第10話 デートの朝
光を感じて、ゆっくりと目を覚ました。太陽は既に登っていて、もう朝になったようだ。体を起こして部屋を見渡す。懐かしの自室は相変わらず物置のように物が山積みだった。
音を立てて扉が開き、ターニャが入ってくる。彼女は俺を見るなり頭を下げた
「おはようございますノヴァ様」
「あぁ、おはようターニャ」
「シア様から返答がありまして、良ければ今日の午後にでも一緒に南の街に行きたいとのことでした」
昨日頼んだ返信をターニャから聞いて、「分かった」と返す。誰かと予定を合わせるだけでも数日かかるのにそれが一日も要らないなんて、魔法は本当にすごいなと思った。同時に、ふと気になったことをターニャに聞いてみた。
「ターニャって、シアの連絡先をどこで知ったんだ? ローエンさんから?」
「え? あー、いえシアさん本人からですよ。便箋もその時もらい受けました」
「あ、ターニャもなんだ。シアの魔法ってすごいよね」
どこにいても、どれだけ離れていても連絡が取れる魔法というのはとても便利だ。ターニャも頷いてくれたが、何かを思いついたようでその後すぐにポンっと拳で手のひらを叩いた。
「それなら、分かりましたという返事はノヴァ様からシアさんにするのはいかがでしょうか? 待ち合わせを屋敷の入り口に指定すれば完璧ですし、シアさんも喜ぶと思いますよ!」
「確かにそうだね。早速使ってみるよ」
簡単に朝の支度を済ませ、物が乱雑に置かれた机を片付ける。椅子に座り、便箋を取り出した。魔法がかかっているって聞いていたけど、便箋自体は普通だ。とはいえ紙質を見ると、高そうではあるけど。
そこに了承することと屋敷の門の前で落ち合う旨を書き込む。最後に楽しみにしています、という一文も書き加えた。
「おぉ、流石ノヴァ様、完璧ですね」
「そう? 普通の事を書いただけなんだけど」
「ささ、早速、ここを押してみてください」
「あ、ああ……」
急かされるようにアークゲート家の家紋を指で三回押せば、光に包まれて消えてしまった。これまで見たことのない光景に驚く。これでシアの元に便箋が送られたということか。
少し待つと、今度は付属していた黒色の便箋に白色の文字が書き込まれていく。
『了解しました。ノヴァさんと会えるのを私も楽しみにしています』
シアが返信を書いてくれたようだ。たった数秒で、遠くにいるシアとやり取りが出来てしまった。
「すごいな……これは便利だな」
「はい、私も初めて見たときは驚きました」
「……初めて見た時って、昨日の事でしょ?」
「あ、はい、そうです。……ところで少しだけ時間がありますが、どうしますか?」
昼過ぎまではまだ時間がある。それまで用事がないなら、することは一つしかない。
「訓練だな」
まだ屋敷にはゼロードの兄上がいるけど、彼もすぐに自分の領地に帰るはずだ。もしも絡んでくるなら、少しだけ時間をおくかな。そう思って、俺は中庭へと向かった。
×××
ゼロードの兄上は俺が中庭に着くときにはちょうど領地に帰るところだったらしく、目は合ったけど何も言わずに去っていった。カイラスの兄上は昨日から見ていないから、多分夜のうちに帰ったのかもしれない。
そんなわけで誰にも邪魔されず、存分に朝の訓練をした。
そんな俺は今、一人で屋敷の門の前にいる。待ち合わせの時間はもうそろそろだな、と思ったところで屋敷の小門が開いた。ひょっとしてシアは屋敷の中に移動してきたのかもしれないと一瞬焦ったけど、出てきたのは給仕服を着た少女だった。
「あ、こ、こんにちは」
「あ、ああ」
灰色の髪をした知らない子だった。最近この屋敷に雇われたのかな? それにしてはまだ幼く見えるけど。
ターニャのように貴族の子供の専属になる、みたいな契約を結んでいない限り、このくらいの背丈の少女が侍女になることってあんまりないんじゃないかな。けど俺には下に兄弟はいない。つまりこの子は専属の侍女ではないということで。あるいは見かけ以上に年は取っているのかもしれない。
結局、その子はそれ以上何かを話すようなことはなく、街の方に去って行ってしまった。
買い出しだろうか。とはいえ一人で行かせるなんて。
そう思ったときに再び小門が開いた。今度はなんだと思って見てみればターニャが立っていた。
「ターニャ? なにかあったのか?」
「あ、ノヴァ様、こちらに小さなメイドが来ませんでしたか?」
「ああ、さっき街の方に行ったよ」
「ありがとうございます」
そう言って街の方に行こうとするターニャを呼び止めた。
「ちょっと待ってターニャ。あの子、大丈夫なの?」
「あの子はこの屋敷のメイドなのですが、雑用を押し付けられているようで……以前その場に出くわして手伝っていたのですが、今日は目を離した隙に……」
この数日、ターニャがいない時間帯があったけど、どうやらあの子を助けていたみたいだ。メイドの管理はローエンさんの仕事なんだけど、知らないのかもしれない。俺から言えば少しは改善するかも。
「なるほどな。効果があるか分からないけど、帰ってきたらローエンさんに話してみるよ」
「すみません、お願いします」
基本的に父上の指示しか受けないローエンさんだが、俺に対して当たりが強いわけではない。だから少なくともあの子が不遇な目に合っていると知れば動いてくれるはずだ。走り去るターニャの背中を見ながらそう思ったとき。
金の光が差し込んだ。視線を向ければ、楕円型に光り輝いている何かがある。これがシアの移動魔法なのか、そう思うと同時に金の光の中から闇夜を思い起こされる長い黒髪を揺らして、シアが現れた。
彼女は俺を見るなりニッコリと微笑む。
「こんにちはノヴァさん、数日ぶりですね。呼んでくれて嬉しく思います」
「ああ、こんにちはシア。今日は来てくれてありがとう」
「いえいえ、今はそこまで忙しくないので大丈夫ですよ」
家の当主が忙しいのは父上を見ていてよく分かっているからそんな筈はないと思うけど、社交辞令としてシアはそう言ってくれたのだろう。
「そうか、じゃあ今日はサリアの街を案内するよ。きっとシアも気にいると思う」
「はい、楽しみです! サリアの街は初めてですし、ノヴァさんとのデートも初めてですから」
「あ、ああ……」
やや顔を赤らめて嬉しそうにする彼女を見て、心がざわつく。顔が赤くなるのを感じつつ、俺達はサリアの街に向けて歩き出した。
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