忘れられない人
都会でホストとして働いていた。
二十歳からの六年間。
No.1として俺はずっと君臨していた。
No.1で居続ける為に、色んな事をした。
色営だけじゃなく、時には枕だってしていた。
途中結婚してたのもあって、枕だけは嫁に辞めて欲しいと頼まれたけれど……。
嫁より金の方が大事だったから、影でこそこそと枕をしていた。
二十六になってホストとしての限界を感じ始めた頃、田舎に住む母親が倒れたって連絡を受けた。
それで、妻に田舎に帰りたい事を伝えたら「無理だから」と一言で片付けられてしまったんだ。
そもそも俺も結婚生活には苛立ちしか感じなかった事もあったから……。
離婚する事になった。
慰謝料は、No.1として貯めていた貯金から半分渡す事になってしまったけれど……。
焼きもち妬きの妻と生活を続ける事は、正直しんどかったのでよかったとさえ思えた。
そして、俺は田舎に住む母親の元に帰った。
三ヶ月程は、母親が心配で傍にいたけれど……。
母親が元気になってきたので、働き始める事にした。
学歴もない。
経験もない。
そんな俺が働き始めたのは、コンビニだった。
時給900円。
安すぎて泣きそうだった。
「月森君、これ出しといて」
「わかりました」
コンビニの深夜バイト。
給料は、そこそこあるけれど……。
No.1だった過去の栄光が忘れられなかった。
正直、こんな給料でやっていけるわけもなく……。
「陸人。お母さん、もう大丈夫だから……。前に勤めてた会社に戻れないか聞いてみたら?」
「無理だよ。辞めたのに戻れるわけないだろ」
母親には、嘘をついて会社員だと言っていた。
「いいから、向こうに戻りなさい。陸人が、ちゃんと働いてくれてるだけでいいのよ」
「わかった、わかったよ」
俺と一緒に住みたくないわけじゃないんだろうけど……。
コンビニでアルバイトをしてるような息子だと後ろ指さされるんだって事ぐらいわかってた。
「仕方ない。住む所と仕事探すか……」
一ヶ月後、俺はこの場所を離れた。
やってきたのは、少しだけ都会のこの街だ。
ホスト時代の貯金で家を借りて住む事にした。
「たまに電柱とか店舗に貼り紙はってあるからなーー。昼間、動くか」
次の日、お昼から俺は繁華街の電柱や店舗に募集の貼り紙が貼られていないか歩き回る。
ドンッ……。
「すみません」
「いや、いや。大丈夫……。って、兄ちゃん見掛けない顔だな」
「最近、引っ越してきたんで」
「何、何!何で、朝からこんな所にいるん?」
「朝じゃないですよ。昼ですけどね」
腕時計を見ながら俺は、その人を見た。
「しょうもない事言うなよ!俺らの業界にとっては朝やから!あーーさ」
俺らの業界!!
「あの、もしかしてホストですか?」
「ホスト?あーー、ちゃうよ!何て言うかボーイズバーみたいなのしてる」
「ボーイズバー?」
「まあ、バーってよりも男版のスナックみたいな感じかなーー」
男版のスナックってのが想像つかないけど……。
もしかしたら、ホスト時代より楽かもしれないな。
「あの、そちら従業員の募集なんかしてませんよね?」
「えっ!してるよ!常時、募集中やで」
「よっしゃーー」
「えっ?何?どういう事?」
「俺、ここで6年間No.1でした。絶対に役に立ちます。だから、働かして下さい。お願いします」
「へぇーー。ここって有名な所やね。こんな場所でNo.1やったんなら……。俺の所、給料少ないよ。大丈夫?」
「そんなの全然気にしないんで大丈夫です」
そして俺は、ボーイズバーで働き始めた。
ホストより楽だと勝手に思っていたけれど……。
やってる事は、ホスト時代と変わらなくて……。
それなのにもらえる給料は、半額以下。
俺は、やる気がなかった。
「いらっしゃいませ」
「あれーー。新人さん?」
「そうそう。一週間前から入ったんだよ。この人は、向かいのビルで働いてる。
「初めまして凛音です。よろしくお願いします」
「凛音かーー。いい名前ね!ほら、飲んで、飲んで。代表も」
「はい、はい。いただきます」
美園さんは、アハハハと甲高く笑うタイプだ。
喋り方は、男っぽいけど中身は完全に女なんだろうな。
そんな美園さんがある日連れてきたのが、娘の
「めちゃくちゃ似てますね」
「でしょ?よく言われるのよ!結愛は、嫌がるけどね」
初めは、大人しい女の子だったけど次第に話すようになってくれた。
俺は、連絡先を聞いて営業もしかけたりした。
「ねぇねぇ、結愛ちゃん。合コンしない?」
「いいじゃん、いいじゃん。日曜日なら店使いなよ」
結愛ちゃんの友達でも、客に出来たらいいかなーー。
