補正がなければこんなやつ!!
鳩胸な鴨
第1話 総合格闘技世界チャンプのコミュ障
「…俺かお前、どっちが一番強いと思う?」
「なにその小学生みたいな話題の切り出し方」
梅雨が明けたばかりの6月末。
竹刀袋を肩に背負った幼馴染の言葉に、僕は心底呆れた声を漏らした。
とうとう剣道に人生捧げすぎて頭おかしくなったか。
防具越しに頭打たれすぎたのが原因か、などと思っていると、幼馴染が続けた。
「気にならないか?
俺たちって控えめに言って、同競技だと敵無しじゃん?」
「…世界大会優勝はしてるもんね。
僕は総合格闘技、そっちは剣道って違いはあるけども」
敵無しという言い方はいささかどうかと思うが、スポーツマンとして見据えるゴールは通り抜けただろうな。
だからといって、少年漫画みたいな話題が切り出される理由にはならないが。
「な?競技は違えど、立つステージは同じなわけだ」
「競技が違ったら違うんじゃない?」
「でもさ、気になるだろ?」
しきりにしつこく聞いてくる幼馴染に、僕は「めんどくせぇなこいつ」と露骨に顔に出して見せる。
が。神経が図太いのか、それとも察しが極端に悪いのか、幼馴染は「気になるだろー?なー?」と僕に絡むのをやめない。
思い返すと、昔からこういうところがある。
変に頑固というか、好奇心に抗えないというか。
これが剣道を続けた理由も「好きな女の子の実家が代々剣術を収める、由緒正しい名家だから」だもんなぁ。
剣道を極めたら付き合えるもんでもないだろうに、よくやるもんだ。
…思考が逸れた。
今もなお肩にもたれかかり、絡んでくるむさ苦しい幼馴染を押し退ける。
「そもそも、競技違いすぎて怪我とかするでしょ。僕、君に竹刀で打たれたら死ぬ自信あるんだけど」
「誰が現実で戦うって言ったよ?」
「え、違うの?」
「ゲームだよ、ゲーム」
「あー…」
フルダイブ式のゲームが主流になって数年。
現代っ子である僕も、当然の如く各種機材を持ってるわけだが、正直あまり触ってない。
総合格闘技を始めてから掲げた目標を追うばかりで、ゲームを触る時間がなかったのである。
そのせいで、僕の友人は人の話を聞かないおバカただ1人であった。
これについては弁明させてほしい。
共通の話題として振りやすい、「ゲーム」という選択肢。
前述したように、僕はろくにゲームを触ってなかったので、同年代が「竜の洞窟のブラックドラゴン強ぇよな」って話で盛り上がってる中に「それな!倒せないよな!」と割って入れなかったのである。
他の話題を切り出そうにも、だいたいのクラスメイトがその話題で盛り上がる中、そんな度胸も発想も出るわけがなく。
結果。どこに出しても恥ずかしくない「スポーツマンコミュ障」が完成したのだ。
無論、そんな少年時代を過ごして、コミュニケーション能力が培われるはずもなく。
僕は「部活じゃないし、団体戦とかやらなくていいから」という理由で総合格闘技の世界に身をやつしたのである。
この世界で生きていけばいいや。
インタビューとかとカンペ読みで切り抜けられるし。
そんなことを思っていた僕に、非情な現実が襲いかかった。
「テレビ見たぜ、鳴上!お前すごいな!」
「あぇっ、は、はゅっ…」
「ね、ね!誰が強かった?やっぱ準決勝で戦った、あのゴツいアメリカの人?」
「あふっ…」
「今度の土日、みんなでご飯行こうよ!
ほら、鳴上くんの話聞きたいし!」
「ぃ、いや、その日はちょっと…」
「そうなの?じゃ、また今度の土日で…」
「ぅぁいっ…」
世界最強という称号には、「知らん奴に絡まれる義務」がくっ付いて来たのである。
最後に誘われた「知らん奴との食事」はかなりの苦痛だった。
何話していいかわかんないし、周りは距離の詰め方が積極的すぎて怖いし。
兎にも角にも、極度のコミュ障である僕はどうしても「ゲームの世界」にのめり込めなかった。
…はっきり言おう。NPCがリアルすぎて無理だったのだ。
「ようこそ、○○の世界へ!」ってチュートリアルだけで限界を迎える程度には無理だったのだ。
そんな苦々しい記憶の数々を浮かべる僕に、幼馴染はスマホの画面を見せつける。
「な、これ!対人戦も出来るんだってよ!」
「…『ロスト・レムナント』?」
「そ!MMOってやつ!」
「やらない」
「ちょっと対戦するだけだろ!
