第8話 あの世行き直通列車(裏)
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中村直人は困惑した。彼は地下鉄だろう駅のホームにいたからだ。それも駅に行こうとしたからではなく、エレベーターから降りたら駅のホームが広がっていたのだ。
そう言えば再開発前の某ターミナル駅はデパートの中に鉄道の駅があったなぁ、と昔を思い返すも、当然今自分がいる場所とは一切関係が無い。むしろここに鉄道路線が走っているなど聞いたこともない。まさか地下には秘密の路線が張り巡らされているのか? などと馬鹿げた考えも浮かんだが、発車を待つ車両の中には彼以外の乗客がちらほらと見かけられた。
電光掲示板に表示される行き先は中村直人が全く知らない駅名。調べようにもスマホに表示される無情な圏外の文字。今どき駅のホームで圏外になるなんてありえない、と愚痴をこぼす。
再びエレベーターで元の場所に戻ろうとするも、既にエレベーターは別の階に行ってしまったらしく、扉はしまっている。現在何回にいるか知らせる表示は壊れているようで、何の文字も書いていなかった。
発車を知らせるベルが鳴るも、中村直人は乗ろうとは微塵も思わなかった。それよりも駅の外に出ようと改札口を探すも、目につく範囲では見つけられなかった。仕方無しに歩こうとした、その時だった。
不意に中村直人が肩にかけていた鞄が引っ張られる。まさかの引ったくりに焦った彼は必死に自分の鞄を守ろうとするも、体のバランスが崩れる。転ぶまいと足を動かしていくうちに、彼は発車間際の電車に乗り込む形となってしまった。
動き出す電車。駅のホームはどんどん離れていき、やがて電車は暗闇の中を進んでいく。彼はすぐさまおかしいと感じた。何故なら夜の時間帯ともなればトンネル内に張り巡らされた照明によって地下鉄の方がむしろ明るい筈なのに、薄暗いことこの上なかったからだ。
非常停止ボタンを押せど、扉の緊急開閉ボタンを押せど、何の反応も示さない。そして慌てふためく中村直人に対して他の乗客は全く気にしようとはしなかった。
今すぐ電車を停めるように車掌室へと向かった。しかし後ろの運転室内には誰もいない。ワンマン運転だったか、と切り替えて運転室へと向かう。しかしそこで目にしたのは誰もいない運転室だった。無人運転は既に新交通システムなどで導入されていたが、まさかこれもそれとは思いもしなかった。
そして、中村直人は恐ろしいことに気づいた。
最後尾車両からの光景も、先頭車両からの光景も、トンネルがどこまでも一直線に伸びていなかったか?
ありえない。幹線道路を縫うように建設される地下鉄はカーブがつきまとう。このように果てしなく伸びる地下鉄路線など中村直人は聞いたことも見たこともない。
では一体、この電車は自分をどこに連れて行こうとしているのだろうか?
やがて、ぽつんぽつんと灯っていた蛍光灯すらなくなっていき、電車は暗闇の中を突き進むようになった。いつしかレールとレールとの間を跨ぐがたんごとんとの音も消え、加減速で鳴る電車のモーター音も消えた。
電車の照明が消えたのはすぐ後のことだった。
中村直人がいくら悲鳴を上げたところで、状況は何も変わりやしなかった。
中村直人を乗せた電車は漆黒の闇の中をただ走り続けるのだった。
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「徘徊者のみなさん、この中村直人さんはどこからこのお便りを送ってきたんだと思う? もしかして霊界でもwi-fiが繋がるように電波塔を建ててくれてるとか? そうだったら一生キャリア変えないで付いてくよ」
“充電が尽きたら終了のお知らせ”
“馬鹿で草。コンセントもあるに決まってる”
“通信代と電気代は閻魔大王持ちか”
“地獄だったらルシファーとかサタンじゃね?”
幽幻ゆうなやリスナーの会話は中村直人がどこに連れて行かれたか、ではなく既に地獄行きだと決めつけ、地獄から現世にどうやってインターネットを繋げるか、にシフトしていた。和気あいあいと馬鹿話を並べ、雰囲気を和ませるのもこの配信の特徴だった。
「電車に乗る時はきちんと行き先と停車駅を調べてから乗ろうね。それじゃあ今日はこの辺でお別れよ。ばいび~♪」
こうしてまた一日が終わり、また次の一日が始まる。
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