2.5.王都・ダネイル王国


 目的地であったダネイル王国。

 そびえ立つ城壁は見上げるほどに高く、奥に見えるはずの城をしっかり隠してしまっている。

 壁の大きさもそうだが、その広さにも目を見張った。

 なにせ民草の住居を全て囲ってしまっているのだ。


 これほどに大規模な城壁は見たことがない。

 守る範囲が増え、人を各所に配置しなければならないので防衛時には多くの兵が必要となる。

 だが、この国はそれを実現させているのかもしれない。

 だからこそ民草を、家臣を、そして己ら一族を全て引っくるめて守ろうとしているのだ。


 城壁を見ただけで度肝を抜かれた刃天は、首を痛めそうなほど上を見上げて呆けていた。

 これほどの高さ、石材の多さ……。

 どれをとっても相当な労働力が必要なはずだ。

 刃天がいた世の城造りとは訳が違う。


 とはいえ、堀もなければ水もない。

 侵入できる箇所が限られているので必要ない、という判断なのだろう。

 水資源が少いということも関係していそうではあるが。


「刃天、行くよ」

「……おう」


 フードを目深に被ったアオに声を掛けられてようやく歩く。

 城門の外には長い行列ができており、城の中に入るために検問を行っているようだ。

 目を凝らしてその様子を見てみれば、なにやら兵士に見せているということがわかった。


「手形が必要なのか……?」

「手形?」

「なにやら門番に見せているようだが」

「ああ、身分証明……あっ」

「……またか」


 どうせ、身分を証明できる物がないとか、そう言いたいのだろう。

 アオは泣きそうな目でこちらを見てくる。

 そんな目で見ないでほしい。

 だがこれは一つ策を打つ必要がありそうだ。

 

 刃天はアオを連れて行列から抜け、幾人かが休息をとっている場所に紛れ込む。

 休息をするふりをしてその場に座った。


「まずいな。手形がなけりゃ入れねぇとなると、長い間拘束されちまいそうだ」

「と、とりあえず僕は持ってるんだけど……」

「門番がお前の故郷の内情を知っていた場合、もしくは賄賂を受け取っていた場合、もしくは、間者だった場合……。なんにせよ、お前の身分を明らかにするものを提示するわけにはいかねぇな」


