モリーラプラスの異次元カフェ
セイン葉山
プロローグ 草上のホームルーム
その日、モリーラプラスは、ふと閃いて、ネットの懸賞に応募するためのクロスワードパズルの最後のマスを埋めることに成功した。
いくつかのヒントから1つのワードを導き出し、さらにそれをいくつか組み合わせて正解に行きつくのだが、今回のパズルは1つ目のワードから激ムズで何日も悩んでいたのだ。
「やったあ、埋まったわ、とすると最終の答えは…」
そして急いでネットにクロスワードの答えを書きこんだ。
「あ、まずい、そろそろ時間だわ、急がなくっちゃ」
モリーラプラス(本名盛箸蘭、モリーラプラスはネットで活動するときの名前)は、総合コンピューター学園高校の2年生、17才で、やせっぽちのくせに食べるのが好きでモリーモリー食べるイメージからモリーと呼ばれている。
バーチャル空間に入るためのヘッドセットとコントローラーを用意、装着して自宅の座席にさっと滑り込む。
「ふう、どうやら間に合ったわ」
ログインすれば、そこは風景がふわっと変わって、気持ちのいい緑の芝生のある、森に囲まれた小さな広場だった。
「おはよう、おはようございます」
芝生の上に並べられた教室の木製の椅子にすでに20人ほどの生徒が姿を現し、あいさつを交わす。今日も森はいい天気で、陽だまりのようなぽかぽかの芝生を、涼しげな木立が取り囲んでいて、時々小鳥のさえずりなども聞こえてくる。
「やあ、みんなおはよう、おお、もう、全員揃っているね」
涼しい木立の中からスーツをびしっと決めた端正な若い紳士が姿を現す。担任のサリコサレキ先生だ。
「今日はこのホームルームで、画期的な6つの報告があります。まずはこの担任のデュランサルコサレキから教室の設備について…」
先生がそう切り出すと、聡明な学級委員長のマルガレータマルレーンがさっと手を上げた。
「もしかして…、芝生の感じが新しく変わったのでは?」
「なんてこった、1発で当てちまいやがった…その通り、よく当たりましたね」
先生は一瞬困った顔をしたがすぐ気を取り直して続けた。
「今月から使える仮想空間のパーツがかなり増えたので、この教室も『公園の芝生』から、
『初夏のイングリッシュガーデンの若草色の芝生』へとリニューアルしました」
みんなからため息が漏れた、意識すると確かにこの間とはかなり違うかもしれない。みずみずしくてさわやかだ。さすがマルガリータだ。
「次に2つ目のニュース、ええっとマーカスマービン君、立ってくれるかな」
優秀でアマイマスクのマーカスが照れながら立ち上がった。
「マーカスマービン君は地球の未来の論文コンクールで、なんと金賞を受賞、そのまま地球の未来委員会の高校生委員に選出されました」
脱炭素の見地から、ジェットエンジン、ロケット、さらに各種ミサイルの大量炭素生産の実態をまとめ、それらをこれからどのように規制し、減少させるのかや、細かいところでは大量の火薬を使う夏の花火大会のあり方まで追求した。
植物原料燃料や微生物原料燃料の提案とともに、友達と協力してバーチャル花火を提案したのだという。
みんなはそれがどのように凄いことなのかわからなかったが、とりあえず拍手し、盛大に祝福した。マーカスの研究が実はとんでもなく凄いことだと分かるのは、少し後のことになる。
「次に3つ目のニュース、ロッキーバークレー君も頑張ったぞ。ほら、ロッキー、あれだよあの試合が決まったってちょっと前に私のところに連絡が入ったぞ!」
「やったー!」
わがクラスのゲームプレイヤー、eスポーツのチャンピオン、いつも強気のロッキーが飛び上がって喜んだ。
「ロッキーバークレー君;巨人の国のeスポーツボクシング、ウルトラヘビー級のチャンピオンに挑戦が決定しました王座決定戦の日程が決まったんだよ」
これもあとでわかるのだが、この王座決定戦は、世界各国に生配信されるほどのビッグマッチだったのだ。
サリコサレキ先生はさらに続ける。
「今日はまだまだあるよ。4つめ、アンジェラマクミラン君プロデュースの『健康になるためのスウィーツ』「筋トレ専用チーズケーキ」などが大人気のケーキ屋オーロラが、高級店ひしめくスターシード5番街に格上げオープンだ」
クラスの女子でとびぬけてすらっと背の高いアンジェラがほほ笑みながら立ち上がった。生徒の間からどよめきが起こった、
「5番街っていえば、あの高級レストランソルコラールのあるところだぜ…」
自分のアイデアで自由に店を出店できる仮想空間のフリーエリアの中で、それなりの実績や、確かな売り上げ、絶大な人気などがなければ出店できない人気商店街に自分のクラスメイトが店を出すなんて?!
