第62話 ユティさんの疑問
「だ、旦那様!? ユースティティア様!?」
アークゲート家の図書室(ユティさんは書庫室と呼ぶけど)に本を届けにくると、入口の傍にいた司書さんが慌てて立ち上がって今回も手伝ってくれる。あっという間に持っていた本を奪われ、手元の本の塔はすっかり跡形もなくなっていた。
「ありがとうございました旦那様……ユースティティア様も最近は返してくれてはいたのですが、借りていく量の方が遥かに多かったので心配していたところだったのです」
「あ、そうなんだ」
返事をしてユティさんの方を見ると、彼女は俺と目を合わせないように明後日の方向を向いていた。あ、でもちょっと恥ずかしそうに赤くなってる。
「ただ、これまではかなり長期間借りっぱなしだったので、最近のように数日で不要な本を返却していただけるのはとてもありがたいです。ありがとうございます、ユースティティア様」
「……いえ、むしろ今までご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「ここはユースティティア様の屋敷でもあります。謝る必要はございません。ただ……私どもや当主様でも改善しなかったのに、旦那様ですと改善するなんて……」
「え? そうなんですか?」
エマさんを始めとする使用人の人達がユティさんの部屋ごもりに困っていたことは知っているけど、シアも注意はしていたのか。そういえば最初にユティさんの部屋を片付けた時もシアは注意してたな。
「お恥ずかしながら……ですがノヴァさんに言われると、そうしなきゃと思ってしまって……それでもたまに返すのを忘れてしまうのですが……」
「……なるほど……旦那様は不思議な方ですね」
「?」
不思議な方ですねと言われても、俺としてはよく分からないが。ユティさんも何かを考えているみたいだし、俺たち三人の間に少しだけ沈黙が落ちる。
やがてユティさんは顔を上げた。
「さて、それじゃあノヴァさん、戻りましょうか」
「あぁ、はい」
ユティさんと一緒に図書室を出る。頭を深く下げた司書さん方にも軽くお辞儀をした。
×××
アークゲートの屋敷の入り口に向かう途中で、ユティさんは不意に語り掛けてきた。
「そういえばノヴァさん、当主様からお聞きしましたが、お母様はセリア・フォルスさん。南にあるクロス家の出身で間違いないですか?」
「え? はい、そうだったと思います……」
母上の実家についてはそこまで詳しくはないけど、同じ南側の小さな貴族だったはずだ。今は母上の兄か弟が当主を務めていた気がする。まあ、クロス家の人には会ったことがないんだけど。
「どうしてそんなことを?」
「いえ、ちょっと疑問に思ったんです。セリアさんが亡くなって辛い思いをしたノヴァさんに対して、セリアさんの実家は何をしていたのかと」
「あぁ……母の死後だけじゃなくて、生きていた頃もクロス家の人に会ったことはありませんね」
ひょっとしたら母上が生きていた頃はフォルス家とクロス家は交流があったのかもしれないけど、きっと亡くなった後はそれもないだろう。
クロス家の人からしたら、フォルス家の覇気を継げなかった俺に対して思うところだってあったかもしれないし。
「父親は、本当にトラヴィス・フォルスなんですよね?」
「え?」
それは何度も言われた言葉。なぜお前は覇気が使えないのか。本当にトラヴィス様の息子なのか。そう言われたことも陰口を叩かれたことも、数えることが出来ないくらいある。
けど横を歩くユティさんは少し嫌悪すら感じさせる表情をしていた。
「いえ、ノヴァさんを見ていると他の兄弟とはあまりにも違うというか、比べるのが烏滸がましいくらいノヴァさんの方が良いので」
「……ははっ」
「? どうかしましたか?」
「……いえ、ありがとうございます」
まさかそんな意味で言われる日が来るなんて思いもしなかった。本当、シアの家族には感謝しかないな。
「残念ながら、確実に。母上は父上を愛していましたし、亡くなる直前まで母上の側にいましたが、父上が本当の父上ではないなんて母上からは聞いたこともありませんからね」
「……すみません、少し悲しいことを思い出させてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です」
母上の事は悲しいけど、ユティさんとの会話で嬉しくなった部分の方が大きい。
けどユティさんはそうではないみたいで、何かを考え込んでいるみたいだった。
そうしているうちに、俺達はアークゲート家の入口まで戻ってくる。
階段を上り、左右に分かれる踊り場でユティさんは立ち止まった。
「今日はありがとうございました。あと、よければこの後にオーラにも会ってあげてください。あの子もノヴァさんと会うのを楽しみにしていましたから」
「あぁ、大丈夫です。最初からそのつもりでしたから」
「そうでしたか」
ユティさんはそう言うと、封筒を取り出した。
「当主様から聞いているかもしれませんが、こちらをどうぞ。改良された便箋です。すでに当主様に魔力を注入してもらっているので、いつでも使える筈です」
「はい、聞いています。ありがとうございます」
きっとこれまでと同じ、シンプルな白い便箋なんだろうと思ってそれを受け取る。今度こそ話は終わったとばかりにユティさんは頭を下げて、俺も同じように軽く頭を下げ返した。
「ではノヴァさん、また今度」
「はい、また今度」
そう言って別れて、ユティさんは戻るために右側の階段に、そして俺は反対の左側の階段に足をかけた。
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