無駄話 一方その頃、人間界は①


 時は一ヶ月遡る。


「くそっ……!」


 勇者ファルガ一行は、アリエッタの転移魔法により王宮のど真ん中に転移した。


 アリエッタの目論見通り玉座の前に突然現れた勇者一行に、王宮は大きくざわめいた。


 魔王を討ち損じたのか。

 すんでのところで撤退を余儀なくされたのか。


 見たところファルガをはじめとする面々には擦り傷一つ見られない。


 だが、出立前と大きく異なる点があった。


「ファルガよ、聖女アリエッタはどうした」


 重々しい口を開いた国王に、ファルガは大仰に床に手をついて涙ながらに訴える。


「国王陛下! アリエッタは……アリエッタはっ! 我らを生かして帰すため、自ら犠牲となったのです」

「なんと!」


 ファルガの演説じみた報告内容に、周囲が騒めく。


 王の間には、衛兵だけでなく神殿のトップである大司祭も控えていた。

 この国唯一であり随一の聖女であるアリエッタを失ったと察し、大司祭は顔面蒼白でふらりと後ずさった。

 その拍子に厳かな主教帽がパサリ床に落ち、四〇代半ばという割に随分後退した生え際を輝かせた。側に控える神官がギョッと慌てて帽子を拾い、眩しそうに目を細めながらソッと大司祭の頭皮を隠した。


「アリエッタが抑えねばならぬほど、魔王は凶悪で強大な力を有していたのじゃな?」

「ええ! 側に数多の魔物を携え、身なりは子供に化けて我らの油断を誘っておりましたが、その気迫は凄まじく……アリエッタが我らでは敵わないと判断するほどの猛者でございました」


 ファルガが同意を求めるようにパーティに視線を流すと、皆は慌てて何度も首肯した。

 ただ側で突っ立っていただけで魔王の真価も見定められなかった彼らは、同意するしかなかった。


「子供の姿とな? ふむ、なんとも面妖な……こちらを油断させてパクリ、と喰らうつもりだったのであろう。そなたらはアリエッタに生かされたのだな」


(ふむ……勇者ファルガが生きて戻っただけでも僥倖か。アリエッタは類い稀なる力を持っていただけに失ったのは惜しいが……)


 ――すぐに代わりになる者を探さねば。


 アリエッタは孤児院を視察していた神官が偶然見つけた逸材だった。きっとアリエッタのように力を秘めた者は、この広大な大陸をくまなく探せば簡単に見つかるだろう。


 国王は浅はかにもそう考えていた。


「では、勇敢なるアリエッタの死を弔い、今後の魔王への対策について決めねばなるまい」

「恐れ入りますが、その必要はございません!」

「なに……?」


 使えなくなった駒は切り捨てる。


 これまで散々貢献してきたアリエッタを早々に諦めた国王の発言に、待ったをかけたのはファルガであった。


「アリエッタのことです。きっと生き延びているはず。今一度、我らに魔王討伐の勅命をいただけませんか?」

「……策はあるのだろうな」

「そ、それは……」


 国王に派遣された勇者が二度も逃げ戻る醜聞だけは避けたい国王は、冷ややかな目をファルガに向ける。

 その冷徹さにグッとたじろぎながらも、ファルガは声高々に宣言した。


「此度は少数精鋭での出撃でしたが、多数の魔物に対抗し、こちらも数で攻めるのです。一度訪れて魔物の様子は把握いたしました。そう、此度の出撃は下調べです! 隊を整え、魔界への扉を再びこじ開け、今度こそ必ず魔王を討ち、アリエッタと結婚する!」


 最後にちゃっかり己の欲望を吐き出し、ファルガはふんすと鼻を鳴らして自己陶酔している。


 うーむ、と考え込む国王は、大事な国兵や魔術師を危険極まりない魔界に送り出すリスクと、魔王を討ち倒し囚われの聖女を救出したことで得られる名声を天秤にかけた。


「……いいだろう。だが、最後のチャンスだと思え。失敗は許されん」

「! はっ、かしこまりました!」


 国王の許可を得たファルガは興奮気味に頬を高揚させている。


 だがしかし、物語の中の勇者のように姫――今回は聖女であるが――を救い出すことを夢見るのはファルガだけで、騎士や魔法使い、盾使いといった今回勇者に同行した面々には戸惑いの色が見える。彼らには魔王は邪悪なものに見えなかったし、魔界の穏やかさも聞いていた話と違いすぎた。むしろ人間界よりも澄んだ空気で美しく整備された魔王の城からも邪悪なものは何一つ感じなかった。


 本当に魔王は討つべき存在なのか。甚だ疑問で仕方がない。


 頼るべき仲間たちに動揺の波が広がっていることに、勇者ファルガは気付く由もなかった。


 彼が見据えるのは、魔王を倒した勇者として祭り上げられ、愛しい女を手に入れる、そんな輝かしい未来図だけである。


「よし! 準備が整い次第、すぐに魔界に発つぞ!」


 そう振り上げた拳に同調する声は上がらなかった。


 けれど、そのことにすら気がつかないファルガは、恭しく国王にお辞儀をすると踵を返して王の間から退出したのだった。

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