美園さん連れてきてくれるだろうし。
「いいですよ」
美園さんは、めちゃくちゃ太客ってわけじゃないけど……。
細客でもない。
中ぐらいの客で、店や俺にとっては丁度いい人。
美園さんの指名は、代表だ。
だから、売り上げは代表に入るけど……。
代表は、自分のお客さんの売り上げは、その日一緒に席についたやつで折半にしてくれてる。
だから、凄い助かる。
だけど、俺に客はなかなかつかなくて……。
「凛音、元No.1だからどうたらって話す会話がくそつまんないって客からクレームきてるんだよ」
「No.1って言った方が、おおってなりません?」
「なるけど。その分、凛音の接客見られるわけだよ。No.1がこんなんって思われるんだから、自分の為にもやめとけ」
仕事が終わると俺は、毎回代表に説教された。
ボーイズバーだから、安月給のくせにやってる労力はホスト時代と変わらない。
俺は、プライドが傷つけられてばかりで苛々していた。
だから、結愛ちゃんに合コンを頼んだ。
その中の誰かが俺を指名してくれたら、美園さんの所でついた時の売り上げの一部は俺のものになる。
結愛ちゃんは、律儀に合コンをしてくれた。
既婚者かよ。意味ねーーな。
この子は、同い年か……。
トクン……胸の奥が鳴る。
一葉ちゃんか……。
ちょっと気に入った。
一目惚れかはわからない。
だけど、何か気に入った。
帰宅すると結愛ちゃんが一葉ちゃんに連絡先を教えていいか聞いてきた。
俺は、すぐにいいよと返した。
営業して引っ張ろうかと思ってたのに、一葉ちゃんのメールは俺のプライドを再構築してくれるものだった。
「やめよ。この子は、呼ぶの」
一葉ちゃんとは、いつかは外で遊んだりするかなーー。
それまでは、メールでいいか。
今度は、電話とかもしてみるかな。
「凛音、最近。上手にヘルプにつくようになったな」
「あざーーす」
「何か変わったな?プライドばっかり高かったのに……」
「そんな事ないすよ」
不細工なのに何でこいつが人気あんのかねーー。
この店の売り上げNo.1である
ただ、喋りが面白いから指名する客は多い。
イケメンで話がつまらないやつよりマシなんだろうな。
まっ、それなりにやっとけばいいか。
そんな日々を重ねていた時に、一葉が店に職場の人とやってきた。
久々に見ても可愛い。
女性らしい見た目なのに、男っぽい部分がある。
付き合ったら、どんなんなんだろうとワクワクさせてくれる。
一葉の職場の人が帰った。
「今日はいいけど……。来なくていいよ」
「来ないと会えないでしょ?」
「そんなわけないだろ。落ち着いたら、外で遊ぼうと思ってたよ」
「凛音君が、落ち着くのがいつかわからないけど……。また、会いに来るよ」
「いや、来なくていいって」
「別に店に来たら売り上げになるんだからいいじゃない」
「そんな問題じゃないって」
うまく言葉を選べなくて……。
一葉は、怒ってしまった。
それから、一葉は俺に会いに来るようになった。
回数が来れるようにって、夜のバイトまでし始めたと話す。
「夜なんかやめとけよ」
「凛音君だって、夜の世界で働いてるじゃん」
「そうだけど。一葉には、普通に幸せになって欲しいんだよ」
「私は、幸せだよ!凛音君とこうやって会えるし……」
「そうじゃなくて……」
一葉は、俺の自尊心を満たしてくれる。
だけど、店に来ると俺が別の客の相手をしてると違う奴が席につく。
一葉にベタベタ触るな!
「俺ね、手相見れるんだよーー」
「えぇ、見てみて」
隣のBOX席に座る一葉の声が聞こえてくる。
「凛音。どうしたの?」
「奈々子ちゃん。隣座っていい?」
「うん。どうぞ」
そっちがその気なら……。
こっちだって……。
ガキみたいに感情がコントロール出来なくて、奈々子ちゃんの腰に手を回して引き寄せる。
時々、一葉の反応を覗き込むけどお喋りに夢中で気づいていないみたいだった。
俺だけが一葉を気にしてるみたいでさらにイライラする。
そんな日々が続いて、俺は一葉をホテルに連れて行った。
今まで、一葉が誰といても楽しそうにしてたから……。
これは、俺だけが知ってる顔。
鏡に映った姿を一葉に見るように言う。
俺達は、一つになれたんだ。
「恥ずかしい……」
本気で照れてる一葉の顔が映る。
俺しか知らない顔。
俺にしか見せてない顔。
一葉を抱けて幸せだ。
なのに……。
「付き合わないよ」
「だよね」
抱いたからわかる。
俺が汚しちゃいけない相手。
俺が幸せに出来ない相手。
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