第84話 意外と正直な人

「……お前、面白いな」


 その声が響くと同時に、少年の姿が変わる。姿全体がすり替わるように。服も普通のものから、黒いフードのついたローブへと変わっている。

 それまで話をしていた少年は、気づけば男性の姿へと早変わりしていた。変装ではなく変身魔法だと、そう理解した。

 思わず辺りを見回してみたけど、彼の変わりように気づいているような人はいなかった。


「気づかれねえよ。ちょっと影を薄くしてるだけだけどな。そもそも多くの人間は、道端で止まっている人の事なんて目に止めもしないのさ」


「……あなたは、誰だ」


「そうだなぁ……レイとでも呼んでくれ」


 レイ、と彼は名乗った。姿かたちどころか服装まで変わった。けどそれ以上に大きく変わったのは雰囲気だ。さっきも違和感があったけど今ははっきりとわかる。この人はおそらく。


「貴族……か」


 この感じ、実家にたまに顔を出していた別の家の人やシア達と同じ、一般の人とは違うものだ。


「あぁ……まあ、そんなところだ」


「……レイさんはどうして俺のところに?」


 だとしても、どうして今このタイミングで接触してくるのかが分からない。次期当主になったことはまだ父上が正式に発表していない筈だし、シアと籍を入れたことで興味を持ったなら、もっと早く接触してきてもいいと思うのに。


 そう思って質問をすれば、男はにやりと笑った。


「なに、単純に気になっただけさ。ノヴァ・フォルスという男が」


「…………」


 相手にだけ名前を知られているっていうのはあまり気分が良いものじゃない。レイなんて、きっと偽名に決まっているし。

 それに気になっただけって言われても、素直に信じることは出来なかった。


 おそらく狙いは俺ではなくシアの方だと思う。俺を足掛かりにしてシアに近づく、みたいなことをこの男がしようとしているってことか?


 警戒した状態で、目の前の男をじっと観察していた時。

 不意に男は何かに気づいたようで、慌て始めた。


「おっと流石に早いな。じゃあなノヴァくん、話せて嬉し――」


「なにをしているのですか?」


 俺に一言告げて背中を向けようとした男の動きが止まる。俺も驚いて飛び上がりそうになっていたくらいだ。だってさっきまでは思ってもいなかった場所――すぐ背後から声が聞こえたんだから。


「……あんた、どんな俊足だよ」


「シ、シア?」


 背後に急に現れたシアは目の前の男を警戒しながら俺と並ぶ。あのシアがここまで張り詰めた雰囲気を出すなんて、やっぱりこの男は危険なのかもしれない。


「何をしているのかと聞いたんですが? レイ?」


「……あれ? 知り合いなの?」


「はい」


 まさかのシアの言葉に、俺は思わずシアと男を見比べた。


「……別に。あんたの言うノヴァ・フォルスにちょっとだけ興味が出ただけだ」


 そう言って振り返る男に、思わず問いかける。


「え? そうなの?」


「あ? だからさっき、直接そう言っただろ。単純に気になっただけだって」


 訝しげな顔をする男。だって、ねぇ?


「いや、絶対嘘だと思ってた。俺を足掛かりにしてシアに近づくためかと」


「……お前、やっぱり面白いな」


 くくっ、と笑う男に、ちょっとむっとして俺は尋ねた。


「で? レイさんはシアとどういう関係なの?」


「んー……協力者、みたいな感じですかね」


 協力者っていう言葉は、シアから初めて聞いた気がする。知り合いでも家族でもない、協力者か。


「……その言い方は対等に思えるから辞めろと言ったはずだ」


 苦虫を噛み潰したようにそう言う男……いやレイさん。彼はちらりと俺を見て、次にシアを見た。


「で? もう行っても良いか? さっきも言っただろ? 単純にノヴァくんが気になっただけだって」


「……ふむ、まあいいでしょう。特に何かしたわけでもなさそうですし」


「あんたの夫に何かするわけないだろ」


 肩をすくめるレイさんを見て、ちょっとだけ俺の中での彼の評価が変わってきた。これまでは人に変装して接触する警戒すべき人だったけど、今は何というか、苦労人のように見えなくもない。


「ちなみに、ノヴァさんの事は実際に会ってみてどう思いました?」


 去ろうとする背中に投げかけられたシアの言葉。それを受けて、レイさんは訝しげな顔で振り返る。


「だからさっきから言ってるだろ……面白いなって」


 その言葉を最後に、レイさんは歩いていってしまった。途中で振り返ることもなかった。


 小さくなる背中を見ながら俺はおずおずとシアに言う。


「えっと……なんていうか、不思議な人だったね」


「変な人って言って大丈夫ですよ。きっと変装して近づいて来たんじゃないですか?」


 あっさりと俺の心の中を看破したシアに苦笑いする。


「ですが、よく分かりましたね」


「まあ雰囲気とか、利き手の違いとかでなんとなく」


「すごいですね……私は流石に魔法無しの直感では見破れないと思います」


 そういったシアはレイさんが去っていった方に目を向ける。


「あの人は協力者で、色々と助けてもらっているんです。つい最近、ノヴァさんがフォルス家の次期当主になることを誰にも言わないように釘を刺して伝えたので、気になったんだと思います。

 ですが、まさか接触してくるなんて……勝手に話したことも含めて、ごめんなさい。

 ただ彼は変な人だと思うかもしれませんが、ノヴァさんには絶対に悪い事はしないので、そこは安心してください」


 別にフォルス家の次期当主になることを口止めしたいわけでもないし、シアが話すってことは必要があるってことなんだろう。そんなことでいちいち目くじらを立てるなんてしないけど、一つだけ気になるところがあった。


「それは全然良いんだけど……その……悪い事をしないっていうのはシアたちにも、だよね?」


 質問をすればシアは一瞬目を瞬かせたけど、すぐに微笑んで「はい」と返事した。

 まあ、それならとりあえずはいいかと、俺もレイさんが消えた方に目を向ける。


 変な人だったけど、シアが聞いたときのレイさんの答えは正直だったと思った。だから単純に俺と話がしたかったってことなんだろう。それにしても。


「それなら、偽名なんか使わなければいいのになぁ」


「? レイは正式名ではありませんが、一応本名ですよ? 私のレティシアのシア、みたいな感じです」


「え? そうなの?」


 ということは、レイさんが変身を解いてから話したことは全部本当のことで、俺が勝手に疑っていただけだったのか。ちょっとだけ疑いすぎたので、心の中でレイさんに謝罪をした。

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