事情聴取③
図書室に二番目に来訪した佐川茉莉花は応接室にいるらしい。例によって前に立っていた警察官が明月に敬礼をする。
明月はご苦労とばかりに警察官に会釈すると、ノックして扉を開けた。
ソファに髪の長い女子生徒が居心地悪そうに座っている。それでも背筋は曲がっておらず姿勢がいい。顔立ちも整っていた。
彼女はあたしたちに気づくと焦ったように頭を下げた。
「佐川茉莉花です」
「県警の明月です。座って大丈夫だよ」
ソファに座り直す佐川から「誰?」という目で見られる。
明月が佐川とテーブルを挟んで向かい合うようにソファに座る。流石に明月の隣に座るのは絵面的によろしくないので、ソファの後ろで立っておくことにした。アスマはエアコンの前に移動している。
「今日の放課後、君が図書室を利用したという情報に間違いはないね?」
「はい。四時十分くらいに、図書室にいきました」
「良雪さんとは何か関係があったりしたのかな?」
「去年……一年生のとき同じクラスでした。何度か話したりはしましたけど、友達と呼ぶほどではありません」
「そうか……。じゃあ図書室でのことを、前後の流れを含めて話してくれるかい?」
「わかりました。……私は演劇部に所属しているんですけど、あの部は舞台の稽古がないときは顔さえ出したら割と自由に帰っていいんです」
「いいなあ」
楽そうな気配を感じ取ったのかアスマが反応した。一応つっこんでおこう。
「あんた演技とかできないでしょ」
「木になるのは得意だよ」
明月に黙れという具合に睨まれた。困惑していた佐川が気を取り直して、
「それで、部員たちと少しだけ話をして帰ることにしたんです。話の内容は他愛ないことでした。気になっていた本があったので、昇降口へいく前に部室から直接図書室へ向かいました」
「部室はどこにあるの?」
明月に気を遣うことなくあたしが尋ねた。
「北棟の二階。視聴覚室の隣だけど……」
「なるほど。図書室へは階段を上がればすぐね」
「図書室へは寄り道せずに向かったのかな?」
明月が強めの口調であたしから会話の主導権を奪い取る。
「は、はい。何もせず一直線に向かったので、一分もかからずに着いたはずです。中に入ると図書委員で部活も一緒の友人、蕨野結華がカウンターにいたので、手を振って挨拶しました」
「そのとき、蕨野さんが何をしていたかは憶えてる?」
「イヤホンをつけて勉強していました。……気になっていた本がある位置はわかっていたので、その本棚へ向かいました。廊下側の列のカウンターから見て五番目の。私好みの作品か確認するためにその場で十分ほど立ち読みをして、借りようと決めました。カウンターに持っていって、結華と二言三言会話をして図書室から出ました。そのまま昇降口へ直行して帰宅しました。……この間、良雪さんとは会っていません」
明月は頷くと手帳にメモを書き込んでいく。まだ訊くべきことがあるのだが、忙しそうなのであたしが代わりに質問しよう。
「帰るついでに寄ったってことは、図書室へはバッグを持ったまま入ったってことでいい?」
「う、うん。スクールバッグを持ってたけど……」
明月がメモを取り終える。これ以上の質問はなかったようで、礼を言って退室する明月にあたしたちはついていった。
◇◆◇
「蕨野結華の話と食い違いはなし、か。残りは和田一真だが、これは連絡待ちだな。今のところ役に立ちそうもない情報ばかりだから、何かでかい情報が出てきてほしいところだ」
メモ帳を睨みながら明月が呟いた。そうは言いつつも、望み薄だと思っているのがありありと伝わる口調だ。
あたしはこれまでの流れで一つだけわかったことはあるが、それだけでは犯人へは至らない。
これは、容疑者こそ絞り込めているが情報量の少ない厄介な事件かもしれないわね。透明人間事件は結論こそ珍妙だったが、情報自体はあちこちに転がっていたというのに。
明月はしらばくしかめっ面だったが、シンプルな着信音が廊下に響き渡ると、彼はスーツのポケットからスマホを取り出して耳に当てた。
「明月だ。和田一真から証言は取れたか? 聞かせてくれ」
明月の部下が語る和田一真の動きはこうだ。放課後、部活が休みだった彼はクラスメイトと少しだけ教室で駄弁った後、図書室へと向かった。時刻は四時過ぎ。入室直後に図書委員の吉村とは入れ違いになったようだ。このとき、蕨野が耳にイヤホンを装着したところを見ている。そして和田は十分ほど本棚を彷徨き、北側の壁にある席で漫画を読み耽る良雪も目撃しつつ、自己啓発本を一冊借りた。カウンターにて蕨野が勉強道具を用意していたとも証言している。そのまま図書室を出て、昇降口へ直行して帰ったとのこと。部活は美術部だが、顧問が体調不良のため休みだったらしい。持ち物はスクールバッグ。奥にいた良雪はずっと座っていたままで、動き回ったような気配は感じなかったようだ。
良雪との関係があったか否かについて。良雪は家が近所のため、特段親しくもないし挨拶すらしないが顔見知りではあったらしい。
「蕨野の証言通りね」
あたしの言葉に明月が頷くと、手に握ったままになっていた彼のスマホが再び着信音を発する。
「十塚だ。……もしもし。そっちはどうだ?」
明月はスピーカーモードにして電話に応じた。
『新聞部の子たちの話、蕨野さんの証言と一致しました。廊下を通った人も、その時間も。それから蕨野さんが図書室を離れたという五分間に廊下を通った人もいないようです。ついでに、その五分間で部室の外に出た子もいません』
つまり、新聞部の連中の中に犯人はいないということか。
「そうか。……新聞部の子たちはもう返していいぞ」
明月は通話を切った。そしてあたしたちに向き直り、
「お前らももう帰っていい。嬢ちゃんもアホ面になっちまってるしな」
見れば、アスマは口をぽかんと開けて焦点の合わない目で天井を眺めていた。普段からアホ面ではあるが、確かにこれは度を越したアホ面である。
「そうね。鑑識結果が出なきゃこれ以上の進展もないでしょうし」
「とことんやる気かよ……」
「慎重にならざるを得ない高校生の起こした事件が、今日に至るまでスピード解決できてきたのは誰のおかげかしら?」
「……その事件を引き寄せているのがお前らって説があるけどな」
「うっさいわね。どいつもこいつも」
ひとまず、今日の捜査はこれで終了となった。
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