第82話 シアとだけ来るお店

 正直に言おう。びっくりするほど美味しかった。料理に関しては文句のつけようがない。俺の屋敷のシェフもターニャがわざわざ街に足を運んで雇ってくれた人だけど、それとは方向性が違いながらも、明らかにこっちの方が腕が上だと思わせる味だった。

 別に味の細かい違いが分かるとは言わないけど、そんな俺でも分かるんだから本当に凄いお店なんだと思う。


 店の雰囲気や店員さんの印象も最高評価だ。オーロラちゃんやユティさんが案内してくれたカフェも凄かったけど、ここはそれと同じ、いやそれ以上と言える。


「いやぁ……美味しかったなぁ……」


「ふふっ……そう言って頂けると紹介した甲斐があります」


 俺とシアは四人掛けのテーブルに座っている。とはいえ対面ではなくて、隣同士だ。他の客の姿は見えない。かなり離れたところにあるのか、声が聞こえてくることもない。響くのは優雅な音楽だけだ。


「こんなお店を紹介してくれて、本当にありがとう」


「いえいえ……気に入って頂けたなら、ここでもノヴァさんの事を紹介しておきますね。

 私の知っている中でも一番良いお店だと思いますので、何かに使えると思います」


「ああ、ありがとう」


 本当にありがたいと思って辺りを見渡す。完全なる個室で他のお客さんの気配どころか店員の気配すらない。けど無人で寂しいっていうわけでもなくて、落ち着く穏やかさがあった。

 良いお店だと思って、俺は首を横に振った。


「いや、やっぱりいいよ」


「? なにか気になることでも?」


「ううん」


 心配そうにするシアに微笑みかける。


「シアが初めて案内してくれて、シアが一番良いって教えてくれたお店だからさ。

 だからこれから先、シア以外とは来ない。だから、ここはいいかなって」


「…………」


 正直な感想を告げると、シアは弾かれるように顔を背けてしまった。え? 何か気に障ることでも言ったかなと思ったけど、大きく息を吐いたシアは再び俺の方を向いた。


「ありがとうございます。じゃあここ以外のおすすめの場所、いっぱい教えますね。これから時間をかけて、沢山」


「あぁ、ありがとう」


 ありがたいと思って感謝の意を伝えたけど、シアはどこか不満げだ。ただ全体的に雰囲気は柔らかいし、満面の笑みではある。

 不思議に思いながら、尋ねてみようとしたときに。


「それじゃあノヴァさんの聞きたいことについて話しますか」


 話題を変えられてしまった。でもこっちはこっちでかなり興味のある内容だ。


「……コールレイクとの戦争について、だよね。聞いていいのかな?」


 なんとなく戦争についてシアは話したくない内容なのかなと勝手に思ってたけど。


「?」


 首を傾げたシアを見るに、別にそうでもないらしい。

 と思ったら、顎に指を置いて何かを考えはじめるシア。少し待った後に思いついたように頷いた。


「でも話すと長くなるので、ノヴァさんに質問して頂いて、私が答える形にしましょう」


「? それ何か変わるの?」


「うーん、しいて言うなら私のわがままみたいなものです」


「? まあ、全然構わないよ」


 それはわがままなのか? って思ったけど、シアが望んでいるなら構わない。

 でもそうなると、話の切り出しは俺からになる。ちょっとだけ考えて、俺は真っ先にこのことを聞いてみることにした。


「その……まずなんだけど、戦争で辛いことはなかったんだよね? 大切な人が巻き込まれたとか、大きな怪我をしたとか」


 何よりも大切なのはシアの事だ。過去の事とはいえ戦争は戦争。俺自身当然良い印象は持っていないし、その中に最愛の人が居たことを知っているからこそ心配になる。

 けどシアはいつもの様子で、穏やかに微笑んで返した。


「はい、私は大切な人を失っていませんし、大きな怪我もしていませんよ。

 そもそも私が参加したのは終結させた一回のみなので、ノヴァさんが不安になるようなことはないです。なので、そこは安心してください」


 本当に良かったと、まずは胸を撫で下ろした。それと同時にシアに感謝もする。こんな気持ちになるような戦争を、たった一回の参加で終わらせてくれたんだから。

 さて、そうなると次は何を質問するべきか。やっぱり無敗将軍のことかな?


「ダリアさんとは、戦場で会ったの?」


「はい。彼女とは一騎打ちをしました。その戦いの中で無力化して、勝利した形です」


「……前にユティさんが、シアは敵陣に歩いていったって言ってたけど……」


「はい。ユティの言う通り敵陣まで歩いて、ダリアさんと一騎打ちして勝って、そのまま休戦協定までこぎつけました」


「お、おぉ……」


 俺の妻……凄すぎないだろうか? いやシアは凄いっていうのはもちろん知ってることだけど、どれだけ凄いと思っても俺の想像を越えてくるというか……。

 はえー、シアすっごいんだなぁ、という感想しか出てこない。


「あ、ご存じだとは思いますけど、ダリアさんは殺めていませんからね?」


「うん、分かってるよ」


 気にするところはそこなんだって思って、クスリと笑って返す。無敗将軍が今もコールレイク帝国で手腕を振るっているのは有名なことだ。


 口を閉じたシアを見て考える。他に聞くことといえば。


「ダリアさんは大剣を使うって言ってたよね? シアはいつもの状態で戦ったの?」


「いつもの状態というのは何も持たないということですよね? でしたら、はいです」


「ダリアさんは強かった?」


「はい」


 無敗将軍が強いことは知っているけど、この国の英雄的立ち位置でもあるシアに言われると本当に強いんだなって再確認する。それに勝ったシアも凄いんだけどさ。


 質問も一段落。考えてみるけど、他に特に思いつくようなことはなかった。


「うん、大体わかったかな。ありがとう」


「いえいえ、こんなことでよければいくらでも。ところで、この後ですがどうしますか? さっき貰った劇団の劇でも見に行きますか?」


 シアに聞かれて、俺はポケットから丁寧に折りたたんだ紙を取り出した。時間を確認すれば、ちょっと時間はあるけど、少し待つだけで劇が見れそうだった。


「そうだね……せっかくだし、見ようか」


「そうしましょう」


「シアはこの『北の大地に咲く花』って、知ってる? 小説とかが元なのかな?」


 そう聞くと、シアは体を乗り出してくる。紙を差し出すと、じっとそれを見た。


「いえ……記憶にはないですね。ひょっとしたらユティなら何か知っているかもしれませんが」


「確かにユティさんなら知ってそう」


 博識である(勝手にそう思い込んでいるだけだけど)ユティさんなら、題名が違ったとしてもこの紙の絵だけで言い当てそうだ。


「それなら俺もシアも楽しめそうだね。行こうか」


「はい、楽しみです」


 二人して笑い合う。こうして行った先々で予定が勝手に決まっていくのも、悪くないと思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る