第五話 生き物のお世話は大変なのです 3
その日の夜。
フェリックスはルイ様のベッドの枕元が定位置で、二人仲良く一緒に寝ている。
ルイ様とフェリックスが無事に眠りにつき、側近のみんながその尊い寝顔を拝み終えた頃、私は自室へと向かっていた。
「ルイス様とフェリックスはすっかり親子……いえ、兄弟のようですね」
「ええ、とっても微笑ましくて毎日眼福です」
「ほほっ、よく分かります」
最後の寝顔参拝者だったウェインさんとのんびりお話ししながら廊下を歩いていると、背後からドタドタッと慌てて駆ける音が追いかけてきた。この先はルイ様の部屋しかないはず。
となると、足音の主は――
ウェインさんと顔を見合わせて振り返ると、そこには血相を変えたルイ様がいた。
「た、大変だ……! フェリックスが、フェリックスが……!」
目一杯に涙を溜めて狼狽するルイ様を落ち着かせるために両肩に手を置く。少し腰を落として視線を合わせると、優しく語りかけた。
「フェリックスがどうしたのですか?」
「う、うむ……暑くて寝苦しいと感じて目を覚ますと、フェリックスが……燃えるように熱くなっていて……呼吸も荒く苦しそうなのだ!」
「ふむ、発熱ですか。風邪か、あるいは……」
ウェインさんの表情も険しいものとなり、私たちは急いでルイ様の部屋へと駆け戻った。
ベッドの上には荒い呼吸を繰り返すフェリックスが横たわり、その首元には丸められたシーツの塊が置かれていた。近くで見てみると、中には氷が入っていたので、恐らくルイ様が少しでもフェリックスの熱が下がるようにと魔法で作り出したのだろう。
「どれ……ふむ、これは」
フェリックスの身体に触れ、状態を確認するウェインさん。私も様子を見るためにフェリックスに顔を寄せる。触れずとも身体が熱を放出していて高熱が出ていることは明らかだった。それに、近づいて分かったけれど、これは――
「魔力が篭って発散できずにいるんだわ」
「ええ、恐らくそうでしょう」
私の見立てに、ウェインさんも同意してくれる。
人間界でも、生まれ持って魔力が強い子供がよく起こしていた症状である。うまく発散されなかった魔力が逃げ場を求めて体内で暴走してしまうのだ。
「魔力が? そうか、まだ生まれて間もない子竜だからな……ど、どうすればよいのだ」
心配そうにフェリックスの前足を握るルイ様を安心させるように微笑みかける。
「大丈夫ですよ。本当は自然と魔力操作をできるようになるのが一番なのですが、きっとドラゴンは人間よりも魔力量が多いし、その分身体も辛いでしょう。私が少し干渉して魔力を滑らかに動かします」
「そんなことができるのか?」
「ええ。こう見えても私、歴代一の聖女ですよ? ドーンと任せてください!」
胸をドンと叩くと、ルイ様はホッとしたように強張っていた表情を綻ばせた。治療法が明らかとなり安心したのだろう。
ルイ様の期待に応えるべく、そして大切な家族であるフェリックスを楽にしてあげるべく、私は小さなドラゴンに両手を翳した。
集中してフェリックスの魔力の流れを読む。
さすが火山地帯に住むドラゴンの子。色で表すと真っ赤に燃えるような魔力を感じる。これだけの魔力が暴れていたらさぞかし辛いでしょう。
フェリックスの魔力に並走させるように自らの魔力を流し込み、外に誘い出すイメージで吸収する。一気に吸いすぎると今度は魔力枯渇でショック状態に陥るリスクもあるので、少しずつ、慎重に。
フェリックスの様子を見ながら私は魔力を吸い出し続ける。次第に汗ばんでいた額の汗が引き、苦しげに歪んでいた表情も和らいでいった。やがてスースーと規則正しい寝息を立て始めたところで、処置を切り上げた。
「はふう。よし、これでもう大丈夫ですよ」
かなり神経を使う繊細な治療だったので、私の額にも知らず知らずのうちに汗が滲んでいた。グイッと手の甲で汗を拭うと、私はルイ様にニカッと微笑みかけた。ルイ様はズズッと鼻を啜ると、弾けるような笑顔を見せてくれた。最高のご褒美ね!
