第14話 サリアの街での、シアの評価
翌日、俺は朝早く起きて剣の訓練をした。ここ数日は実家に滞在しているので、この中庭の光景も見慣れたものだ。けどこの光景も今日までだ。別に寂しくはない。
訓練を終えて昼前に少し早めの昼食を取り、ターニャを帰りの馬車に乗せて俺は実家を出る。馬車の御者さんは不思議な顔をしていたけど、事情を話すと納得してくれたようだった。
ちなみに実家の人で見送りに来た人は一人もいなかった。これに関しては予想通りである。
そうしてターニャとも別れ、俺はサリアの街へと繰り出した。昨日は隣にシアがいたけど今日は一人、少しだけ物寂しい。少しでも街を歩けば、昨日も会った人達に今日も出会う。
「おう兄ちゃん! 今日は別嬪さんの彼女さんはいないのかい?」
「今日も元気そうだね、おっちゃん。今日は用事があってこれないんだ」
「なんだぁ? 彼女ってことは否定しないのか。いいねぇいいねぇ!」
豪快で、それでいてややお節介な露店のオヤジと楽しく会話をしたり。
「お兄ちゃん! 今日はお姉ちゃんはいないの?」
「あぁ、今日はちょっと用事でね」
「なんだー、つまんないのー」
今日も親と一緒に買い物に来ていた小さな女の子に、シアの事について聞かれたり。
「こんにちは。売れ行きは順調?」
「あぁ! 昨日は本当にありがとうな! あの剣、すぐに買われちゃったぜ! そうだ、なんならいくつか仕入れた剣があるから、買わないか!?」
「いや、剣の数は足りてるから遠慮するよ。でも、剣は見せてもらおうかな」
「そりゃあ、天下のフォルス家なら剣は余ってるか。でも兄ちゃんに見てもらうと値段の設定がかなり正確にできるから助かるぜ」
昨日、ひったくりを捕まえるときに剣を借りた店の店主と話をしたりした。この街の人の中には、俺がフォルス家出身であることを知っている人が何人かいる。けど家の名前じゃなくて俺自身を見てくれる人が多い。名前も知らない人達がほとんどだけど、家を抜け出して時々街に繰り出すたびにこうやって話をするくらい仲は良かった。
むしろ家の中に味方がターニャしかいなかったから、自然と居心地の良い場所が家の外になっただけかもしれないけど。
「そういえばおっちゃん、北の街について知ってることがあったら教えて欲しいんだけど……」
「北の街っていうと、アークゲート家が治めているノーザンプションの事か? 以前は戦争をしていたから商売でよく行っていたけど、停戦してからはあんまりだな。それでもいいかい?」
「うん、お願い」
そして時折、シアの治めるノーザンプションの街についても聞いていた。
「先代の時も良かったけど、今の代になってから景気はさらに良くなったな。まあ、戦争が終わったってのと、それで税が少し安くなったってのが理由らしいな。商人としてはちょっと微妙なところだが、個人的には戦争なんてない方が良いし、領民が幸せってことを考えると今の当主様は賢君とでもいうのかねぇ」
「そんなにすごい人なんだ」
「すごいとは思うが……俺達からすれば日々の暮らしが良くなるかどうかってだけだからなぁ。どっちかというと、良い当主様って感じかね」
「なるほどね。ありがとう」
「おう、また来てくれよな」
店主のおっちゃんとの話に区切りをつけて露店から離れる。その途中で、これまた昨日出会った人に再会した。
「あら、昨日の……」
俺とシアが昨日捕まえたひったくりの被害にあった妙齢の女性だ。彼女は俺の姿を確認するなり、頭を深々と下げた。
「昨日は本当にありがとうね。彼女さんにもお礼を言っておいて」
「いえいえ、当然の事をしたまでですので……」
「何かお礼をしないとね。お兄さん、何か欲しいものとかあるかしら? 彼女さんの欲しいものでもいいのだけれど」
「いえ、そんな……」
別にそういった目当てで助けたわけではないので遠慮したけど、その後すぐにちょうどいいと思い直した。
「あ、それならちょっと北の街のノーザンプションについてどう思っているか、少し教えてください」
俺は特に欲しいものはないし、シアもそういったものを強請るとは思えなかったので、北の街について教えてもらおうと思った。
「あら? そんなことでいいの?」
「はい、お願いします」
「そう。ほとんどの人が思ってることだけど、今の当主様になってからもっとよくなったと聞いているわ。北の街が他国に侵略されちゃったら王都まで攻め込まれて、そしたらこのサリアの街だって被害を受けるかもしれない。そういった意味では守護神のようにも思えるわね」
彼女を始めとして多くの人に話を聞いても返ってくる言葉は同じようなものだった。先代よりも良くなった。領民にとってはありがたい。そんな風にシアの事を良く思っている人が大多数のようだった。
「まあ、だからって住み慣れたこのサリアの街を出てノーザンプションに行こうとは思わないけどね。遠いし。……こんなところかしら。ごめんなさいね、あまり力になれなくて」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
妙齢の女性と別れ、大通りから少し外れて店の壁に背を預ける。色々な人に話を聞いてもう一つ分かったことがある。昨日一緒に街を歩いても誰も何も言わないからもしやと思っていたが、シアは表舞台に姿を現していないらしい。
とはいえこれはシアに限ったことじゃなくて、先代の時からそうらしいけど。
――先代……ということは、シアのお母さんってことだよな
街の人たちは当主がシアになって暮らし向きがさらに良くなったと言っていたけど、先代の当主が悪辣な当主だとは言っていなかった。けど俺からしてみれば、アークゲート家の先代は幼いシアの心に傷を負わせたであろう人物。会ったこともないけど、あまり好感は持てない。
人が絶えず流れる大通りに目をやり、次に空を見上げる。やっぱりサリアの街はシアが直接統治している領地じゃないから、これ以上彼女について知ることは難しいだろう。ここは予定通り、彼女の領地であるノーザンプションに行くべきだろう。
「……そろそろ行ってみるか。ノーザンプションの街に」
遠出用の馬車を借りられる借場へと、俺は足を進めた。
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