ほら、初心者同士ならスキルもクソもないって!」
「そこに進むまでのチュートリアルで人と話す可能性があるからヤダ」
「ゲームのNPC相手にもコミュ障出るのかお前…」
やめろ、そんな目で見るな。
僕だってなりたくてコミュ障なんじゃない。
世界が僕をコミュ障にしたがってるんだ。
「やろうぜ、なぁ!やろうぜ!」と体をぐらぐら揺らす幼馴染に、僕は「やらない」と返すだけのbotと化す。
なんでMMOなんて否が応でも人と関わらなきゃいけないゲームを僕に勧めてきたんだ、コイツ。
僕がそんなことを思っていると、幼馴染はニヤリと笑った。
「いいのか、そんなふうに拒否して」
「なにその笑い方。キモっ」
「おーっと火に油を注いじまったなぁ!
じゃあここでこれぜーんぶ読み上げちゃおっかなー!?」
幼馴染が取り出したのは一冊のノート。
僕はそれを見た途端、全力で幼馴染との距離を詰め、拳を引き絞っていた。
「やめろォ!!」
「俺にそんな焦った拳通じるかよ!
『花びらひらひら舞い落ちる!風にゆらゆら揺れている!この勝負の行方のように!』」
「わぁあああああーーーーーっ!!??」
嘘だろ!?どこでアレを手に入れた!?
羞恥に悶えながら拳を放つ僕から身をかわし、幼馴染は更に声を張り上げた。
「『愛の言葉を交わせども!勝利の約束を交わせども!女神が微笑むのはいつも1人!
俺が相手である限り、それがお前であることはない!』」
「やめろっつってんだろテメェ!!」
「じゃあゲームやる?」
「やる!やるから返せ!!」
「やなこった!向こうで勝負するまで預かっとくからなー!」
あっ、アイツ逃げやがった!!
小さくなっていく幼馴染の姿に、僕は深くため息を吐いた。
「……ソフトとゲーム機買わないとなぁ…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……今の、こんなんなんだ」
夕食後。箱から広げたゴーグルを前に、僕は小さくこぼす。
「GATE」。大手企業バーチャルバース株式会社が作った最新ゲームハード。
税込みなんと6万8620円。高い。高校生が一ヶ月バイトしたくらいじゃ絶対に買えない値段してる。
おかげで僕の貯金が半分吹き飛んだ。
この一個前のが「DIVER」という名前で、そちらは顔をすっぽり覆うタイプのヘルメットみたいなものだった。
こんなコンパクトになるんだなぁ、と関心を寄せながら、僕は説明書を開く。
「えーっと、このコードがえっちでぃー…、名前よくわかんないや。
とにかく、この通りに差し込めば…」
修行僧みたいな生活してた僕からすれば、アルファベットだけで構成された単語の意味なんてかけらもわからない。
世界大会に行った時も「ハロー」と「デリシャス」と「シーユー」だけで切り抜けようとしたくらいの英語弱者だ。某大御所芸人風イングリッシュができないコミュ障だからバスで詰んだけど。
これが海外のゲーム機とかじゃなくてよかった、と思いつつ、コードを差し終えた僕はソフトのパッケージを開く。
「税込8750円…。高校生のお財布に優しくないお値段でした…」
世界大会優勝の賞金、親に「将来のための口座」とやらにぶちこまれたからな。
勝手に使い込むような親じゃないからいいにしろ、自分で稼いだ分を好きに使えないのは些か不満である。
貯めた金だって、ファイトマネーの数割をなんとか小遣いとしてせしめたんだぞ、畜生。
これで僕に合わないゲームだったらキレるぞ、あの野郎。
そんなことを思いつつ、僕はゲーム機にカセットを差し込み、ゴーグルを被った。
「電源ボタン電源ボタン…、あ、これか」
手探りで電源ボタンを探し、軽く押してみる。
すると、体を浮遊感が包み込んだ後、眼前にバーチャルバースのロゴと「GATE」の文字が躍り出た。
「おぉっ…。文字すら凝ってるなぁ…」
今のゲームこんななんだ。
…ファミコンしかなかった時代に生きてきた人みたいな感想しか出てこない。
本当にティーンか、僕?
