2 エルマイナ孤児院
酒場から歓楽街を通ってアリーダは実家へと帰ってきた。
よく歓楽街に行っていると噂になっているが、それは実家へ帰る近道だからだ。
決して他意は無い。露出の多い女性を見たいとかそんなことはない。風俗店に入ろうとしたことが数十回あるとしても、ただ実家へ帰る近道だから通っている。
「……Sランクパーティーをクビになったこと、話した方がいいかなあ。でも心配掛けさせたくねえしなあ」
横幅の大きい屋敷のような家の扉を開け、小声で「ただいまー」と呟く。
時刻は深夜零時を回った頃。既に家族は寝ていると思って小声で挨拶したが、玄関を見て「ぬおっ!」と大声を出してしまう。玄関には六歳程の男女二人が寝ており、満足そうに頬を緩ませていた。
寝言で「アリーダ兄ちゃん」と言うのが聞こえてアリーダも自然に笑う。
「もう全員寝ているとは思ったがこんな所で寝るなよなチビ共。風邪引くっての」
せめて毛布くらい掛けろと言いつつアリーダは二人を背負い、広間へ向かう。
広間への通路を歩いていると一箇所だけ明るい部屋を見つけた。
扉が僅かに開き、照明器具の光が通路に漏れ出ている。
「ん、明かり……もしかして」
夜中に起きている人間の心当たりといえば一人しかいない。
僅かに開いている扉からこっそり中を覗き込むと、老婆が椅子に座って編み物していた。
「……やっぱりシスターエルか」
シスターエル。本名、エル・トットフィード。
彼女はこの建物、孤児院の院長を務めている女性。
アリーダも今背負われている子供も等しく彼女に育てられたので、血の繋がりがなくても母親のような存在である。毎日疲れているだろう彼女はよく、夜中に布製のアクセサリーを作る内職をして金を稼いでいる。
「お帰りなさいアリーダ」
見向きもせずにエルは口を開く。
「うえっ、き、気付いていたわけね。た、ただいまシスター」
「精霊が教えてくれたのよ。今日はなぜ帰って来たの? それもこんな夜遅くに」
「たまには実家で寝泊まりしようかなーって思ったんだよ。チビ共やシスターの様子も気になるし」
理由を話すべきか迷ったがアリーダは隠すことにした。
毎日子供の面倒や内職で働き詰めな彼女に余計な心労を掛けたくないのだ。勘付かれない限りは隠し通すと決めた。
誤魔化したのはいいがエルが不審に思って振り向く。
「四日前も様子見に立ち寄ったじゃない。たかが数日で体調崩したりしないよ」
「いやいや、遅い時間に内職していたら体に悪いだろ。シスターが生命魔法で体調整えたりしてんのは知ってんだぜ? 仕事やりすぎて体壊したらダメだろ? 人間には仕事より睡眠が大事だ。俺は寝させてもらうぜ」
「……何かあったの? 仕事のことで」
一瞬ドキリとしたがアリーダは表情に出さず誤魔化す。
「何にもねえって。シスターももう寝なよ。夜更かしは体に良くねえからさ」
「……あなたはね、嘘を吐く時にいつも唇の左端が下がるのよ」
「え、嘘おお!?」
そんな癖があると知らなかったアリーダは慌てて唇の左端を触り確かめる。
適当な嘘を言いながら触ってみたが唇の端は下がっていない。
少し考えてアリーダは、エルが仕掛けた罠に嵌まってしまったのだと気付く。
「ふふふふ、あなたも私も嘘吐きね」
「……まったくシスターには敵わねえなあ。話はするけど、先にチビ共を布団に移動させるぜ」
何か問題が起きたことは早くも勘付かれ、確信されてしまったので観念した。
アリーダは多くの子供が寝ている広間に行き、敷いてある布団に背負っている子供二人を寝かせる。一応誰も起きていないか見渡して確認してから院長の部屋に戻る。
狭い院長室でアリーダとエルは席に座って向かい合う。
しばらく沈黙は続いたが、話を待ってくれているエルの気持ちに気付いたアリーダは話し出す。
