第7話 異世界行商その②:津軽塗・続(あるいはゾーヤの大活躍)

 異世界の大陸イルミンスールと我が祖国日本。

 俺の初めての異世界探訪は、大成功で終わったと言っていいだろう。


 江戸切子を売りさばき、護衛兼世話人としてゾーヤを雇い入れ、大衆酒場で異世界初めての食事を満喫し――。

 色々とあったが、ここまで僅か一日の出来事。非常に密度の濃い一日だったと思う。


「この部屋は一体どうなってるのだ? 明かりは火を使っていないし、腰掛けも見たこともない材質を使っているではないか」


 最初はあれだけ鏡を怖がって(というより異世界を怖がって)いたゾーヤだったが、湯に心ゆくまで浸かって身体も緊張もほぐれたのか、今やすっかりあれやこれやに質問を飛ばしている。好奇心旺盛とは正にこのことである。


 あれは何なのだ、これは何なのだ、とひとしきりはしゃいでいる。元気なものだ。

 俺のパジャマを羽織ってあれこれ質問してる姿を見ていると、ちょっと微笑ましい。


「お前、変わってるって言われなかったか?」

「? まあ、確かにそうかもしらん。だがまあ明日死ぬとも知れない身だから、明日死ぬ前に疑問は解決しておきたいのだ」

「おっと」


 急にぶっ込んでくるじゃないか、と俺は気をそがれた。

 からかってやろうと思ったのに。

 そういう重い話をされてしまうと、到底ではないが、茶化すのが難しくなってしまう。

 ゾーヤはどこか遠い目になって、言葉を続けた。


「剣闘士稼業に明日の保証はない。九割方は生き残るが、運が悪ければ死ぬ。まあ、私ぐらいの腕前ともなるとそうそう殺されることはなかろうが……」


 だから、五体満足であることに感謝して、今日を贅沢に生きるのだと。


「肉をたらふく食べ、酒を浴びるほど呑み、異性をたくさん侍らせ、明日の戦いに身を投じる。剣闘士団ファミリア・グラディアートリアに所有されている私たち剣闘士は、そうやって生きるしかない。いつか死ぬ日まで。あるいは契約を全うするまで」


 俺と一緒に布団の中に入ったゾーヤは、そこで頬を緩めて表情を崩した。

 一人用の布団に二人潜るという中々窮屈なことをしているが、彼女は即座に引き受けてくれた。曰く、藁と麻布の寝台より遥かに上等だという。

 むしろ、床で寝ろと命じられると思っていたらしく、主人に布団を分けてもらえることに感銘を受けていたぐらいだった。

 流石に俺もそこまで鬼畜ではない。


 ……ちなみに、ゾーヤは異性をたくさん侍らせたりはしたことがないらしい。事実、男性のことは書物で見聞きする以上のことは全然知らない様子であった。


「だが主殿あるじどの主殿あるじどのはそんな私を、剣闘士団ファミリア・グラディアートリアから身請けしてくれて、私に安寧の日々を与えてくれた」


 いくら感謝しても足りない、とゾーヤは語った。

 何を捧げても足りない、命と誇り以外のものであれば本当に何でも喜んで差し出す、と。

 それこそゾーヤは、どこの馬の骨とも知れない俺に身請けされたというのに、感謝しているようであった。


「本当か? もしかしたら恨まれてしまうんじゃないかと思っていたが」

「何をだ?」

「剣闘士を辞めさせられてしまったことだよ。剣闘士稼業を恋しく思うんじゃないかと思ってな」

「…………。まあ、多少はな」


 意外にもゾーヤはそれを否定しなかった。


「鍛え上げた自分の技を試す喜び、息の詰まるような真剣勝負、湧き立つ歓声、そして勝利の栄光と称賛――あのも言われぬ高揚は、二度と忘れるまい。あれこそ剣闘士の華よ」

「……ほう」

「だから実際、老いさらばえて醜態を晒して死ぬよりは、死闘の果て、誉れの中で死にたいという気持ちもある。それは否めない」


 だが同時に、とゾーヤは柔らかい布団を愛おしそうに撫でた。


「日々の安寧もまた尊いのだ、主殿あるじどの。我ら剣闘士にとって、心安らぐ時間というものは、中々得難いものなのだ。褒賞金をたんまりとせしめて、美食に舌鼓を打ち、酒に溺れ、派手に遊んだとしても、それは刹那的な快楽に過ぎない。暖かい湯に身を浸し、柔らかい寝台で眠る毎日……」


