第37話 宿敵の家の当主を妻に貰いました

 トラヴィス・フォルス、ゼロード・フォルス、カイラス・フォルス。

 目の前に並ぶのは三人の愚か者。ちらりと視線を向ければ、その中でも最も愚かなゼロードに果敢に睨み返すノヴァさん。


 ノヴァさんと籍を入れた後、フォルス家への報告のために屋敷を訪れましたが、ノヴァさんを睨みつけるし、私を警戒する目で見るし、本当に救いようがない人達です。

 カイラスのように警戒するなら相手にバレないようにしなくてはなりませんし、ゼロードのように相手を睨みつけるなんて論外も良いところ。


 そもそも私が魔力を意図的に抑えなければ、彼らはこの場で立っていることすら叶わないのに。


「……おめでとう、ノヴァ」


「……めでたいな、ノヴァ」


 先ほどのトラヴィスの祝福の言葉に続いてゼロードとカイラスの二人が祝福の言葉をかけますが、彼らの表情は祝福とは程遠いです。本当、ノヴァさんはよくこんな劣悪な環境で過ごせたなと思います。


 正直、偽りの笑顔を浮かべているのにも疲れてきました。本当にくだらないですし、全てが取るに足りません。

 下のものには強く当たり、上のものには媚びへつらうトラヴィスも、弱者を蹂躙することに悦びを覚えているゼロードも、慎重すぎて何の面白味もないカイラスも、皆が皆ノヴァさんを下に見ています。


 でも、今は嘲り笑っていればいい。取るに足らない存在だと思っていればいい。


 いつかきっと、ノヴァさんは今の平和が続いた先にある平穏な世界を手にします。フォルス家の当主の座も、アークゲート家も、全てノヴァさんのものになるのですから。


 他ならぬ私がそうするのですから。






 ×××





「それにしても、幼き日に出会った少女と再会し、その少女と結ばれるというのはなんとも運命的ですね」


「ターニャって、結構そういうの好きだよね」


「恋愛小説のような恋愛をされると、見ている側としても楽しめました」


 俺の屋敷の執務室でコーヒーを淹れてもらいながら、ターニャとそんな何気ない話をする。執務室と言っても相変わらず仕事の量は片手で数えるほどしかなくて、ただ座っている時間の方が多いけど。要は暇なんです。


「レティシア様……いえ、奥様には色々と助けられました。特にゼロードの言葉には常々うんざりしていましたから」


 シアと籍を入れてから、ターニャはシアの事を奥様と呼び始めた。ちなみに俺の事はノヴァ様から旦那様に呼び方が変わっていた。これまで通りノヴァで良いって言ったんだけど、断固として聞き入れなかった。

 いえ、ここら辺はきっちりしないと……いえ、したいんです! と強く言われたので、断ることも出来なかった。ただ呼び方が変わっても、次の日にはターニャは慣れたように俺を旦那様と呼んでいた。変わったのは呼び方だけで関係は変わらないから、どっちでもいいかと思った。


「ああ、ターニャの後ろ盾みたいな感じになってくれてたんだよね。シアには頭が上がらないなぁ……っていうか、俺の前ではいいけどゼロードの兄上の前では気を付けてよ」


 心から忌々しそうにそう呟くターニャを見て、以前実家の中庭でゼロードの兄上と会ったときのことを思い出した。稽古と評して俺を痛めつけていたこともあるけど、あのときのターニャは取り付く島もない感じだったからなぁ。

 これまでに比べれば良い変化だとは思うけど。


「むしろ名前を呼んでいるだけでもありがたいと思ってほしいくらいです。あの猿――失礼、ゼロードの事は大嫌いですので」


「言うなぁ……」


 ついに人間として認めなくなったけど、俺の前でくらいは素で話せるようになったのは良いことかもしれない。昔はそれすらできなかったから。

 そう考えると、シアには感謝しかない。


「本当……俺にはもったいないくらい良い人だよ……シアは」


「……まあ、あの方が凄いのは言うまでもありませんが」


「そうだよなぁ……可憐で儚くて……」


 夜を映すような黒髪に、低い身長。そして折れそうなほど細い体。姿を思い浮かべるだけで、愛情が芽生えてくる。


「可憐で……儚い?」


「優しいし、賢いし」


 サリアの街で子供達に笑いかけていた時や、オーロラちゃんと話しているとき、それに色々と俺の事も考えてくれて、本当に優しい性格だと思う。賢いのは言うまでもないだろう。きっと俺なんかよりも色々なことを知ってそうだ。


「賢いは分かりますけど……優しい?」


 外見も内面も、非の打ちどころがない。それにあの路地裏での出来事も思い返して、幸福で思わず微笑んでしまう。


「可愛いし……最高の嫁さんってことだなぁ」


 俺にはもったいないくらいの人を貰ったと、心からそう思う。


「…………」


 しかしターニャは黙ってしまった。彼女の方を見てみると、口をキュッと結んで、何かを言いたげに俺を見ていた。


「旦那様……奥様のそれは、旦那様に対してだけです」


「いや、そんなことないでしょ」


 どうも俺の専属従者はシアの事を勘違いしているらしい。けどシアもこの屋敷に住むことになるし、ターニャとの接点も増えるだろう。彼女が勘違いに気づくのも時間の問題だなと思った。

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