けて言う。


「期間は大急ぎらしいが、画材には好きなだけ金を使っても良いということだ。後で現場に絵画修復士も送る。もっとも、作業内容は修復ではないが。修復士は仕事柄、古い額装や絵の具に詳しい。相談して進めてくれ。たとえば百年後に鑑定が入ったときに、今よりも古い時代に描かれたもののように偽装する方法も知っているだろうさ。絵柄や技法も年代によって別人の画家が描いたように変える必要があるだろう。ひとりで全部描いたとバレるわけにはいかない。その辺抜かり無く頼む。何しろ、アンダーソン氏の家系図捏造は、そのくらい本気のようだ」


 レオルニは、依頼主の意図と、ニコライの言わんとすることをほぼ正確に察する。


(絵画修復士と共同で捏造する「今よりも過去に描かれたらしき肖像画」「王家との繋がりを匂わせる人物像」か……。アンダーソン氏とやらの目的は、この時代にその肖像画を社交の場でお披露目することよりもむしろ、「百年後の鑑定」の方かな。出自を探るのがさらに難しくなった頃に、まるで古城の奥で眠りについていた宝物のように絵画を鑑定に出す。そこで劇的に明らかになる、「隠されていた歴史の真実」……。成り上がりではなく、王家との繋がりある由緒正しき血筋であるとの演出。それだけ強い思い入れコンプレックスがあると)


 そこまで見抜いておきつつも、レオルニは極めて愛想の良い笑みを浮かべてとぼけてみせた。


「百年後ですか。僕の絵がそんなに未来まで残ることなんて、考えたこともなかったな」


 ニコライが目を細める。

 胸の前で腕を組んで、軽く睨みつけてきた。


「製作者がお前だと、名前が残ることはない。お前が生まれるよりずっと前に死んだ、二百年前の画家が描いたことになるんだ。お前のように、万が一にも、歴史に残る絵を残すこともなさそうな無名画家に相応しい仕事だろう?」


「僕の未来は誰にもわかりませんよ」


してくれ。お前が有名になり、その絵に価値が出て、目の肥えたファンがついたら大変だ。肖像画が誰の手になるものかは秘匿すべきこと。永遠の秘密だ。うつくしく、凡庸に、描き手の影を落とすことなく描ききれ」


 口を挟まずに耳を傾けていたレオルニは、うっすらと笑みを浮かべて、ニコライを見つめた。


(僕は名もなき一本の絵筆。それ以上でも以下でもない。依頼主の望む、架空の紳士淑女を絵筆の先から生み出す。それが仕事)


 はい、と返事をした。



 * * *



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