第2話 招かれざる会議参加者

「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」


 今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まった。徘徊者と呼ばれたリスナーたちも幽幻ゆうなに挨拶を送り、和やかに進んでいく。


 幽幻ゆうなの怪奇配信は冒頭数十分ほど他愛のない雑談に締められる。こうしてリスナー達と交流を深めることで親しみが湧き、指示してもらえるようになる。


「やっぱこたつって最強だよねー。冬なんかこたつから出られないし出たくないし、見ちゃったら入りたくなるし。あ、でも気持ちいいからってこたつ入ったまま寝る時は注意ね。設定温度を低くしておかないと」


 内容は今日一日で感じたことを喋ればいいため、幽幻ゆうなが話題に困ったことはない。そこまで長くトークを続けられなかったらリスナーに振ればいいだけで、やりようはいくらでもある。


 中には幽幻ゆうなの「魂」に関する質問が飛び出ることもあったが、幽幻ゆうなはわりと幽幻ゆうなとして定めたプロフィールから外れない限りは情報をオープンにしていた。


「じゃあ今日も始めちゃおう。まずは徘徊者田中春華さん(仮名)からの投稿だよ。「幽幻ゆうなさん、こんばんは」、はい、おこんばんは~。「これは今でも私の脳裏に焼き付いているのですが――」」


 ■■■


 とある有名な大手企業の会議室には、様々な部署の代表者が集まっていた。会社の社運をかけた一大プロジェクトの報告が行われる大切な場で、緊張感が漂っていた。


 田中春華が彼女の部署を代表して参加することになったのは偶然が重なったためで、上長がことごとく出張や病欠で不在だったからだ。出社するなり会議資料を渡されて出席を指示されたため、慌てて参加した次第だった。


 しかし、会議が始まる前、彼女は奇妙な気配を感じた。部屋の雰囲気がどこか異常で、息苦しい雰囲気が広がっているように感じられた。田中春華は不安を感じつつも、会議に集中することを決意した。


 議題は進行し、話し合いが行われていたが、その中で田中春華は自分以外の出席者が彼女のことを見ていることに気づいた。彼らの目は彼女をじっと見つめている。代理出席者の田中春華が注目されるような理由がなく、どこか恐ろしい感じがした。


 やがて、会議は不協和音を抱えたまま進行し、話し合いが険悪な雰囲気になっていった。そして、部屋の中で誰かが異音を立てる音が聞こえた。最初は何かの偶然かと思ったが、次第にその音が増え、部屋中に響き渡った。


 急激な音量の上昇とともに、田中春華と他の出席者たちは悲鳴を上げた。部屋中に不気味な影が蠢き、誰もがその姿を目撃した。それは人間の姿をした存在ではなく、どこか異質で恐ろしいものなように誰もが感じた。


 田中春華は恐怖に打ち震えながらも、その存在が近づいてくるのを目撃した。それは幻覚か、あるいは何か未知のものかもしれないと彼女は思った。しかし、その影は次第に実体を持ち、彼女たちの間に存在することが明確になった。


 怯える彼女たちの前に、その影は悪魔的な姿を現し、恐怖を引き起こした。不気味な笑みを浮かべ、暗い存在は彼らの怯えを増幅させるような姿勢で立っていた。


 彼らは恐怖のあまり、逃げ出そうとしたが、会議室のドアは突如として閉じられ、誰もが外に出られなくなった。暗い存在は彼らを囲んでおり、彼らの恐怖を増幅させるために存在しているかのようだった。


 彼らは悲鳴を上げながらも、その存在から逃れようとしたが、誰もがその場から動けない状態だった。恐怖ですくみあがったためか、それとも物理的に麻痺させられているのか、その場合にいる誰もが正常に状況を把握出来ない状態だった。


 やがて、一瞬の間に全てが静まり返り、部屋は元の状態に戻ったかのように見えた。


 影は消え、誰もが安堵した。しかし、部屋の外で警備員たちが駆けつけるのを見て、田中春華は先程消えたはずの不気味な存在を一瞬見たような錯覚に陥った。


 会議はその後解散し、参加者たちは異様な出来事を語り合ったが、誰もがその存在の正体を確かめることはできなかった。田中春華と他の参加者たちは、恐怖に包まれながらも、その恐ろしい会議室の体験を語り継ぐこととなった。


 □□□


「謎は全て解けた! 影の正体はこのブラック企業で過労死した社畜の地縛霊だったんだよ! 社運をかけたプロジェクトの会議を台無しにして復讐しようとしたんだ!」


 な、なんだってー!?というコメントが飛び交った後、リスナーからのコメントはブラック気質自慢へと発展していく。収集がつかなくなったため、幽幻ゆうなは話を切り上げ、別の怪奇現象の紹介へと移った。


 幾つか語り終わった後、幽幻ゆうな個人に関する質問が送られた。それはこれまで幽幻ゆうなが断片的に語ってきた彼女が住むマンションについてだった。


「ゆうなが住むマンション? 場所は、うーん、そうだね。とある環状線の内側とだけ言っとく。地下鉄の駅が近いから買い物に行くのも便利だよ。少し歩けば静かな公園とかもあるし」


「でもマンションの中にコンビニもスーパーも雑貨屋もあるから、出歩かなくても生活には困らないよ。何なら小さいけどレストランとか映画館、スポーツジムとかもあるし、それだけで完結する一大テーマパークって感じ」


「タワマン、なのかなぁ? 高層階は景色がいいみたい。中にはプール付きの部屋もあるらしいよ。ゆうなは掃除が大変だからそんな広いだけで持て余す豪華さは要らないよ。あ、でも一応他の高層ビルが邪魔にならないぐらい高い階には住んでるよ」


「エントランスとかホテル並みにゴージャスでさ。ソファーに座ってるだけで雰囲気を味わえるんだよね。出前とか配達はエントランスのフロントまで届けてもらうよ。カードキーが無いとエレベーターが動かないから。そこはホテルと同じかな」


「警備員と管理会社の人が常駐してるから、何かあっても困らないよ。結構大きいから方向音痴の人とかたまに迷うらしくてさ。エレベーターの中とか廊下で知らない人とばったり会う時もあるよ」


 幽幻ゆうなは自分が住むマンションの情報を隠さない。しかし決して「お勧めだから是非引っ越してきて来て」とも「来るな」とも言わない。不便さはないと自慢気に喋るだけだ。


 そんな中リスナーから一つのコメントがあった。それは幽幻ゆうなの住んでいる場所を特定しようとして行方不明となった者がいることについてだった。


「あー。そう言えばネットニュースでそんなの見たよ。いやでも別にゆうなの住んでる場所って誰でも来れるし。そんな神隠しにあうような事故物件じゃないんだけどなぁ」


 ここで失礼なリスナーから詳細を希望されても幽幻ゆうなは明かさない。ただしあえて探し出すことを止めるよう願いもしない。来ればマンションの楽しさを味わえるだろう、と締めくくる。


「そんじゃ、今晩はここまで。チャンネル登録と高評価をぜひよろしく。ばいび~♪」


 夜がふけ、また新しい一日が始まる。

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