第21話 自分の屋敷での出来事

 話をしながら歩けば時間はあっという間に過ぎて、俺たちは俺の屋敷へとたどり着いた。


「ここが、ノヴァさんのお家なんですね」


 シアのそんな呟きが聞こえた。隣に並ぶ彼女を見てみれば、彼女は俺の屋敷を見渡しているようだった。


「この前のフォルスの本邸に比べるとかなり小さいよね。まあ、あそこは大貴族の屋敷だから当たり前なんだけどさ」


「そうですね。でも私はこっちのほうが好きですよ。広いよりも狭い方が好きなんです。だからあの時も路地裏にいたりしたんですけど」


「そうなんだな」


 昔の思い出にしみじみとしていると、たまたま屋敷から一人の老人が出てきた。


「おや? ノヴァ様、お帰りなさいませ」


「あぁ、ただいまジルさん。でも、すぐ出かけるけどね」


 おそらくすることがなくて散歩でもしようとしていたんだろう。結果として俺達を出迎える形になったこの老人の名前はジル・クリストフ。数十年前に取り潰されてしまった貴族の家の執事をやっていたらしい。俺が領地を父上から賜ってからは補佐をしてくれている。とはいえ俺の領地はかなり狭く、目を通す書類の種類も少ないために互いに暇を持て余しているんだけど。

 そんなジルさんは年月を感じさせる洗練された礼をする。


「かしこまりました。特にノヴァ様の承認が必要なものもありませんので、領地の事はお気になさらず」


 頭を下げるジルさんを見て、もう少し彼と早く出会えていればな、と思わずにいられない。彼もまた実家にはほとんどいなかった、俺を出来損ないだと蔑まない人だからだ。

と思ったけど、そういえばここ最近、自分の屋敷では陰口を聞くことがなくなったと気づいた。


 この屋敷に来たばかりの頃はたまにそういった声を聞いたりしていたのだけど、少し前から全く聞かなくなった。以前、人員の変更案がターニャから出されたから、彼女が俺のために使用人たちを入れ替えてくれたのだろうか。もしそうならターニャには感謝しかない。


 礼を解いて直立するジルさんの目が動くのを見て、俺はまだシアを紹介していなかったと思い出した。


「あ、そうだ、紹介するよ。こっちは……レ、レティシア・アークゲートさん。俺に縁談を申し込んでくれている方だよ」


「もうノヴァさん、なんですかその紹介の仕方は」


 シアにため息をつかれてしまった。でもフルネームで呼ぶと彼女がどれだけ凄い人なのか嫌でも分かってしまうので、仕方ないことだと思う。


 ジルさんはシアに深く頭を下げる。


「存じております。ノヴァ様をどうかよろしくお願いします」


「はい! よろしくお願いされました!」


「……えぇ?」


 初対面の筈であるが、結構スムーズに話が進んでいて驚きだ。ジルさんとは初対面の筈だけど、ターニャの時といい、こういったシアの社交性の良さは素直に凄いと思う。


 そんなニコニコ笑顔のシアは横を向いて手を伸ばし、ゲートの魔法を使用した。金色の光が楕円の形で広がり、ここと遠くを繋ぐ魔法の門が出来上がる。いつ見ても綺麗な魔法だと思う。


「ノヴァ様、私はこちらに残りますので、アークゲート家で楽しい時間をお過ごしください。あ、少しだけ待っていてくださいね」


そう言ったターニャは駆け足で屋敷の中へ。少しだけ待っていると、見覚えのある厚着を手に持って、戻ってきた。


「これ、先日ノーザンプションに行った際に購入なされた上着です」


「あぁ、ありがとう」


 これから行くノーザンプションの街は少しだけ肌寒い事を俺は身をもって経験している。前に現地で購入した上着をターニャから受け取った。


「レ……シアさん、お帰りは何時くらいになりますか?」


「正確な時間は分かりませんね……戻るときに、便箋にて連絡します」


「かしこまりました」


 さて、今からシアの実家であるアークゲート家か。どんな場所だろうか、ちょっとわくわくするけど、不安もあるな。


「あ、そういえば」


 シアはコートの懐から見慣れた袋を取り出した。俺が以前、ノーザンプションの街でオーロラちゃんと交換した、ミルキーウェイというお店の菓子の袋だった。


「ご要望のあったお菓子です。どうぞ」


「おいおい……ターニャ、お前シアに何を頼んでいるんだ」


 以前ターニャは当てがあるようなことを言っていたけど、まさかシアの事だったのか。少なくとも主の縁談相手に要求するようなことじゃないだろ、と内心で溜息をつく。


「…………」


 ターニャは固まっていた。目線が泳いでいる。シアはそんな彼女の事を気にすることなく手を取って、その手にミルキーウェイの菓子の袋を持たせた。瞬間、俺の目の前に立つジルさんの目がきらりと光った気がした。


「ターニャ嬢、ちょっと向こうで爺とお話をしましょう」


「え……あ……はい……」


 ジルさんに後ろ首を引っ張られて連れていかれるターニャ。縋るような目を向けられたが、こればっかりはターニャが悪いので説教を受けてもらうしかない。っていうか、連れていかれるときでもガッチリお菓子を抱えているのね。


 小さくなっていくジルさんの背中と、これから先お説教が待っているだろう可哀そうなターニャを見送って、俺はシアに謝った。


「あー……うちのターニャがごめん。でもお菓子ありがとうね。結構並んでいて、大変だっただろ?」


「いえ、気にしないでください。関りがある店ですし、妹のせいでもありますから……むしろ妹がすみません……お世話になっただけでなく、お菓子まで譲って頂いたみたいで……」


 お互いに謝り合うちょっと変な展開になる。しばらくしてから俺達は話題を失い、行く当てのない視線をさまよわせた。

 シアはしばらくゲートをじっと見つめていたものの、不意に真剣な目を俺に向けてきた。


「ノヴァさん、実はゲートの魔法には決まりがありまして」


「決まり?」


 どんな距離でも繋いでしまう魔法だ。ある程度の制限はあるのかもしれない。


「……二人では使えないとか?」


 そうなると俺はここから馬車になるのだが、ノーザンプションの街はめちゃくちゃ遠い。そう思ったけど、シアは首を横に振った。


「いえ、二人で使えます。ただ、手を繋がないと使えません」


「あ、二人では使えるのね。それは良かったよ……うん?」


 手を繋がないといけない? 一瞬頭に疑問が湧いたけど、シアの表情は真剣そのものだ。考えてみればゲートの魔法を使っているのはシアなわけだし、彼女に触れていることが一緒にゲートを使う条件ってことか。


「うん、じゃあお願いします」


「はい、お願いされました」


 ニコニコ笑顔で俺の手を握るシア。以前も思ったことだが、彼女の手は身長からも分かるように俺の手よりも小さく、それでいて柔らかい。こうした細かいところでも、彼女を護りたいと思ってしまう。


「最初は恐いかもしれませんけど、通り抜ければすぐにアークゲート家ですので。あ、もし眩しければ目を瞑っていると良いかもしれません」


「うん、わかったよ」


 シアに引かれるようにゲートへと近づいていけば、光量が増えるので確かに眩しさを感じる。少しだけ目を薄めにして、俺は金色の輝きの中へ足を踏み入れた。

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