第86話 ゼロードは明るい未来を確信する

 指定された待ち合わせ場所は人の姿どころか物音一つない路地裏だった。わざわざこんな場所を指定しなきゃ会わねえとか、どうやら向こうもかなりの慎重派らしいな。


 柱に寄りかかって時間を待つ。指定の時間には間に合っている筈だが、本当に来るのか?


「……時間通りだな、ゼロード・フォルス」


「っ!?」


 急に背後から声をかけられて、流石の俺も動揺した。足音は勿論の事、気配すらなかったはずだ。なのに急にこの場に現れただと? そんなこと、ありえるのか?


 ……落ち着け。動揺を悟られれば侮られる可能性だって高い。慎重に行くんだ。


「……あぁ、大事な取引だからな。それで、例の物は持ってきてくれたのか?」


「魔法使いを無力化する装置。威力は表にも出回っていない最大クラス」


「……あぁ、その通りだ」


 ちっ、余計な会話をするつもりすらないってか。


「先に金を出せ」


「そこの鞄に詰め込んである」


 そう言った瞬間に地面に置いていた鞄が闇に溶けるように消えた。

 全く何をしたのかが分からなかったが、こいつがやったのか?


「……確認した。これが物だ」


 右手に感触。掴んで持ち上げてみればシンプルなつくりをした銀の箱だった。こんな小さなもので、あの女を無力化できるのか? いや、そもそも。


「これはどう使う?」


「対象に向かって投げればいい。それが魔法使いであれば、勝手に起動する筈だ」


「どのくらいまで無力化できる?」


「……それに入っているのは異常な量だ。それこそ、一般的な魔法使いの100倍の力を持つ魔法使いでさえも一定時間であれば無力化できる」


「……レティシア・アークゲートもか?」


 大事なのはそこだ。仮に父上を殺めて罪を出来損ないになすりつけようとも、どこかで必ずあの女が邪魔しに来る。仮に邪魔しに来なくても、俺が当主になったときの最大の障害はあいつだ。だからこそ、この箱が切り札になるのかが知りてえ。


「…………」


 だがこともあろうに、俺の背後に居る奴はだんまりを決め込みやがった。


「……レティシア・アークゲートの戦時情報は一応所持している。また王都の研究所から入手した情報もある。魔力のパターンが他とは少し違って手こずったが、魔法使いであることに変わりはない」


「……そうか」


 別にこいつを疑うわけじゃないが、特に問題は無さそうだ。あの女さえいなければ、俺は以前に戻れる。戻れるんだ。


「それにしても、流石は『影』だなぁ。我が国の英雄様に対する対処法すら持ってるってか」


 笑って背後の野郎を褒めてやる。裏組織『影』。正体不明の大規模な集団で、拠点がコールレイク帝国にあるとしか分かっていない謎の組織。

 だがその根はコールレイクのみならず、この国や南のナインロッド、はたまた他国にも伸びているらしい。まあ、拠点がコールレイクにあるってのも噂でしかないんだがな。


 以前こいつらの情報を掴んだ時は使い道も思いつかなくてとりあえず放置していたが、まさかこんな場面で使えるとはな。しかも拠点はコールレイク、つまりはあの女が戦った相手の国だとされている。それならあの女の情報は量でも質でも上等なものが入ってくる筈だ。こいつらほどあの女の対策に詳しい奴らはいねえだろうよ。


「できれば今後とも仲良くしたいところだ……『影』さんよぉ」


「……我らは一人につき一回しか契約をしない。今後会うことはないだろう」


「あぁ?」


 言葉を聞いて振り返ったが、その時にはもう気配も文字通り影のように消え去っていやがった。本当、あの短期間で素早い身のこなしをする。流石に覇気を使えばいい勝負は出来るだろうが、戦いたくはねえ相手だな。

 だからこそ、出来れば今後も良い感じの関係を築きたかった。特に出来損ないや当主になった後に邪魔になった奴の処分も頼もうと思ってたんだが。


「ちっ……まあいい。そんなもんは当主になったときに考えればいいだけだ」


 右手に収まった銀の箱を見てニヤリと笑う。切り札は手に入った。目先の目標である父上の暗殺。そしてその後の障害であろう出来損ないとあの女。それらをどうにかする準備は、すべて整った。


 親睦会の招待状も出し終わったし、変身魔法の使い手にも声をかけた。これで後は親睦会の日を待つだけだ。


「くくっ……くくくっ……」


 もうすぐだ。もうすぐ全てが元に戻る。いやむしろ当主の座が手に入って、邪魔者は皆消えるんだ。元に戻るどころか良くなる。俺が全力を尽くして、全てを変えてやる。


 勝利を確信して、俺はその場を足早に立ち去った。

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