「実はな、ちょいと仕事仲間と揉めてパーティーを追い出されちまったんだ。Sランクの依頼を受けられなくなったから、家に入れる金が少なくなっちまう。まあ安心していいぜ。今は俺自身がCランクだけどよ、すぐSランクに昇級して今まで通り、いや報酬の山分けがないから今まで以上に金を渡せるはずだ。そうなりゃ内職で寝不足になるシスターの生活も楽になるぜ」
「そう、Sランクにね。……アリーダ、ギルドは危険な仕事も多いと聞くわ。あなたがこの孤児院に寄付してくれるのは非常にありがたいけれど、お金のために自らを危険に晒すことはしないでほしいの。あなたなら他の道もあるはずよ」
心配させるのは申し訳ないがアリーダの性に合う仕事がギルドだった。
学がなくても試験を受けられ、強さと最低限の常識さえあれば合格出来る。入ってすぐに依頼を受けて達成当日に報酬を得られる。早急に金を必要としていた彼にとって条件の良い仕事だ。
仕事もモンスターを倒したり薬草を採取したりするだけで、彼は当初こんな楽な仕事があるのかと思った。さすがにSランクパーティーに入ってからは、強大なモンスターと戦ってばかりで想像以上に大変だと認識を改めている。
大変でも、命懸けな仕事なので報酬はそこそこ高い。
Sランクにもなれば見たこともない大金を手に入れられる。
寄付で孤児院での暮らしを快適なものにするのに最適な仕事だと思う。
「大丈夫だって。知ってんだろ? 俺は世界で三人しかいない、全属性に適性がある魔法使いなんだぜ? でっかくて強いモンスターとも戦ったけどよ、俺の華麗な魔法で楽に片付けてやったよ。俺なら一人でもSランクに成り上がれる。心配いらねえよ」
心配掛けさせまいと自分の強さを誇張して語る。
実際はフセットやジャスミンが主な攻撃役であり、アリーダはモンスターを怯ませたり攻撃の邪魔や誘導をするのが役割だった。タリカンは隠れたり、調子に乗って効かない攻撃をしたりで足を引っ張っていた。
「ギルドでは複数人でパーティーを組むのが普通なんでしょう? 一人で仕事しなくてもいいじゃない」
「……本音を言うとよ、仲間と上手くやれる自信がねえんだ。……まあ、一人の方がやりやすいこともあるし問題ねえよ」
自分でパーティーを作ったり、別のパーティーに入ることも考えたが現実的ではない。コミュニケーション能力云々以前に、下級魔法しか使えない魔法使いを仲間にする奇特な人間は少ない。ギルド中に知れ渡った現状、仲間を当てにせず一人でやっていくしかないだろう。
「目に見えないものを大事にしなさい」
「え?」
「仲間や家族との絆。人間の心。目に見えないものを大事に出来れば、きっと誰かが理解者になってくれるわ。……私も過去、心の視野が狭かったせいで家を追い出されてね。修道院に送られて、そこで学んだのよ」
「……心には留めておく。シスターはいつも正しいこと言うしな」
ギルドでの人間関係は今更改善されないだろうが、エルの言葉で諦めるのは早いかもと希望的観測を持つ。アリーダも仲間が居た方が仕事はやりやすいと思うし、すぐとは言わないが仲間を欲している。
椅子から立ち上がったアリーダは院長室から出て行く。
「おやすみシスターエル」
「はい、おやすみなさい」
扉を閉めた後、アリーダは広間に行って子供達の横に転がった。
今日は色々あって疲れたため、寝息を立てるのに十秒も掛からなかった。
下級魔法しか使えない魔法使い~何いいいこの俺を追放だとお!? おいおいつまんねえギャグ……え、マジなの?~ 彼方 @kanata12345
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