第88話 トラヴィス・フォルス、さいごの仕事

 実質的には当主として最後の大仕事となる日、私は礼服に着替えていた。傍には長年支えてくれたローエンの姿もある。とはいえ最後は私が不甲斐ないばかりに、彼には辛い思いをさせてしまったが。


「ローエン」


「はっ……なんでございましょうか?」


「これまで……本当にご苦労だった」


「……勿体ないお言葉にございます」


 長年支えてくれたことには感謝しかない。ただ一つ言えることがあるとすれば、守り神に関することだけは言って欲しかったのが悔やまれるか……いや、私がしっかりとしていれば、ローエンだって打ち明けてくれたはずだ。結局は私が至らなかったからか。


「……今後はノヴァを支えるという事で、レティシア様と話はついているのだろう?」


「はい……このローエン、変わらぬ忠誠をノヴァ様に捧げるつもりです」


 変わらぬ、か。こんな私に、今のノヴァと同じだけの忠義を尽くしてくれたことには感謝しかないな。


「……今まで全くノヴァに目を向けなかった私が言うのもなんだが……ノヴァを頼む……いや、本当に……私が言う資格はないが」


「……旦那様」


 セリアと死に分かれ、残された子供。私から覇気を受け継げなかった残念な子。

 私は彼を避雷針のように使った。全てはフォルス家のために、と思い、彼を役に立たせた。

 だからこそ最低限の生活はさせつつも、ゼロードの暴行やメイド達の陰口も知っていて黙っていた。ノヴァが幼い頃には、リーゼロッテやローエンにも助けるなと告げた。


 これまでを思い返してみても、親らしいことは何もしていないだろう。だがフォルス家を守るために必要なことだった。

 その守るべきフォルス家もどうなるか分からなくなり、私の中にはあきらめに似たような気持ちしかない。


「私は……この親睦会で、ノヴァの次期当主就任を発表するつもりだ」


 だが、これだけはやり遂げなければならない。

 これが、私がフォルス家当主としてできる最後の仕事になるのだから。


「その後はノヴァに引継ぎを行い、終わった後はなるべく離れたところで静かに暮らす……ノヴァとしても、その方が良いだろう」


 あの子は優しい子だが、長年期待をかけなかった私を良くは思っていない筈だ。


「……畏まりました」


 ローエンがそう言い終わると同時に私の方も準備が済む。大きく息を吐いて壁に近寄れば、普段使いの剣と祭事用の儀礼剣が立てかけられている。


「…………」


 軽い方の儀礼剣を手に取って、腰に身に着ける。目を瞑って、これまでの事を長く回想する。


 リーゼロッテとの出会い、セリアとの出会い。

 そして合計で三人の子供に恵まれた。回想すれば回想するほど、記憶の旅路が最近になればなるほどに心が重くなるが、それも罰だと受け入れた。


 過去からの記憶の旅を終えて、現在へと戻ってくる。

 今日という日に一つの決着がつくからか、不思議と心は軽くなっていた。

 今までずっと感じていた心の重圧が、今だけはすっと消えていった。


「行こう」


「……はっ」


 ローエンを伴って、私は親睦会の会場に向かう。私の代のフォルス家を終わらせるために。


 新しい代のフォルス家を始めるために。

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