討伐対象の魔王が可愛い幼子だったので魔界に残ってお世話します!〜力を搾取され続けてうんざりしていた聖女は幼子魔王を溺愛し、やがて溺愛される〜

水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中

第一話 あの可愛い男の子が魔王ですと? 1

「うそ……そんな……」


 討伐対象の魔王を前にし、私は膝から崩れ落ちた。



 まさか、そんな。

 あの魔王を倒せと言うの――⁉︎



 片手で口を覆い、カタカタ震える私を勇者ファルガが支えて立たせてくれる。


「大丈夫か⁉︎ アリエッタ! お前がそれほど怯えるとなると、やはり相当恐ろしい相手なのだな」


 ファルガは緊張した面持ちで私の肩を抱く手に力を込めた。


 どさくさに紛れて勝手に触んな。


 ペッとさり気なくその手を払った私は、再び魔王に視線を向ける。

 私の視線に気付いたのか、魔王はヒッと声を上げて周りを囲む家臣に隠れるように縋りついた。その顔は恐怖に怯え、身体も小刻みに震えている。


「お、お前たちは余を殺しに来たのであろう? 余が、余が魔王であるから……グスッ、余はただこの城で静かに暮らしていただけなのに」


 これでもかというほど眉を下げ、大きな瞳には今にも溢れそうなほどに涙が込み上げている。への字に引き結んだ唇はプルプル震え、家臣と思しきナイスミドルの執事服の袖を懸命に握りしめている。


 え、何あの人(?)めっちゃダンディ……って、それよりも!


「ぐふぅ……!」

「アリエッタ⁉︎」


 無理……無理ぃぃ‼︎

 あんなに可愛い子供を討伐するなんて、私には無理ぃぃぃぃ‼︎


 内心悶えながらも、チラリと三度みたび魔王に視線を投げると、私の挙動が余程不思議だったのか、怯えながらもこてんと小首を傾げた。



 んぎゃわぃぃぃぃぃぃぃぃいいい‼︎

 めっちゃ可愛いんですけどッッ‼︎



 目の前の幼子の頭には、小ぶりながらも渦を巻いた角が二本生えている。漆黒の巻き角は魔王の象徴。その角を有するということは、あの子は紛うことなき魔王その人。


「大丈夫か、アリエッタ⁉︎ 急に呼吸が荒くなったぞ! 魔王による遠隔魔法か⁉︎ 畜生、姑息なやつめ!」


 ファルガうるさい。ちょっと黙って。


「んっ⁉︎ んー! んんー!」


 思考を妨げられてイラッとしたので、こっそり魔法でファルガの口を封じてやった。

 ふう、やっと静かになったわ。これでじっくり観察できる――



 ――って、え? 聞いていた話と違う。違う違う。全然違う。

 討伐対象の魔王は極悪非道で人間界を征服しようとしている大男で、世界平和のために討伐するようにと言われて……



 ……魔王が、魔王がこんなに幼気な美少年だなんて聞いてなぁぁぁぁぁぁいッッ‼︎




 私は心の中で大絶叫しながら、再度膝から崩れ落ちてしまった。






 ◇◇◇



 時は少し遡る――



「いいか? いよいよこの扉を開ければ魔王との戦いが始まる」


 厳かな大扉を前に、神妙な顔をした勇者ファルガがパーティの面々を見渡す。みんな覚悟を決めたようにごくりと喉を鳴らすと、静かに頷いた。もちろん私も同様に頷く。


 魔界に入り、魔王の居城に辿り着いた私たち勇者パーティは、襲いくる魔物の群れを辛くも撃退――することもなく、姑息な罠に行手を阻まれる――こともなく、あれよあれよと魔王の住まう部屋の前へと辿り着いていた。


「それにしても、魔物の一匹も襲いかかって来ないとは、運が良かったな」

「罠の一つもないだなんて、随分と見くびられたものね」

「ああ……だが、もしかするとこの先に戦力を集めているのかもしれん。油断はするなよ」


 勇者ファルガと、騎士のカイルがそんなことを話しているけれど、魔界に入ってから、いや、魔王討伐の勅命を受けた時から、私は疑問を抱いていた。


 今回の魔王討伐は、大国フェイルディムの国王が命じたこと。平和のために魔王討伐を謳い、各地から腕利きのメンバーを集めて勇者パーティを作り上げた。その一員として構成されているのが、聖女である私、アリエッタである。



