第3話 窓枠のゆがんだサッシはまともに開かない

     ◇


 朝日のまぶしさに目がさめる。カーテンの開け放たれたサッシから差し込む朝日が、アタシの顔を直撃している。

 覚めきらぬ目をこすりながら布団から這いだして、畳の上で伸びをする。早くに寝たはずなのに、体がだるい。寝汗でパジャマが、ぐっしょりと濡れていた。

 夢を見ていたような気がする。けれども、何の夢だったのか思いだすことができなかった。何だかとても大切な夢だったような気がするのだけれど、思いだせないのだから仕方がない。忘れてしまうくらいなのだから、きっと大した夢ではないのだろう……。

 天気が良い。窓の外を見て、まぶしさに目を細める。たまにはサッシを開けて、部屋に新鮮な空気でも取り込もうと思ったのだけどやめた。きっとガタピシと引っかかるばかりで、窓枠のゆがんだサッシはまともに開かないのだろうから。

 隣のキッチンに、人の気配がある。きっとママが帰ってきている。顔を合わせるのは、三日ぶりだろうか。またあの不機嫌な顔を見なければならないのかと思うと、気が滅入った。

 部屋とキッチンを仕切るふすまを開けると、予想通り険しい表情で下着姿のママがスマートフォンをにらんでいた。アタシの顔をチラリと見やると、興味なさそうにまたスマートフォンに視線をもどした。くわえたタバコから、灰が落ちそうになっている。キッチン全体が、白く煙っていた。

 なるべく息を吸い込まないようにガスコンロの前までたどり着くと、こみよがしに大きな音を立てて換気扇のスイッチを引っぱった。異音混じりにノロノロと動き出した換気扇は徐々に回転を上げ、十秒ほど経ってようやく部屋の空気を吸いだし始めた。

 背後から舌うちが聞こえた。振り返ってみると飲みかけのチューハイの缶に、ママがタバコを放りこむところだった。チュンと音を立てて、缶の中でタバコの火が消えた。

 大きくため息をついて立ち上がると、ママは隣の部屋へと消えた。後ろ手に閉められたふすまが、ピシャリと殊のほか大きな音を立てた。

 ママと言葉を交わさなくなって、どれくらいになるだろうか。夜の仕事をしているママは、アタシが学校から帰ってくる頃にはもう出勤している。今朝みたいに起きた頃に帰っていることもあるけど、帰って来ない日だって多い。基本的にすれ違っているのだから会話がないのも仕方がないとは思うのだけれど……小学生になって少しした頃から、ずっと避けられているように感じている。

 小学校に上る前は、毎晩バァバが来てくれていた。バァバが死んでしまってからはずっと、ママが仕事に行っている間を独りで過ごしている。

 朝ごはんを食べようと、冷蔵庫の上の袋から、八枚切りの食パンを一枚取り出してテーブルに出しっぱなしの皿に乗せる。おかずになるような物がないかと冷蔵庫を開けたけど、いつもと変わらず庫内にはチューハイの缶が詰まっているだけだった。

「よかった、まだ残ってた」

 缶の影に、いちごジャムの瓶を見つけた。ほとんど空になっているけど、パン一枚に塗るくらいなら大丈夫そうだ。

 たまには牛乳でも飲もうかと、紙パックをテーブルに置く。シンクの洗い物の山の中からガラスのコップを引っぱり出してすすぐ。牛乳をコップに注ぐと、ドロリとしたかたまりが出てきた。駄目だ、傷んでいる……。

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