第10話 貴方が食材なレストラン(裏)
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伊藤誠一がエレベーターから降りたフロアにはレストランがあった。店内は風格のある雰囲気になるよう内装が施されており、店内は静かで、暖炉の炎が灯り、穏やかな雰囲気が漂ってた。
メニューに描かれる料理もとても美味しそうだった。自然と唾液が口の中に溢れ、飲み込んでいた。
彼はメニューを見ながら注文を決め、食事を楽しみ始めた。期待を裏切らない美味しさに彼は舌鼓を打った。一品一品噛みしめるようにして味わい、料理を堪能した。
しかし、しばらくすると彼の耳に不思議な音が聞こえ始めた。まるで物音がするかのような響きがレストラン内に響き渡る。
最初は気にせず食事を続けていたが、次第にその音が耳障りになり、伊藤誠一の気持ちを不安にさせていった。
それは突然のことだった。瞬く間に店内の雰囲気が変わり始めたのだ。
暖炉の炎が強く揺れ、窓ガラスが震えるかのような感覚に襲われた。壁に吊るされた燭台に灯された炎が揺れ動き、棚にしまわれた食器が接触して音を鳴らす。
そして伊藤誠一が目の前に視線を下ろすと、なんとこれまで感動しながら食べていた料理が様変わりしていたのだった。サラダもスープも肉料理もパンも、何から何まで得体のしれない謎の物体になっており、生々しさと気色悪さはグロテスクそのもの。途端に胃の中のものを吐き出すのは無理なかった。
レストランの内部も精肉工場にいるかのように謎の肉と朱色の液体が飛び散る不気味な光景に変わっており、彼は悲鳴を上げた。来た時とはまるで異なる別世界に迷いこんだように見えた。
彼は店内を見回したが店員や他の客の姿はなく、ただ異様な雰囲気だけが彼を取り囲んでいた。彼は恐怖に襲われながらも、店の出口を目指して一目散に駆け出したが、何故かすぐ着くはずの出口までたどり着けなかった。
何度も謎肉や謎の液体に足を滑らせて服や髪を汚し、やっとの思いで店の出口までたどり着く。レジの前では全身黒尽くめの大柄な男……いや、黒い霧が濃い濃度になって人形になっている様子に伊藤誠一は不気味さを覚えた。
全力疾走でレジの横を通り過ぎようとしたその時だった。彼は突然後ろ手を取られて引きずり倒される。痛みを堪えて見上げると、彼は黒い霧の人形が自分を見下ろしているのを目にした。
黒い霧に包まれた伊藤誠一は店内の奥へと引きずり込まれていった。彼が発する悲鳴と救いを求める声が店内に響き渡ったが、やがて奥の厨房の方へと消えていった。
◇◇◇
「伊藤誠一自身が食材にされたのか、それとも……」
照明が灯る明るい部屋の中、タブレットで流される配信を眺める彼女、冥道めいは幽幻ゆうなと同じく動画サイトで活動するVdolの一人である。
彼女の配信スタイルは一風変わっており、Udolのように現実世界で動画を撮影し、専用の高性能ソフトで編集をかけ、特定の人物を設定した三次元モデルに変えるという、二次元でも三次元でもない新たな形の2.5次元という発信形態を取ったのだ。
それを真っ先に取り入れた先駆者の配信は頭部だけをVdolの器に差し替えて投稿していたため、Vdolとかけて部位dolなどと呼ばれていた。一方で冥道めいは全身を三次元モデルに変化させている。パソコンのマシンパワーに物を言わせたリアルタイム変換は、多くのリスナーから革新的だと評価されていた。
彼女は他のVdolの調査も欠かしていない。世の中はVdol戦国時代。流行に乗り遅れないよういたるところにアンテナを張り巡らせ、自分をアップデートしていかなければ生き残れないのだから。
そんな彼女が動画編集中に日課として聞いているのが幽幻ゆうなの怪奇談だった。話の内容自体はどこにでもありそうではあるが、そこから膨らませるトーク力と語り具合がお気に入りだった。
「幽幻ゆうなの正体を追う者が行方をくらます、か。確かに怪奇現象のようですね」
冥道めいはお気に入りの幽幻ゆうなに関する噂話も当然耳に入れている。曰く、幽幻ゆうなの住処を突き止めて突撃するも帰っては来なかった。曰く、幽幻ゆうなは本当に霊界に住んでいる。曰く、幽幻ゆうなは実在する人物ではなく幽霊が発信している。
馬鹿馬鹿しい、と一蹴するのは簡単だが、つぶやきサイトで「幽幻ゆうなの住所が分かった。明日突撃する」とのコメントを最後にその後の更新がないパターンが幾つも見られた。おそらく五割以上は冷やかしや悪ノリの類だろうが、中には本当に音信不通となっているケースもあるだろう。
その証拠に、幽幻ゆうなの正体を追う者達に共通するつぶやきがあり、ことごとく意味不明な文字の羅列が投稿されていたのだ。どれも幽幻ゆうなの住所に繋がる情報のようだと推察されており、原因は未だ判明していない。
「……彼女の居場所を見つけるのも有りかもしれない、か」
一度考え始めると段々とその気になってきた。
そして冥道めいは幽幻ゆうなについて調べることに決めた。
そんな好奇心が彼女を怪奇へといざなっているとも気づかずに。
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