第十話 成人の儀と古代兵器 4

「ひどい……」


 フェリックスの背から見下ろした魔界は、つい七日前にルイ様と見た姿と大きく異なっていた。


 自然豊かで長閑な光景は消え失せ、真っ黒に焼け焦げた草原のあちこちから黒煙が上がっている。


 ルイ様に留守を頼まれていたのに……


 ルイ様が目覚めてこの光景を見たら、きっと心を痛めてしまう。魔界を守れなかった自分が不甲斐ない。けれど、これ以上大好きな魔界を踏み荒らさせない。


「フェリックス!」

「キューッ!」


 私の声に呼応するように、フェリックスはぐんぐん速度を上げていく。


「……見えたわ。気をつけて」

「キュッ」


 世界の境界に位置する門を視認し、私はフェリックスを包むように結界を展開した。きっと向こうにも偉大なるドラゴンの姿が目に入っている頃だろう。


 案の定、チカチカッと門の麓で光が弾け、無数の魔法弾が飛んできた。属性はそれぞれ。


「これでも歴代一の聖女だったんだから。舐めんじゃないわよ」


 私は前方を埋め尽くすほどの魔法弾全てにそれぞれの優位属性の魔法弾をぶつけてやった。魔法が衝突して爆発が起こるが、フェリックスはうまく旋回して回避してくれている。


「いい子ね。行きましょう」


 トントン、と背を叩くと、フェリックスは門に向かって急降下して行った。




 ◇◇◇




「すごい……すごいぞ! あれほど剣を叩き込んでも微動だにしなかった結界が、一発で破壊できたぞ!」


 高笑いをしながら古代兵器ゴーレムが発した光線によって破壊された門を見上げるファルガ。


 とうとうこの日が来た。

 二年、なんという長い月日だったのだろう。


 あの日アリエッタを一人残して魔界を去り、国王の絶大なる信頼と愛しい女の両方を失った。だが、古代兵器ゴーレムの力があれば、その両方を取り戻すことができる。


 ようやく、ずっと思い描いてきた輝かしい生活が始まるのだ。


「あーっはっはっは!」

「高笑いしているところ悪いんだけど、この後はどうするの?」


 同じ勇者パーティの気の置けない仲間であるカインが、ファルガの隣に立って問いかける。ファルガは得意げな顔をして答えた。


「ふん、まずは忌まわしい魔界を焼き尽くす。その後に魔王の城に攻め入るぞ。アリエッタがいるとしたら魔王の元だろうから、城を包囲して逃げ場をなくしてから侵入だ。妨害してくる魔物は皆殺しにしろ」

「はいよ」


 カインはチラリと背後に佇む古代兵器ゴーレムを見上げた。


 先ほどの一閃は恐ろしいほどの威力だった。

 それに、前回と違って軍隊を率いての侵略だ。残念ながら魔界はこれでおしまいだろう。


 どこかで魔界の穏やかさに心惹かれていたカインは、その想いを断ち切るように首を振った。自分一人の進言でこの侵攻を止めることはできない、そう判断して沈黙を貫いてきたのだから、自分もファルガや国王と同罪だ。


 せめて少しでも美しい魔界を目に焼き付けよう――そう思って空を仰いだ時。


「なんだ、あれは――ドラゴンか⁉︎」

「なに⁉︎」


 猛スピードでこちらに向かってくる一匹のドラゴンを視界に捉えた。ファルガも慌てて空を見上げ、すぐにその姿を認識した。同時に、先遣隊の兵士が報告にやって来た。


「報告します! 上空より猛スピードで一匹のドラゴンがこちらへ向かっております!」

「――ふん、たかがドラゴンごとき、この数に叶うわけがない。うるさい羽虫は撃ち落としてやろう。魔導士団、撃ち方よぉーい!」


 先遣隊からの報告を受けたファルガは、考える素振りも見せずに魔導士団を振り返り指示を出した。いつでも魔法を放てるように準備万端だった魔導士たちは、初めて目にするドラゴンを討てると興奮した面持ちで杖を掲げている。


 魔界の制圧、魔王討伐、聖女奪還。


 そのどれもが心躍り、自分たちの経歴を華々しく彩ってくれることに違いない。そう思えるほどの大仕事なのだ。


「撃て!」


 魔導士たちはそれぞれの得意属性の魔法を一斉に放った。

 流星のように軌跡を残しながら一直線にドラゴンに無数の魔法弾が飛んでいく。流石のドラゴンもこの数に敵うはずがない。誰もがそう思い、自惚れ、嘲笑ったその時、全ての魔法弾が続け様に空中で弾けた。


「なっ……⁉︎」


 白煙を抜けて、無傷で未だ向かってくるドラゴンは、見覚えのある光を発していた。


 まさか、あの光は――


 勇者パーティを組んで魔界に入る前に数度こなした任務にて、いつもパーティを護ってくれていた強固な結界。



 ああ、なぜ気付かなかったのか。



 魔界へと繋がる門を封じていたのもではないか――


 呆然としつつも見上げたドラゴンの背に、誰かが乗っている。


「ま、待て! 撃ち方やめーい!」


 しくじったと慌てて詠唱を始めた魔導士たちに、ファルガは右手を挙げて攻撃停止の指示を出す。ザワザワと戸惑いを見せる魔導士たちであるが、この場の指揮はファルガが全権を握っているため、渋々ながらも杖を下ろした。


 ボロボロと崩壊する門の向こう側に、静かに降り立った太陽のように鮮やかな朱色の鱗に覆われたドラゴン。神秘的なその生物の背に乗っている人物を確認したファルガは、歓喜に震えた。強く気高く美しい、恋してやまない人がそこにいたのだから。

 今まさに、おとぎ話の王子と姫のように運命的な再会を果たしたのだ。


「アリエッタ、か……? ああ、会いたかった。助けに来たぞ! さあ、俺と共に人間界に帰り、夫婦に――」

「……ファルガ。私は二度とあんたの顔を見たくなかったのに、余計なことをしてくれたわね。誰が人間界に帰りたいと頼んだのかしら? こんなひどいことをして、覚悟はできているのでしょう?」


 フラフラとアリエッタに向かって歩み寄っていたファルガは、アリエッタの物言いと、彼女が発する圧に萎縮するように足を止めた。


 アリエッタはいつも優しかった。

 いつもニコニコと微笑みを絶やさず、ファルガに寄り添い、支えてくれた。少なくともファルガ自身はそう思っていた。

 まるで女神のような、聖母のような姿に恋焦がれ、一生添い遂げたいと思った。


 だが、今目の前にいる愛しい人は、ドラゴンの背に乗りファルガを敵とみなしている。



 ああ、そうか。そうに違いない――



「ふふ、ふはは! なるほど、魔王に洗脳されたのだな……可哀想なアリエッタ。俺が、俺の愛の力でお前を解放してやるからな……!」

「……本当変わらないのね。寒気がするわ」


 不快感を露わに吐き捨てるように言ったアリエッタは、ファルガの知るアリエッタの姿と乖離していた。

 それほどまでに魔界に毒されてしまったのか。早く解放してやらないと――


 ファルガはいつも自分に都合よく物事を解釈してきた。それも自覚なしに。そんな彼が勇者という肩書きを手に入れ、大量の兵を率いる立場となったことが、ファルガの勘違いに拍車をかけていた。


 アリエッタは軽やかにドラゴンから飛び降りると、全身から魔力を溢れ出しながら未だ魔界の入り口に止まるファルガたちへ歩み寄っていった。

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