 声がとろんと眠気を帯び始めた。

 見ればゾーヤはうとうとしていた。主人よりも先に眠りに就くとはいかがなものか、という考え方もあるかもしれないが、俺は全然気にしない派の人間である。


「……済まない、主殿あるじどの。少々疲れが出てしまった……。本来なら、主殿あるじどのが眠る様子を見届けてから……明日の支度を済ませて眠るべきなのだが……」

「いらないよ、安心して寝てくれ」

「うう……駄目になりそうだ……甘やかされ過ぎて……」

「?」


 それからしばらく、ゾーヤは頑張っていた。

 重い瞼を何度も無理に開いて、もにょもにょよく分からない戯言を吐いて。

 すいじもせんたくもそうじもあるじどののため、とか言って。

 盾を磨かねば(?)というよく分からない寝ぼけたことをつぶやいて。


 そして寝た。

 柔らかい布団には勝てなかったらしい。


「……目覚ましかけとくか」


 すう、と小さな寝息が聞こえた。

 今更になって気付いたが、こうして見るとゾーヤは歳幼い少女のようにも見えた。俺といい勝負の年頃の女性かと思っていたが、背丈があるだけで、案外彼女は見た目より若いのかもしれない。






 ◇◇◇






 異世界転移できるらしいけど、お前らどうする?


 55:1 ID:oThErwOrlDy

 おつおつ

 今帰ってきた


 57:名無しの冒険者 ID:********

 おかえり


 58:名無しの冒険者 ID:********

 かわいい女奴隷ちゃんはよ


 59:名無しの冒険者 ID:********

 お前ら何だかんだでなろう系好きよな


 61:1 ID:oThErwOrlDy

 ガラス売ったお金で剣闘士の女の子を雇った

 で、今その子と一緒に寝てる


 63:名無しの冒険者 ID:********

 >>1 ヤったのか??


 64:名無しの冒険者 ID:********

 >>1 写真はよ


 65:名無しの冒険者 ID:********

 >>1は俺の横で寝てるよ


 67:1 ID:oThErwOrlDy

 なんかね、異世界から我が家に連れてきたんだけど

 トイレの使い方分からなくておもらししちゃった


 68:名無しの冒険者 ID:********

 くっさ


 69:名無しの冒険者 ID:********

 prprpr


 71:名無しの冒険者 ID:********

 >>1 写真はよ!!!!!


 73:名無しの冒険者 ID:********

 お前ひとりだけじゃなくて他の奴も異世界転移出来てて草 

 設定ガバガバやんけ


 74:名無しの冒険者 ID:********

 >>67 イッチがおもらししたってこと?


 75:名無しの冒険者 ID:********

 超解釈で草


 77:名無しの冒険者 ID:********

 マジレスすると剣闘士に女なんていないんじゃね?


 78:名無しの冒険者 ID:********

 >>77 マジレスにマジレス返すと、一応いたらしい

 グラディアートリックスとかで調べてみると出てくる


 79:1 ID:oThErwOrlDy

 明日早いからもう寝るわ


 81:名無しの冒険者 ID:********

 イッチ人気者やなあ


 82:名無しの冒険者 ID:********

 女剣闘士とか絶対女ゴリラじゃんちょっと見てみたい






 ◇◇◇






「ふむ、こちらが"ツガルヌリ"、ですか。何とも異国情緒に溢れた逸品ですな」


 帝国質屋:てんびん座Libraの店奥の応接室にて。

 この質屋の店主、アルバート氏との邂逅もこれで二度目となる。

 前回とは違って、今回は護衛役のゾーヤも傍に控えている。あり得ないとは思うが、万が一荒事になったとしても安心である。


 ――津軽塗の丸盆。


 全体的に黒を基調として、青、金、緑の梨子地の彩色が涼やかで艶っぽく、ところどころに散りばめられた朱色が全体を引き締める上品な造りとなっている。

 何と言っても黒と漆の相性がいい。光の艶に奥行きが出るのだ。

 そのため、一見目にうるさく感じる彩色も、漆に包まれてまとまりが出る。秀衡塗ひでひらぬりのように金を前面に出すような作りではなく、漆の艶の中に彩色を閉じ込めることで調和が出るのだ。


