園芸部の考え
「麻!? ……って、なに?」
その場の全員が勢いよくずっこけた。……バラエティ番組に出れそうだね、君たち。
ミノは呆れたように頭を掻きながら、
「簡単に言うと大麻のことよ」
大麻……。へぇ。ほお。ふぅん。結構な重大事なはずだけど、リアクションに困る。
「それってこんなナチュラルに生えてていいものなの?」
「駄目に決まってるでしょう。昔から日本じゃ衣服に使ってたから自生してるものも多いけど、基本的に駆除対象になっているわ」
「そうなんだ。やばいじゃん」
「あんまり驚いてなさそうね」
ミノがつまらなさそうに言った。私は苦笑して、
「そりゃあ死体に比べれば植物ごときね……」
「それは確かに。……で、これはどういう状況なの、夏目?」
神妙な面持ちになっていた夏目さんに会話がパスされる。彼女は僅かにかぶりを振り、
「私たちにもよくわからないの。この花壇は園芸部が管理してるものだけど、私は今日転校してきて初めてここにきたし、そもそも体育館裏に花壇があることすら知らなかったから……」
ミノが他の園芸部員に目を向けると、代表して部長の仙洞田さんが口を開く。
「ここは目立たない場所にあるから去年から使わないようにしたの。誰にも見られないところで花を育てても虚しいだけだから」
「今日、今年度初めて様子を見にきたらこうなってたのよ」
悪子さんが麻を見下ろしながら不快そうに吐き捨てた。
夏目さんがさらに事情を説明してくれる。
「テスト勉強期間だけど花の手入れはしたいから、みんなでちょっとだけやろうってことになって花壇を巡っていたの。そしたら夕顔ちゃんがこの花壇がどうなっているかを気にし始めて……。帰る前に確認にしようってことになったわ」
「使ってない花壇だけど、雑草だらけになってたらと思うとちょっと罪悪感が……」
田口さんは目を泳がせながらどこか言い訳がましく言った。
「それで今し方様子を見にきたら麻が生えていた、と……。だから? あたしたちを呼ぶ理由が一切ないわね」
ミノの言葉にうんうんと頷いておく。それから少し気になることができた。
「麻を見つけた場合って、どうするの?」
「保健所に連絡を入れる。だから今回の件もそれで終了よ。けど、こんなところに勝手に生えてくるわけがないから、一体誰が植えたんだって話になるでしょうけど」
「やっぱり、そうなるよね……」
仙洞田さんが俯きながら呟いた。彼女は顔を上げ、
「使ってないとはいえここは園芸部の管理する花壇だから、私たちが疑われるかもしれない。もちろん証拠もなしに犯人扱いはされないだろうけど、それでも園芸部の不始末には変わりないから心象が悪いし。内申に影響するかもしれなくて……」
それで言ったら死体を何回か発見してる私とミノの心象なんて地に落ちてるだろうから、内申とかとっくに終わってそう。
弱々しい雰囲気を醸す仙洞田さんに悪子さんが呆れたように、
「大丈夫ですって椿さん。そんなこと内申に影響しませんよ。こうして下校時刻を過ぎてまで先生に報告するのを遅らせた方が、よっぽど心象悪いです」
すると田口さんが、
「わ、私は部長と同じ意見で、学校には黙って処分した方がいいと思う。変に疑われるのも嫌だし……」
「そうして処分するところを先生に見られたら、それこそ言い訳できないよ」
夏目さんが苦々しい顔で反論した。それから彼女は困ったような顔を私たちに向けてくる。
「……こんな感じで、意見がまとまらないからさ、いっそのこと二人に麻を植えた犯人を突き止めてほしいな、って。無茶言ってるのはわかってるけど、犯人さえわかれば私たちも安心できるし」
「それはそれでどうかと思うけどね」
即座に悪子さんがつっこんだ。仙洞田さんと田口さんもこくこくと頷いている。あまり歓迎されてないみたい。どうやら夏目さんは勝手に私たちを呼んだようだ。
マイノリティな夏目さんは居心地悪そうに肩をすぼめながら頼んでくる。
「ど、どう? 頼まれて、くれる?」
「いや私たち勉強しなきゃ──」
「いいわよ。テスト勉強に飽き飽きしてたところだから」
にやりと笑って了承するミノ、ぱあっと明るい表情になる夏目さん、迷惑そうな顔を浮かべる園芸部の三人、みんなに背を向けたところを後ろ襟を掴まれる私……。
悪子さんが呆れたようなため息を吐く。
「香薇。大して親しくもない人相手に無茶苦茶言いすぎよ……」
「わかってる。でも、みんなには言い争いしてほしくないから。こんな誰が何のために植えたかもわからない麻が理由で、園芸部が白い目で見られることになったら嫌だし」
そんな涙溢れることを言われちゃったら、園芸部員の三人も二の句が継げなかったようだ。
両手に腰を当てて一連の流れを見ていたミノが咳払いをした。
「いくつか質問があるわ。この花壇へ最後にきたのはいつ?」
今日初めてきたという夏目さんが三人を見た。彼女たちは互い互いに顔を見合わせると、部長の仙洞田さんが答える。
「たぶん、今年の三月とかだと思う。軽く様子を見ただけだけど。少なくともそのときは麻らしきものは生えてなかったよ」
私は麻を見つめながら首を傾げた。
「四月以降に種から育てたとして、長くても三ヶ月しかないっていうのに結構育ったね」
「麻は成長速度が早いのよ。四ヶ月で二メートルを超えるらしいし」
「ミノ、さっきから麻に詳しくない? ものがものだけに不気味なんだけど……。まさか!」
「失礼ね。こう見えて、花鳥風月を愛でる女ってだけよ」
「ふぅん。意外。本当は?」
「小さい頃お花図鑑と間違えて借りた野草図鑑に書いてあったわ」
「可愛いとこあるじゃん。お花について知りたかったなんて」
「まあ博識になりたかっただけなのだけど」
あんまり可愛くないや。ミノらしいけどね。
「といっても成長過程のことまではわからないから、これが何日目の麻なのかは不明ね。次の質問よ。麻を植えそうな人物に心当たりは?」
全員、しかめっ面で首を傾げた。ないらしい。
「園芸部はこれでフルメンバー?」
それには仙洞田さんが答える。
「もう一人、
ミノは腕を組んでまだ陽の明るい空を仰いだ。ぶつぶつと口を動かす。
「この花壇の位置なんて誰でも知ることは可能。麻の入手方法は考えるだけ無駄。となると犯人の目的を絞り込むのが先決か……」
そして私の腕をがしっと掴んできた。
「ちょっと二人で考えさせてもらうわね。少し時間をちょうだい」
引っ張られて四人から離れていく。ミノは彼女らを振り返り、
「あたしたちが戻ってくる前に教師に見つかったら、ちゃんと正直に説明することね」
ミノはどうでもよさそうにそう告げた。
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