魔王の側近に転生したけどまた働かされるのは嫌なので優しい勇者の側近になります。
舘夢ゆき
第1話社畜、側近になる。
乱暴に靴を脱ぎ、カバンを投げ捨てる。
私、松井三並は俗に言う”限界社畜OL”。今日もエナドリを胃に溜めたままドアを開ける。ブルーライトを浴び続けた目は乾燥しきっている。常備している目薬をポケットから取り出しキャップを開けた。
雫が眼球へ落ちるとスーッと疲れが取れていくような気がした。まぁ、目の疲れだけだが。
「あ~もう疲れた。酒だ酒。こんな時こそ酒だぁぁ……ぁ!?」
冷蔵庫に常備している私のロング缶が…ない……!?
そういえば昨日ヤケ酒して切らしてたんだっけ……
スーツを脱ぎ捨てパーカーを着る。袖に手を通すと静電気が小さく音を立てた。
限界まで疲れた状態でコンビニに行くとか……だるすぎる。酒のためなら行くけどな☆
♢♢♢
にしてもあのクソ上司……グチグチ言いやがってよぉ……
横断歩道のボタンを押し、そこらへんの小石を水溜まりへ蹴り飛ばす。ポチョン、と夜道に心地のいい音を立てた。
夜の街には人通りがほとんどなく、都会だったら騒がしいんだろうなぁ、と独り言つ。
いつの間にか信号が変わっており、慌てて横断歩道を渡った。
ん?
パーカーのポケットに違和感がある。
振り向くと横断歩道にポツンと財布が落ちていた。
「やばっ」
信号が点滅しているのに構わず財布を拾おうとする。
その刹那、光が私を照らした。
轟くエンジン音。
「あ――――!?」
身体が強く揺れ、視界が真っ暗になった。
「あぁぁぁぁ!?」
背中に感じる柔らかい感触。気づけば私はベッドの上にいた。
なんだただの夢――
いや、知らない天井、高そうなベッド。それに何故かショートヘアになってるし……
「あれ……?」
部屋に設置された大きな姿見に、ベッドに横たわる私の姿が映っている。見たことのある顔。でも決して私ではない。彼女は――
「ヨドンナ……?」
そこに映っていたのは明らかに自分ではなく、グラクエに登場する魔王の側近「ヨドンナ」だった。
グランドロードクエスト。通称グラクエ。超王道のストーリー、超王道のゲームシステム。RPGの始祖ともいわれる大人気ゲームだ。社畜になる前はめちゃくちゃやりこんでいたが、私は今その世界に飛び込んでいるのかもしれない。
ヨドンナはラスボスである”魔王”の側近であり、常に勇者を敵対視している。彼女の悪行はかなりのものだが、深紅の瞳に艶やかな白髪、そして服装はゴスロリ。その美しい容姿からプレイヤーからの人気は非常に高く、私も例外ではない。
これって、異世界転生ってことなの……?私は今魔王の側近に転生していて…
いや、考えてみたけどよくわからない。一旦部屋の外に出よう。
ベッドから起き上がり几帳面に揃えられた黒いハイヒールを履く。立ち上がってドアノブを捻るとキィと少し不気味な音を立ててドアが開いた。見えたのはゲームで見ていたままの景色。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下の先には禍々しい扉が待ち構えている。あの向こうに魔王がいるんだよね……
一歩一歩進むたびに布が擦れる音がする。経験したことのない派手な装いは正直少し動きにくい。自分がヨドンナになったというよりはヨドンナのコスプレをしている気分だ。
扉の前に来るとその迫力に気圧されながらも、掌を当て思いっきり押した。生前の運動不足ボディとは違うようで、割とすんなり開いた。
玉座に座る魔王が見える。足を組んで偉そうにこちらを見下しているが――なんだか見覚えのある顔だな……?
「起きたか」
いけないいけない。ひとまずゲームで見た通りに振る舞わないと。
「よく眠れたか?」
「はい」
魔王に跪く。視界が絨毯の赤で染まる。
「………貴様ヨドンナではないな?」
あ~……
「いえ……?そのようなことはありません」
やべぇ~…冷や汗やべぇ~……
「面を上げよ」
強張った顔面を魔王に向ける。魔王は少し目を細めて、数秒こちらを見つめる。
思い出した。この顔は――
上司!!!!!!
クソが!なんで寄りにもよって上司なんだよ!!私こいつに仕えるの!?嫌なんだけど!?
――その時、一つの考えが脳裏をよぎった。
勇者の側近になれば…いいのでは……!?
優しいよね!?ホワイトなんだよね!?
上司に対する拒否反応なのか、気づけば私は魔王に背を向けていた。
「ハァ……ハァ……」
己の勘を信じ城を抜け、後ろから迫ってくるゴブリンを撒くためにひたすら走り続ける。
気づけば森林に入っており、方向感覚を失いかけていた。
東西南北がめちゃくちゃになり、何とか助かる術はないかと頭をフル回転させながらとにかく走り続けた。
諦める気などなさそうなゴブリンの集団。
「あっ!スキル!!」
スキルの存在を今更思い出し、ヨドンナのスキルを思い出す。
悪魔召喚……再生…氷結と……転移!!
転移だ!!転移を使おう!
どこに転移するかわからない懸念点を捨て去り、私は叫んだ。
「て、転移!!」
シュンッと音を立てて私の姿が消えた。
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