 そこに、この大胆な梨子地の彩色である。


 石造りの壁にも合う、木造の部屋にも合う、存在感のある調度品になるであろう。

 現代人である俺から見ても、この津軽塗のお盆は見事な品であった。


「……これもまた、保証書がない、と」

「ええ。ですが見る人が見れば価値の分かる作りでしょう。手の込みようはもちろん、磨き抜かれた艶の深みも、並び立つものはそうそうないと思います」


 俺の売り込み文句を聞いてから、アルバート氏はしばらく瞳を閉じて黙った。

 考えを巡らせているのだろう。

 恐らくは売り先だろうか。いくら高価な芸術品であると言っても、それを売り捌ける相手がいなければ無用の長物になってしまう。


「……失礼。主殿あるじどのに代わって補足させていただくと、実は、職人ギルド、商人ギルド、そういった手合いにもこの品を持ち込もうかと考えたのだ」

「ふむ」


 ここで横からゾーヤが口を挟んだ。

 今が交渉どころだと踏んだのだろう。


「あくまでこれは一案だが、有力貴族の叙爵、奥方のご懐妊、御子息や御令嬢の成人の儀、それぞれのお祝い事の贈答品にはぴったりだろう」

「……そうですな。これほど見事な数寄もの・・・・は中々お目にかかれませぬ」


 ゾーヤの言葉が効いた。

 見た目が幸いした。彼女は湯に入って全身を洗ったばかり。皮脂の汚れも砂埃も全部落ちて、毛並みは十分に整っており、そしてほんのり柔らかいリンスの香りに身を包んでいる。

 服装はともかく、そんな身なりの従者に『主殿あるじどの』と呼ばせている俺の身分たるや何者か、となろうもの。


 そもそも、先日の江戸切子といい、今日の津軽塗といい、非常に見事な芸術品を連日持ち込むこのものは一体――となる訳だ。


「あまりに見事過ぎて、鑑識に時間がかかるやも知れませぬ。お時間を頂戴したく……」

「預けることはまかりならぬ、店主殿。持ち逃げすることはないと信じているが、これはそれ相応の逸品と心得よ。この場で数字を出せという酷なことは申さぬ。だが、結論を出すのが難しければ、この話、よそのところにも打診させていただく」


 そうやって交渉するのか、と俺は今更ながら呑気に考えた。

 腕っぷしだけを期待してゾーヤを雇ったわけだが、どうして中々機転が利く。


「なるほど。しかし、先日ハイネリヒト殿との大商いで金貨一〇〇枚をお渡ししたばかりでして、即金を調達するのが難しゅうございましてな」

「! …………なるほど」


 ちら、とゾーヤと目が合った。

 金貨百枚という言葉にゾーヤの方が少々驚いているらしい。この世界の金貨の価値はまだよく分かっていないが、まあ、金貨一〇〇枚もあれば家の二~三軒は立つと聞いている。

 後で金貨の価値を知って、よくそんなお金払ったものだなあこのおじいさん、と思ったものだ。


「金貨二〇枚に真珠をお付けしましょう。それでいかがでしょうかな」

「真珠はいい。それより近辺の地図とお守りが欲しい」

「……ふむ、金貨一五に減らして良ければ準備できますが」

「どんな地図とお守りをもらえるのだ? それ次第だ」


 とんとん拍子に交渉が進む。俺が口を挟む余地はなかった。


 後で知ったが、お守りには加護があるらしい。

 例えば、食あたりを和らげる加護がある指輪を付けていたら、ちょっと腐りかけのものを食べてもお腹を下さないという。

 他にも、頭痛除け、歯痛除け、腹痛除け、遠見、痣治し、歩き疲れ緩和……などなどの様々な効能があるらしい。

 とはいえ、いずれにせよ効果の真偽のほどは怪しいもので、本当に効果があるのか迷信に近いものも多いとのことだった。


「金貨一七枚、この街の地図一枚、そして遠見の加護の首飾り二つ、以上でよろしいですかな?」

「結構。良い取引が出来た、誠に感謝する」


 交渉成立。

 かくして俺の持ち込んだ津軽塗は、金貨一七枚と、地図と、首飾りに姿を変えたのだった。






 ――――――

 事に及んだか及んでないかについては、どちらとも取れるようにぼかして書きました。

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