 アオはコクりと頷き、見せる予定だった首飾りをぎゅうと握った。

 また一つ問題が浮上してしまったようだ。

 これを解決しなければ、入国はできそうにない。


 これだけの大きな壁だ。

 乗り越えるなどまず無理だし、これだけ巨大な城壁に備え付けられている門が頑丈でないはずがない。

 破壊工作も内部に侵入しなければ難しいだろう。


 そもそも身分証明書の発行方法を刃天は知らない。

 紛失してしまった場合などはどうするのだろうか。


「どうなんだ?」

「ギルドで登録すると、身分証明書になるものを貰える。それがあれば基本的には何処でも……出入りできるよ」

「となると、先にでかい国に来たのは間違いだったな」


 小さな国であれば人手を必要としているだろうし、ここまで厳重な監視体制の下を潜る必要はなかった。

 とはいえここから他の領地へ向かうには距離がある。

 腕にだけは自信があるし、道中で食料などを調達していけば問題なく別の領地へと向かうことはできるのだが……。

 生きていくためには金が必要だ。


 刃天はふと周囲を見た。

 パッと見た限りでも殺せない人間はいなさそうだ。

 あの鉄の鎧を着ている者もいないし、みょうちくりんな武器を持っている者もいない。


 奪うことは簡単だが……穏便に済ませるためにはどうするべきか。

 この場で何とか入国できる術を手に入れられないか、とキョロキョロと見渡してみるが、やはり元居た世とは勝手が違う。

 誰が何を求めているかさっぱりだった。


「参ったなぁ」

「ど、どうしよう……。どうするのがいい?」

「俺に聞くんじゃねぇよ……」


 今のところ、打つ手なし。

 その場にズカッと座り込んで空を仰いだ。

 策は必要だろうが、妙案が浮かんでこないのでとりあえず旅の疲れを癒すことにした。

 焦っても入れないということが分かったのだ。


「ま、果報は寝て待て、だな」

「……なにそれ」

「知らん」


 鷹匠がよく口にしていたことを真似ただけだ。

 彼はいつもこれを口にしては、その場でじっ……と静かに待ち続けるような男だった。

 つまるところ、待っていれば何か舞い込んでくるということだろう。

 とはいえ正確な意味を理解していない刃天はアオへの説明を拒んだ。


 まさかここで足止めを喰らうとは。

 国に入るだけなのにあそこまで厳重にされているとなれば、もうどうしようもない。

 素直に待機して妙案が舞い降りて来るのを待った。


「……おい」


 突然、刃天は怒気を含んだ言葉を吐いた。

 それに少し驚いたアオは、一拍間をおいて返事をする。


「な、なに?」

「いや、お前じゃねぇ」


 ギョロリと背後を振り向けば、刃天の背後でびくりと肩を跳ね上げる男がいた。

 酷い目つきをしているので睨まれただけで大抵の人間は尻込みする。

 今しがた近づいて来ていた男も同じで、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまった。


 長く山の中で生活をしていた経験がある刃天は、周囲の気配に酷く敏感だ。

 意志を持って近づいて来ているのであればなおのこと分かりやすい。

 今の足捌き、息遣い。

 それは盗みを働く下手人のそれであった。


 わざとらしくゆっくり、ゆらゆらと動いて立ち上がる。

 これだけの隙を見せているのにも拘らず男は逃げない。

 否、逃げられないと言った方が正しいのかもしれなかった。

 そんな彼に、刃天は不敵な笑みを浮かべて問う。


「何か珍しいものがあったかぁ……?」

「……ぉ……ぅ……」

「どしたい。返事ぐらいせぇや」


 トン、と額を指先で押してやると、そのまま倒れてしまった。


「……あ? おいおい待て待て」


 倒れた男はそのまま気絶する様に眠ってしまったらしい。

 しゃがみ込んで指で突っついてみるが、起きる気配は皆無である。


 何が起こったのか自分でも分からない。

 確かに殺すつもりで睨みつけたが、それだけだ。

 事実殺していないし、ただ気絶させただけなので罪に問われることはないだろうが……今目の前で起きたことが信じられなかった。


「ええ……。俺何もしてねぇんだけど……」

「じ、刃天……なにしたの……?」

「いや、分からん。勝手に気絶しやがった……」


 そんなに顔が怖かったのだろうか。

 少しだけショックを受けたので、片手で頬を掴んでぐにぐにと揉みほぐす。

 これだけで変わるとは思っていないが、何もしないよりはいいと思う。


 しかしこの倒れてしまった下手人をどうするべきなのか刃天には分からなかった。

 普段であれば殺していたのでそれで終わりだったのだが、今回はそういうわけにはいかない。


「……アオ?」

「な、なに?」

「こいつ盗人だよな」

「いや……分からないけど……」

「いや、こいつは絶対に盗人の下手人だ。俺の過去の経験がそう言っている。ちょいと荷物を調べてはくれねぇか」

「僕が犯人扱いされそうなんだけど……」

「俺じゃ分からねぇから頼むわ」


 不承不承と言った様子で、アオは男の荷物を確認し始めた。

 さすがにこの世に疎い刃天がこれを行っても何も分からないで終わってしまう。

 ある程度の知識があるからこそ、アオが適任なのだ。


 幸いにも現場を見ていた人物はいないらしい。

 皆長旅の疲れで大行列に並ぶ気力がないようで眠っている。

 刃天が警戒していると、アオが声を上げた。


「うわっ! こ、これ……」

「お、何があった?」

「お金……」

「これ全部? 本気で言ってんのか?」


 アオが手にしている魔法袋の中から、革で作った巾着袋が幾つも出てくる。

 そしてその中には決まって金が入っていた。


 この男のように大金を小分けで持つ必要性はあまりない。

 中身を軽く確認してみると金額もまばらだった。

 盗人の足捌きに息遣い、そして大量の財布をまとめた魔法袋。


「スリだ……」

「はっはーん、なるほど。こうして寝てる奴らを狙ったってところか」


 であれば、これを利用して一芝居打ってみるとしよう。


 刃天は手を叩いて『起きろ!』と叫び、その辺に寝転がっている者たちを起こしにかかる。

 アオも何をしたいか分かってくれたようなので止めはしない。

 のそのそと起き上がって迷惑そうな顔をこちらに向けられるが、気にせずに声を張り上げた。


「お前ら寝てる間に銭を取られてんぞ! ほれ、奪い返してやったから手前の持ってけ!」

「銭……?」

「銭って何? ……待って? 待って財布がない!」

「え? うわ本当だ!!」


 次第に騒ぎが大きくなり、刃天とアオが持っている財布を回収に数名が駆け寄ってきた。

 アオがそれを丁寧に返却し、中身を検めてもらう。

 中身に変化がないことが信頼に当たるからだ。


 刃天はうんうんと頷いて満足げにしていた。

 恐らくこれが善行の一つになるはずだと確信していたのだ。

 これは良い事をした。

 幸が増えることは間違いない、と気分を良くしているところで、一人の男が呟いた。


「犯人は……お前か?」

「……?? なんで??」


 予想だにしていなかった言葉が飛んできて目を白黒させる。

 だがすぐに弁明を開始した。


「おいおいおいおい待て待て待て待て! いやちげぇわ! こいつだよこ、い、つ! 俺も物を盗られそうになったからのしたんだよ!」

「そ、そうですよ! ほら、魔法袋の中にもいっぱい……」


 アオも協力して弁明し、魔法袋をひっくり返した。

 するとやはりいくつかの財布が落ちてくる。

 おまけに下手人も真隣で伸びているのだから、これが最大の証拠になるはずだ。


 だが、疑いの目が向けられ続けていた。

 訳が分からない、と刃天は頭を掻きむしるしかなかった。


「あん?」


 そこでふと気づいたことがある。

 アオの魔法袋の中から落ちてきた財布……。

 これがほとんど同じものであることに。


 人間、性格があれば好みも違うという物。

 青い服が好きな者もいれば、赤い服が好きな者もいるはずである。

 この世にある財布がすべて同じ茶色をしているという訳はないだろう。

 中に入っている銭が一定ではないにせよ、これは仕組まれている物のような気がした。

 つまり……。


「……手前ら、徒党を組んでいるな……?」


 数名の目の色が変わったことを、刃天は見逃さなかった。

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