自分に悲しくなりながら、僕はGATEの文字に軽く触れてみる。
DIVERは確か、こうやって起動した後に初期設定を行ったはず。
Wi-Fiの名前、パスワードもバッチリ覚えてるし、あとは自分の名前を考えるだけか。
「この名前…、ゲームによってはまんまネットに流れるとかあるみたいだしなぁ」
そのことを知らずに本名でプレイして、えらいことになる小学生とかニュースで見た。
それに僕の本名は界隈の人だとすぐにわかってしまう。
「んー…。『かれいの煮付け』でいいや」
由来は昨日の晩御飯である。
ちょっと甘めな味付けが淡白かつふっくらとした白身のかれいとよく合うんだよな。
ちょっと骨が大きくて食べにくいのが難点だけど。
そんなことを思いつつ、Wi-Fiと誕生日の設定を終え、ホームに戻る。
と。周囲にいくつか空白になったウィンドウが並び、僕の眼前にはハードに入ってる「ロスト・レムナント」のパッケージイラストが聳え立った。
「これで、ゲームスタート…っと」
とっ、とそのイラストに触れるとともに、世界が再構築され、「LOADING」の文字が出る。
DIVERの時はもう少しカクついた挙動だったが、数年の時を経た技術の進歩は凄まじく、ものの数秒でロードが終わってしまった。
GATEの起動直後と同じく、バーチャルバースのロゴがデカデカと広がる。
数秒するとそれが消え、「ロスト・レムナント」のタイトルロゴと「PUSH」の文字が浮かび上がった。
「オープニングムービーとかないんだ…」
珍しいな、と思いつつ触れてみる。
と。シームレスにキャラクターメイクへと移り、体全体が映ったウィンドウの横にさまざまな項目が並んだ。
「おぉー…。割と僕まんまなんだ…」
たしか、脳の記憶からある程度の姿を確認してアバターを作ってるんだっけ?
現代の技術すごい。
機械越しに記憶を覗き込むとか、一昔前ならSF映画でしか聞かなかっただろうなぁ。
そんなことを思いつつ、僕はキャラメイクに取り掛かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……ネカマになるかな、これ」
1時間後。できたのは、界隈で「男の娘」と呼ばれる類の細マッチョだった。
顔でリアルバレとか普通にある立場だし、こうなっても仕方ないのだ。
ギリネカマ扱いはされないくらいのクオリティだとは思う。
そこまで凝ってはないし、そもそもそういうプレイがしたいんじゃないから大丈夫だろ、うん。
自分への言い訳を一通り並べた僕は、画面に立つ男の娘から視線を逸らすように次の項目へと進んだ。
「初期の職業…?あ、これアクションRPGとかそういう類なんだ」
初めてやるジャンルだけど、動画ではちらほらと見るぞ。
あれ、動きカッコいいんだよなぁ。
試合で真似したこともあるくらいには、ハートを鷲掴みにされている。
剣士に槍兵、盗賊に魔法使い、忍者に侍…。
和洋折衷なんでもござれだ。
剣士と侍って何が変わるんだろうか、と思いつつ、僕は並ぶ職業欄をスクロールしていく。
「…おっ、格闘家ある」
他に素手で戦える職業は…、モンクか。
…格闘家でいいかな。違いわかんないから、シンプルな方を選ぼう。
僕が格闘家の文字をタップした次の瞬間。
画面にはチャイナドレスを着た女の子が爆誕した。
「…………そういう趣味じゃない。趣味じゃない。コレは身バレを防ぐための最善策、最適解なんだから…!」
言い訳をしてもダメだ。
傍目から見たら僕は、「チャイナドレスを着て女装したい願望がある子」にしか見えなくなってしまった。
声も加工した方がいいかなぁ、と思いつつ、僕は次の項目へと進む。
『スキルアシストを使いますか?』
「スキルアシスト…?」
「はい」と「いいえ」のウィンドウが並ぶそれに、僕は困惑を露わにする。
なんだ、これ。昔やったゲームにもこんな設定あったっけか?
ウィンドウにある「?」のマークに触れ、詳細を開いてみる。
「んぇっと…、『スキルアシストとは、ゲームの世界観に合わせて身体能力を調整し、スキル使用時にも補正が入る機能です。この機能の有無で難易度が変わりますので、ご注意ください。また、設定画面でいつでも切り替えることができます』…と」
なるほど。確かに、「動画で見るようなスーパープレイを現実の身体能力で出来るか」って言われたら、無理って言う人が大半だろうしな。
最近作られたシステムなのだろうか。
前にやったゲームでは見た記憶がない。
…まあ、アイツとの殴り合いをしにいくためだし、使わなくていいかな。
使ったら文句言われそうだし。
僕が「いいえ」を選ぶと、ウィンドウが閉じる。
『忘れられた世界の旅をお楽しみください』
オープニング洒落てるなぁ。
浮遊感に包まれながら、僕は知らない世界へと飛び込んだ。
この後、僕は秒で身バレすることになる。
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