男女比1:9の魔法学校で蔑まれたり、惚れられたり

魚綱

プロローグ

「決闘という旧世代のものを用いることに違和感はありますが――教育とは相手に合わせることが理想とされています」

メルリーは自分の領域を淡々と作り上げた後、独り言のように口を開いた。


彼女を倒すためには、彼女と俺の間に置かれた無数の岩の壁を迂回するなり破壊するなりしなければならない。だがそれに手間取った瞬間、彼女の背後に控える炎の球が俺を撃ち抜くという予感があった。


「未だに魔法に拘るような俺に、魔術の素晴らしさについての授業をしてくれるとは。じゃあ、俺は魔法の優位性を教えれば良いのかな?」

簡単な揺さぶりを行う。どんな形であれ、強い感情からくる行動は読みやすい。


「はい。いいえ。部分的に異なります」

が、メルリーは無表情のまま首を横に振った。


「何が違うんだい?」


「魔術を知らないアベルさんに、です」

なにも変わらない無表情の中に、メルリーの確かな自負を感じた。


「とてもロマンチックな誘い文句だ!」

俺は笑った。


「はじめ!」

立会人の声が発せられた瞬間、俺は駆け出した。




〜〜

なぜ、騎士候補生だった彼が魔法学校で決闘を行うことになったのか。その答えは、一ヶ月ほど前の命令に遡る。




「アベルくん。あなたは大変優秀な生徒です。騎士候補生は通常、実技ばかりに目を向け、筆記をおろそかにしがちなのですが……どちらも非常によく出来ている」


「非才の我が身には余る評価です」


そう謙遜してみせたが、学長から褒められたアベルは内心天狗になっていた。

大事な話があるので、学長室に来なさいと命令が来たときは何事かと思ったが、この調子ではそう悪い話ではないだろう。

この前は、首席の栄誉を称えるということで剣をもらったが、今回も何かもらえるんだろうか。


「とくに、感心したのは最終問題です。「問題。4人で、3日間遠征をしようと考えています。4人で合計何個の携帯食料を持っていけばよいですか?ただし、携帯食料一個で男性の大人一人の一食にとって十分な量である」という難しい問いによくぞ、あそこまで立派な解答を書きました」


「ひとえに熱心に指導してくださる先生方のおかげです」

まぁ、俺の才能とか才能とか才能とかも理由として大きいがな!というわけで何かください!


「12個という解答がなんと多かったことか。彼らの食事を昼ごはんだけにして、計算の大事さを……」

苦節30年、頑張って掛け算のやり方を大半の生徒に仕込むことに成功したが、それだけしか成果は上がっていない。そんな現実を思い出し、学長からどす黒いオーラが出始めた。

慌ててアベルが軌道修正を図る。


「学長。本日の呼び出しは、どういったご用件でしょうか」


「おっと、失礼しました。若い人と話すことは楽しいですからね。つい話を長くしようとしてしまいます」

一度苦笑した後に、学長は表情を真面目なものに変えた。


「あなたはある程度敬語を話すことが出来、掛け算だけでなく割り算も行える。そして、何より帝国に忠義を捧げている」


「我が帝国への忠義が揺らぐことはありません」

アベルも真剣な表情で言った。


「だからこそ、あなたにブリテーヌ王国の魔法学校に留学してほしいのです」


「ッ誠ですか!」

アベルの脳裏に浮かんだのは、栄転ではなく、左遷、島流しという言葉だった。

何か、何か失敗しただろうか。あの身分だけは高いボンボンをわからせたこと?

それとも、街でのナンパ行為?


学長は机の引き出しから書類を取り出してアベルに渡した。

「えぇ。そして、これはれっきとした命令です」


「騎士養成学校4回生アベル・フォン・グレイに、ブリテーヌ王国の王立魔法学校に入学し、かの国の魔術体系及び文化を学ぶことを命ずる」

渡された書類には、その通りの命令と陛下のサイン。

え、陛下のサイン?それってこの帝国で一番偉い人からの命令ってこと?

めっちゃ大事では?


アベルの動揺をよそに学長は説明を続ける。

「近々、さるやんごとなき御方も留学を行う予定です。その前に留学の手筈を確認できていたほうが良く、また場合によってはゴミ掃除の必要がある」


……まさか皇族の御方を迎え入れるための準備とか言わないよね。

そんな御方に対して粗相が合った場合、俺の首と胴体さよならしない?

なんてことを内心では考えながらも、アベルは元気よく

「拝命しました!」

と敬礼しながら返事した。






この物語は、外面は熱心な愛国者であるアベルが、自身の首がさよならしないために、めちゃめちゃ進んだブリテーヌ王国の魔術の勉強に心折れながらも、あがく話である。

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