閑話 深夜の緊急会議⑥

 アリエッタの休日から数日が経過し、魔王の城は日常を取り戻していた。

 稀に歪みが生じる結界をアリエッタが調整し、ルイスを起こすところから寝かしつけるところまで、甲斐甲斐しくお世話をしている。


 やがて季節は巡り、雪深い冬を超え、アリエッタが魔界に来てから一年が経過しようとしていた。


「さて、今日も魔界は平和で何よりですね」

「そうじゃのう。日差しも暖かくなってきたし、そろそろ世界樹の桜も咲く頃じゃろう」

「あら、久しぶりにみんなでピクニックでもしちゃう? 桜の花の下でお弁当広げて、お酒をグイッと……想像しただけで酔っちゃいそう」

「お、いいではないか。腕によりをかけて弁当を用意してやろう」


 雪解け間近のある夜に、久しぶりに召集された会議に集うのは、いつもの側近の面々――


「素敵! 私にも何かお手伝いできることがあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」


 ――に加えて、アリエッタも召集されていた。


 内心何事かとソワソワしていたアリエッタであるが、ピクニックの計画に入れてもらえることは素直に嬉しい。

 なるほど、今日はピクニックに向けた打ち合わせをするのかと一人納得している。


 平和を体現するように、和気藹々と楽しい計画を立てていく面々に、ウェインは微笑みつつも両手を打った。


「ピクニックについてはまた別の機会に話し合うとして、今日お集まりいただいたのはこちらの議題について話すためです」


 そう言って慣れた手つきで黒い壁に白い文字を刻んでいく。



『第二次成長期について』



 その文字を見た一同は顔を見合わせる。


「第二次、成長期……?」

「なんと、もうそんな時期か」

「うふふ、とうとうルイス様も大人の男になるわけねえ」

「うおおお、ワシは、ワシは……ぶーん!」


 一人首を傾げるアリエッタに対し、側近の一同は感慨深げに瞳を伏せている。

 感極まって鼻をかむカロンにハンカチを差し出しながら、ウェインは片眼鏡をクイッと上げた。


「アリエッタ殿には詳しくお話ししておりませんでしたね。だからこそ、今日この場にご足労いただいたのですが……昨年、ルイス様のお身体がグッと成長した時期があったでしょう? それが第一次成長期。此度お迎えになられるのは、成人へと成長なされる第二次成長期。これからの一年、いよいよルイス様は成人に向けて急速に成長なされる。そして一年後の成人の儀を経て、真なる魔王として覚醒される。残り一年、しかとルイス様をお守りするのが側近である我らの務め」


 確かに、急にルイスの背が伸びて大人びた表情が増えた時期があった。

 アリエッタはようやく合点がいったというように深く頷いた。教育係としてより一層身が引き締まる思いである。


「うむ。思えばあっという間の幼少期であったな」

「そおねえ。子供のルイス様も可愛らしくて好きだけど、成長したルイス様も間違いなく素敵でしょうねえ」

「若者の成長は早いのう……ワシも歳を取るわけじゃ」


 魔王の第二次成長期は、心身ともに大人となる時期である。

 第一次成長期が少年への芽吹きであれば、第二次成長期は青年への開花。

 第一次成長期とは比べ物にならないほど身体も成長する。背がぐんと伸び、筋肉質な身体となり、あどけない顔つきから男らしい顔つきに変わる。それに――


「アリエッタ殿」

「はっ、はいっ! 私もルイ様をお世話する一人として気を引き締めて頑張る所存です!」

「ふふっ、かたっ苦しい~」

「ミーシャは少し静かになさい。さて、アリエッタ殿。今最もルイス様に近しい存在は、間違いなくあなたです。これからの一年、驚くほど早くルイス様は成長されるでしょう。今はあなたより低い背も、あっという間に伸びてあなたを追い抜いてしまうでしょう。少年から男へと成長いたします。私の言いたいことはわかりますね?」

「え? さっぱりわかりません」


 キョトンと目を瞬くアリエッタを前に、他の四人はガクリと肩を落とした。

 あれだけルイスから好意を向けられておきながら、本人はまったく気がついていないのだから主人が気の毒でならない。可愛い弟に懐かれて嬉しい、ぐらいに思っているのだろう。あるいは無意識のうちに、そういった対象として見ないように心が制御しているのかもしれない。


「はあ……いいですか。あなたは年頃の女子。ルイス様もこれから年相応に異性にも興味を示すお年頃になられる。ルイス様のことです。無体は働かないと信じておりますが、くれぐれも距離感にはお気をつけください。子供をあやすように抱きしめたり、頭を撫でたり、手を繋いだり……ルイス様が殿方であるという意識をしかとお持ちください」

「は、はひ……」


 早口で捲し立てるウェインに圧倒され、アリエッタは仰け反りながら頷くことしかできなかった。


 そうは言われても、今はまだアリエッタよりも背が低い小さな男の子。それが一年も経たずして男に成長するなんて信じられない。


「うふふ、私は何か間違いが起こっても美味しいと思う派だから、応援しているわねえ」

「ミーシャ!」


 再びウェインから叱られるミーシャであるが、口元を抑える手から垣間見える口角はこれでもかというほど上がっている。


「まあ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。二人のことは二人に任せましょう」

「はぁ……そうですね。私もルイス様のお気持ちを尊重したいと考えております。願わくば、ゆっくりと、若葉が芽吹き花開くように育てて欲しいものです」

「?」


 なぜかアリエッタは生暖かい視線を一身に集め、頭には疑問符ばかりが浮かぶ。


「では、第二次成長期に向けて共通の認識が持てたところで、本日はお開きと致しましょう」


 その後、ウェインの合図を契機にその場は解散となった。が、皆の足は同じ場所へと向かっていた。


「えーっと、もしかして皆さんも?」

「うむ、就寝前に再度ルイス様のご尊顔を拝見しようと思ってな」

「ワシもじゃ」

「私もお」

「ふふ、ではルイス様を起こさないように、静かに参りましょう」


 あどけない寝顔を見ることができるのも、あと数ヶ月のこと。

 一日一日を大切に、皆の考えは同じであった。

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