「す、すごいぞ! ああ、フェリックス、よかったな。アリエッタ、それにウェインもありがとう」
「いえ、私は何もしておりません。アリエッタ殿のおかげです」
「そんなことはありませんよ。ウェインさんがいてくれるだけで、頷いてくれるだけで安心して治療ができました」
それから三人で今後のことについて話した。
ドラゴンの生態は未だ解き明かされていないことが多い。成長速度についても不明なので、魔力量に適した身体が出来上がるのがいつになるか読めなかった。そのため、明日からフェリックスにも魔法を教えて適度な魔力放出をさせることにした。定期的に魔力の状態を確かめ、必要に応じて今日行った処置をする。それを重ねていくうちに身体に魔力を馴染ませていく。そのことを意識してお世話をしていれば、今後魔力が篭って身体に不調をきたすこともなくなるだろう。
「さ、ルイ様。フェリックスのそばに行ってあげてください」
夜も更けてきたので、改めてルイ様を寝かせようと布団を捲るけれど、ルイ様はブンブン首を振って従ってくれない。
「アリエッタを部屋まで送ってからだ」
「ええっ! そんな、大丈夫ですよ。もう遅いですし早く寝ましょう!」
「いや、ダメだ。先ほどの治療はかなり術者が疲労するのではないか? いつもより顔色が悪い。アリエッタこそ早く休むべきだ」
「いえいえ、私は大丈夫ですから! 人間界でもたまに治療していましたし、その後も休みなく働いていましたから」
「むう、以前から不快だったのだが、やはりその神殿を消滅させるべきか」
「ルイ様⁉︎」
ちょっとちょっと、話が逸れて物騒なことをおっしゃっているわ!
私が狼狽えていると、助け舟を出してくれたのはウェインさんだった。さすがイケおじ。
「ルイス様、アリエッタ殿が早く休むためにはまずルイス様がお休みにならねばなりませんよ。その後、この私が責任を持って彼女を部屋へと送りますので、ご安心ください」
「……余が送りたかったのだが、仕方がない。頼むぞ、ウェイン」
「ええ、お任せください」
ようやく理解してくれたルイ様は、そろそろとベッドに潜り込んだ。部屋の電気を落としてトントンと胸の辺りを優しく叩いていると、やがて規則的な寝息が聞こえてきた。
「お休みになられましたね」
「はい、これで一安心ですね」
ルイ様はフェリックスの背に手を添えて、守るように肩を寄せている。
「天使」
「そうですね」
私たちはしばしルイ様とフェリックスのほのぼのとした寝顔を堪能してから静かに部屋を後にした。
「うー……ルイ様の手前、見栄を張りましたが、やっぱりドラゴン相手は初めてだし疲れました。送ってくださりありがとうございます」
「いえいえ、滅相もございません。それにしても、素晴らしい治療でした。流石の私もあそこまで的確な処置はできなかったでしょう」
「えへへ、人間界にいた時の経験のおかげですよ」
ルイ様に指摘された通り、魔力の発散をお手伝いすることはかなりの疲労感を有する。少し貧血のような感覚でふらりと目が回りそうになる。フラフラと私が蛇行を始めると、さりげなく腰に手を回して歩行の補助をしてくれたナイスミドル。ミーシャお姉様に見られないように気をつけないと後から怖い。
「明日の朝は私がルイス様を起こしに参りますので、目が覚めるまでゆっくりとおやすみください」
「えっ! そんな、大丈夫です」
ルイ様のお世話係として、職務は全うしたい。それに、神殿にいた頃は疲れていても参拝者(という名の患者たち)がくれば表に引っ張り出されて治癒させられた。もちろん大した怪我ではないけれど、断続的にやってくる依頼者に疲労は蓄積するばかりだった。主にストレスで。
「魔界に来てから休みなしだったでしょう? いい機会ですから明日は一日お休みにしましょう。ふふ、たまには私にルイス様をお世話させてください」
うっ、そう言われては断れない。
「……わかりました。ありがとうございます」
無事に自室に送り届けられた私は、ウェインさんにお礼を言うとベッドに倒れ込むように眠りについた。
明日一日フリーかあ……何して過ごそうかな。スヤァ。
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