第13話 先輩は可愛い

 ――――今日は、とても熱い日だった。


 冬が過ぎて春を感じさせるような生ぬるい風が吹いており、もう五月に入ったんだと感じる。

 また、今週末は待ちに待ったゴールデンウィークだ。この連休はバイト漬けの生活を送る予定だったが、部活に入ったということもあり、もしかすると平日よりもきつい日々になるのかもしれない。


「あっちぃ――――」


 俺は温かい風が吹くなか、かかしのように棒立ちになって信号を待つ。その信号は切り替えが遅い信号なので、例え車が信号で止まろうと、すぐに歩行者用信号が青になるとは限らない。だからこの西新に初めて来た人は、信号が切り替わる瞬間を間違えて、赤信号なのに足を進めてしまい、その後は大体二つのパターンに別れる。

 一つ目は、さも何もなかったかのように踏み出した右足をそっと戻す。そういえば、ほとんどの人は動き出しの足が右だが、なぜだろうか。

 二つ目は、間違えた事を分かっていながらも足を戻すのは何か恥ずかしいので、そのまま赤と分かっていても進んでしまう。これは、例え赤信号であっても車があまり通らない信号でよく起こる現象だ。

 ちなみに俺は前者の方で、俺の場合は出した右足を逆に後ろまで持っていき、さも片足を振って軽くストレッチをしているように誤魔化す。


 そして、俺が待っている信号が青に変わると、ワラワラと歩いている高校生の大群にのまれながら進み、俺は箒で払われるチリゴミのように向かい側の歩道に追いやられた。


「――――いくら経ってもこの感じは慣れないなぁ」


 こうやって大群に潰されることはもうかれこれ一ヶ月程経つが、この流れに逆らえた事は一度もない。別に逆らう必要は無いのだが、年頃の俺はみんなと違うこともしたくなる。


「――というかよくもまぁ飽きずにこの道を毎日通るもんだよなぁ」


 正直学校が無ければこの暑くて眠たい時間にここにいたくないし、もっと言えば外になんか出たりしたくない。家でゴロゴロと寝るか、勉強するか、涼しいコンビニかスーパーでバイトがしたい。


「――――けどスーパーには行きづらいなぁ……」


 スーパーではこの前、心がキュッとなるような痛みに襲われたので優しい店長やおばちゃんに会いづらい。

 ――――今度会ったら、頭を地面に貫通させよう。前回はまるで子どものように扱われてしまったので、それを挽回するべく働かないとな――――。

 俺がこうして、憂鬱に浸っていると後ろから陽気な声がかかる。


「よっ!」


 俺はとっさに後ろを振り向く。するとそこには花を囲う石が積み上がった低い壁に可愛い女の子が座っていた。


「ゆーたん先輩じゃないですか。何をしているんですか――――?」

「――――今日は、君を見たかったんだよ」

「何を言っているんですか――――?」

「君という伸び代マックスの人間を見てみたい。ただそれだけだよ」


 彼女は研究員の如く、こちらを顕微鏡で見透かすような目でこちらを見てくる。

 しかし、彼女の顔は可愛いので、俺は照れて顔をそらしてしまった。


「もう! 顔を逸らさないでよ!」

「いや、そんなことを言われても……」


 ――――青春だ。

 俺は照れて、頭が回らないながらもそれだけは思う。今まで俺の人生には、女の子とこんな青臭いやり取りはしなかった。

 それゆえに、俺はより照れてしまって、ついには体をうずめる体勢に入ってしまった。 

 それを見たゆーたん先輩は、幼稚園児を見るかのように優しい目で「かわいー」と言いながらより顔を近づけて見てくる。


「――――ちょ、先輩! やめてくださいよ!」

「えー、なんでー?」


 先輩はニヤニヤしている。

 どうやら俺は彼女に弄ばれているようだ。




 


 


 

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