第11話 入部
――――バイトが終わった。
今日は少しだけ人が多かったので、レジが忙しかった。――といっても、都会のコンビニに比べれば全然そんなことはない。俺が学校に行って、バイトして、就寝しているこの場所は福岡の中心街から少し離れた
「でもまぁ、俺の家はビルとかの間にぽつんと立っている年季の入った二階建て木造アパートなんだけどな」
――そういえば、バイトが終わったら連絡してくれとゆーたんに言われていたな。
俺はスマホを出して、ロックを解除するとそこには大量の着信がなっていた。勿論その着信はゆーたんからであり、十分前からイタズラ電話のように何度もかけてきている。
「今から向かいます。どこに行けばいいですか?」
――と、彼女にメッセージを送る。
すると、すぐに返信が来た。俺は再度スマホを開くと「おっけい!」とだけ書かれてあった。
「それだけじゃ分かんねぇよ」
俺は「はい。自分はどこに行けばいいですか?」と返信する。するとまたすぐに返信が来て、今度は「そのままそこで待ってて〜」と来たので、俺はそれに従い、着替えて店の前で待つことにした。
★三十分後★
――――おせぇ……。
ずっとここで待っているが、彼女は来ないし、何の連絡もない。
コンビニによくある、店の前のデカい灰皿みたいな所にさっきから何人ものおじさんがタバコを吸ったら去っていき、また別のおじさんがやって来る。あいつらはタバコを吸うだけで店の中には入らないなんて小狡いやつなんだ。――まぁ路上喫煙をしないだけマシなんだが……。
「ていうか、いつになったら来るんだよ――――」
今夜もまた冷える。
俺はいつも家を出る時は少々寒いくらいだから、歩けば体が温まるのでむしろ上着は邪魔になると思ってこの時期はアウターとかは持っていかない。しかしいつも帰りの時に、上着を持ってこれば良かったと後悔する。
「うーん。電話してみるか」
俺はポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出そうとする。しかし、その手を誰かが掴んできた。
「よっ! 待たせたね!」
俺の体に数本の銀髪がかかる。
それはとてもいい匂いで、春を感じさせる。
「――――遅いですよ先輩」
「ごめんごめん。準備に時間がかかってさぁ〜」
「――――準備?」
「うん。さぁ行くよ!」
彼女は掴んだ俺の手をそのまま引っ張り、走ってコンビニの駐車場を出る。しかも彼女は新聞配達で鍛えられているので、自転車よりも速く足を回転させる。
――――こうして俺は、世界レベルの運動量に引きずられ、彼女の目的の場所に着いた。
「さ! 着いたよ!」
「――――ハァハァ……、――――着いた?」
「うん! 見てみて!」
彼女はまったく息を切らしていない。それどころか子どものように無邪気な笑顔で、真っ直ぐと前に指を指す。俺はその指先が示すものを、追うように目を中心に顔を動かすとその先には俺がよく知っている門があった。
「――――なんだあれ?」
今、俺の前にはいつも通っている学校の門がある。そしてその門の間からは土のグラウンドの上にキラキラとした即興ステージのような白くて長方形の台が置かれていた。
更にその台座には、学校の制服を着た女子生徒と男子生徒が横一列に並んでいる。
「あれはね、一年生達だよ。そしてこれは新入生歓迎会」
――――新入生歓迎会。ということはあの中に涼森もいるのだろうか? いっぱい人がいすぎて視覚情報がゴチャゴチャしていてよく分からない。
「――――今からあの子達が目標を発表していくから見ててね」
俺はそのまま門の前に立ち、その異様な緊張感に包まれた集会を眺める。夕日が彼らにスポットライトを当てており、凄く輝いて見える。
彼らは各々目標を言っていき、中には彼女を作りたいとか、注目を浴びたいとか、ファッション好きの風上にも置けない言葉もあったが、周りの先輩達は笑顔で拍手をしていた。
ちなみにゆーたんも満足げな顔で仁王立ちしていた。
「――なにが目的なんですか?」
「そりゃあ、目標を言えばなんか気合い入るじゃん?」
「そうじゃなくて、俺がこれを見る理由です」
「あぁ、そっちね。それは、あの子達を見てほしいからだよ」
「――――それ、答えになっていませんよ」
「うーん、もう少し正確に言うなら、彼女達の姿を見て欲しいってことだね」
「姿――――?」
「うん。彼女達は全員が全員恵まれてはいないの」
「またそういう話ですか――――」
「そうだね。でもこれが最後だから聞いて欲しい。よく見て欲しいんだけど、中には化粧もしていないし、髪をセットしていない人もいるのよ。その子達は家が裕福じゃないからバイトを切り詰めて部活に入っているのよ」
「はい――――」
あー、結局いつもと同じ展開になりそうだ。
どうせこの後に「彼らも頑張っているんだから君ももっと頑張ろうよ」的な事を言われるんだろうなぁ……。
「でも、そんなに辛い環境にいるはずなのに、あの子達とても楽しそうでしょ?」
「――――まぁ、そうですね」
俺は冷たく返す。
そして、それに対してゆーたんは頬を膨らませながらこちらを見てくる。
「さっきからちゃんと話聞いてる?」
「はい、聞いてますよ――――」
「じゃあいいけど。――――まぁ、結局何が言いたいってさ、今よりも苦労することが今よりも辛いとは限らないよねってことだよ」
「どういうことですか?」
「決めつけは駄目だよってこと。一回頑張って、その世界を見たうえで嫌だと言うならそれでいいかもだけど、やらずに嫌だって言うのは勿体ないよってことだよ」
「…………」
「だからさ、頑張ってみない? 頑張ってみた後に嫌って言うなら私がその時何でもしてあげるからさ」
なんでもか。それは大変魅力的だ。
――――といっても、何故かこの時、この瞬間だけ他人の声が胸にしっくりと刺さってくる。
――――だが、その理由は分かる。
それは、否定することができないからである。
俺は今まで説教されている間はやらない言い訳を無意識で頭の中で考えていて、聞く耳を持たなかった。その上、相手が何を言うか勝手に、偉そうに予測して「はいはい。そのパターンね」という雰囲気で言葉を返していた。しかし、今回は違っていて、どう頑張っても言い訳が思いつかない。
そして、俺の今の気持ちは言い返せなくて悔しいとか、説教とかうざいとかそんなマイナスの感情は無くて、むしろ何か希望が見えた気がする。
「――――分かりました。一度だけ頑張ります」
――――俺はその希望にすがることにした。
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