『世界平和のため、悪しき魔王を討ち滅ぼすのだ!』



 と、大仰に命令する国王に鼓舞されるように、オォォ! と野太い歓声を上げるパーティ一同。


 でも、別に魔物の脅威に晒されているわけでも、魔王が世界征服を企んでいるわけでもなく、世界は至って平和そのもの。


 大昔はあらゆる種族が溢れる混沌した世界だったらしいのだけれど、種族間の争いが絶えず、見かねた魔王が亜空間を生み出し、魔物をゴッソリ連れ出して隔離してしまった。以来、魔物が住まう亜空間は魔界と呼ばれ、私たちの世界は人間界と呼ばれるようになった。


 二つの世界は隣り合っているらしく、異界の門をくぐれば往来は可能。でも、異界の門は強大な魔力によって封じられている。

 魔王が魔界を生み出してからというもの、魔物が人間界に生まれることもやってくることもなく、世界は平和を保っている。


 私からすれば、争いの根を断ち、それぞれの種族が平和に暮らせる世界を作り出した魔王こそ尊敬に値する。そんなこと史料を読めば明白だし、誰でも知っていることなのに、この国の王は魔王を悪き存在として討ち滅ぼせと言う。


 こんな茶番に何の意味が? と、私は密かにため息をついた。


 大国を治めるものとして、威厳を見せたい国王。

 魔王討伐という華々しい功績を残し、歴史に名を残したい、そして残る人生チヤホヤされて過ごしたいという下心が見え見えの勇者。


 同じようにそれぞれの私利私欲のために集まったパーティの面々にげんなりしつつも、王命のため渋々参加する私。


 魔王討伐なんかより、孤児院で子供たちと触れ合っていたい。そう思いながら、重たい足取りで魔界に入った。

 ギャアギャアと大きな翼の怪鳥が真っ赤な空を飛び、大地は荒れ果て、おどろおどろしい様相であると描写されていた魔界。いざ足を踏み入れてみると、国王が騒ぎ立てるほど殺伐とした様子はなく、むしろ緑豊かで魔物たちがほのぼの暮らす楽園のようにも見えた。

 なんか農業にも向いてそうなぐらい気候もいいし、のほほんとしていて「魔界ってなに?」と思わずにはいられない。


 この穏やかな魔界を見れば、魔王が邪悪な存在ではないことは一目瞭然。それなのに、刺激を求める平和ボケした世界のために討伐されようとしている魔王に同情してしまう。せめて苦しむことなく封じてあげよう。




 ――そう思っていたのに。




 大扉を開いた先の玉座に鎮座していたのは、小さくも儚げな美少年で……少年というより幼児? 突然現れた私たちを見て怯えたように周りを取り囲む家臣の影に隠れてしまった。

 勇者は大剣を構えているし、魔法使いも杖を掲げている。私だってそれっぽい錫杖を持って法衣を身に纏っている。


 明らかに『魔王を倒しにきました!』という様相の私たちを見て、身構えるなという方が無理な話だわ。


 家臣と思しき魔物たちは魔王を守るように私たちに立ちはだかった。


 悪魔族、半人半鳥ハーピィのお姉さん、首無し騎士デュラハン、骸骨などなど、錚々たる面々。そんな彼らの目には魔王を守るという強い意志のみが込められていて、殺意や害意は感じない。


「邪悪なる魔王よ! 我らが討ち滅ぼしてくれる!」


 うーん、剣を高々と掲げて勇者のファルガが宣言したけれど、明らかに場違いなのは私たちでしょう。


 きっと心のどこかでは今回の討伐の必要性に疑問を抱いているでしょうに、違和感や不条理に目を瞑って自分の手柄しか考えていない愚かな男。そんなファルガを持ち上げて、おこぼれに預かろうとしているパーティメンバーもみんな愚か。大して強くもないくせに。こんなに可愛い魔王様を倒して、それでふんぞり返って人間界に凱旋するつもりなの? 無理だわ。身の毛がよだつ。

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