「ウホン!みんな静かに、ほら、5つ目はミノヤマヤサナエ君だよ」
小柄で長い黒髪の少女がちょっと緊張して立ち上がった。
大正時代から続く花火職人の4代目であるミノヤマサナエは、マーカスマービンの研究を受けて、バーチャルに火薬を調合し、仮想空間に花火の巨大感スケール間を再現するシステムを開発したというのだ。
伝統的な製法にのっとり、火薬を調合し、火薬の玉を花火の形に詰めて打ち上げれば、本物の花火と全く同じ花火の映像が得られるところから、花火のシミュレーション実験にも使えるというもので、リアルな音や色彩、デザイン、音楽までも実際と同じように再現してくれるこだわりのシステムだ。
「危険な火薬を取り扱うこともなく、爆発事故や家事の危険もなく、もちろん二酸化炭素
の発生もゼロだ。それが今度のマジカルオーロラパレードの夜に初披露となったそうだ」
サナエちゃんは手を上げて皆にアピールした。
「花火のバーチャルライブ中継も配信します。実際の火薬では発色しにくい青色や紫なんかもばっちり見えて美しいです。みんなぜひ見に来てね」
絶対見に行くぞ、とか、ねえ皆で行こうよ、などの言葉が飛び交った。
「そして6番目のニュースはある意味1番衝撃的だ。諸君、この広場に、この芝生農上にクラスメイトが1人足りないと思わないかい」
「あ、そういわれれば、いつも陽気で元気なテッドトンプソンがいないぞ?」
すぐにみんなは気づいた。
「先生、テッドトンプソンは、いったいどうしたんですか?欠席なんですか」
すると端正な英国紳士であるデュランサリコサレキ先生は後ろの森の木陰から、何かを導き入れた。
「ここの仮想空間では、自分の映像をわかる範囲で修正したり、衣装を変えたり、コスプレしたりするのは全く自由だ。でも他人そっくりになったり、全く外見が変わってしまうことは、犯罪の恐れがあるため禁止されている。それでも大幅に外見を変えたいときは、社会一般に認められる理由や厳密な登録などが義務付けられている。そしてテッドは数か月の準備期間と、なぜ外見を変える必要があるのかという論文を3通提出し、この度仮想空間でのアバターチェンジが認められ、今日この瞬間から、彼の望む姿に変わった。既に登録済みだからトゥルーレンズ越しに見れば、以前のテッドの姿も見ることができるぞ。では、テッド、新しい姿を、クラスのみんなに見せてやってくれ」
皆口々にどんな姿になるんだ?と疑問に思っていたが、彼と同じ小中学校からきた幼馴染は愕然とした。
「まさかあいつ、あれになるんじゃねえだろうな」
「いやあだ、テッドはきっとあれになるのよ。どうしよ」
そして招き入れようと差し出した先生の手の下を、何か小さな生き物がのろのろと歩いてきた。
「あああー、やっぱりそうだわ。あれよ、あれ」
「テッドが好きで好きで教室の机の中で飼っていたあれだわ」
2、3人の男子が口をそろえて叫んだ!
「やっぱそうだ、ガマガエルだ」
「その通り、彼は長年の念願がかなって、とうとう本当にカエルになったのだ」
厳密に言うとそれは彼が特に好きだったミドリヒキガエルだった。みんな元の登録姿がわかるトゥルーレンズ越しに除いてみる。本来の姿ではないことを現す赤いランプが点滅し、ガマガエルにテッドトンプソンの本来の人間姿が重なって見える。
サリコサルキ先生が続けた。
「ただこのリアルなカエルモードでは授業をはじめ、遊園地で遊ぼうにもレストランで食事をとるにも何かと不便だ。仮想世界でできることが何かと制限されてしまう。そこでリアルなカエルモードだけでなく、別に2つのモードを加えてもらった」
その瞬間、ガマガエルが光り出し、光の中に2つ目の姿を現した。
「おおっ!」
それは身長150cm、足がニョッキッと長い、2本足で立ち上がったカエル人間モードだった。目玉が真ん丸で大きく、ユーモラスでにくめない哀愁がある感じだ。
カエルのイラストのかわいいTシャツとポップなカラーのショートパンツを身に着けている。だがカエル人間が再び光に包まれたかと思うと、今度は3つ目の姿、もともとのテッドの人間の顔がでている、カエルの帽子をかぶったコスプレ姿のテッドトンプソンが現れた。Tシャツやショートパンツは、カエル人間とほぼ一緒だが、これなら一般の行事や普通のお店に入ってもオーケーだ。
「ちなみに彼はこの教室ではぜひカエル人間モードでいたいと希望しているというのだが、みんないいかな」
カエル人間が、小柄でわりにかわいかったのでとりあえずみんなはオーケーした。
モリーは、カエルは嫌いじゃなかったけど、友達がカエルになってしまったことに、驚きを隠せなかった。
みんなとゲームの話を良くしていたから、おとなしいゲーム好きだと思っていたのだが…。
「…でも、テッドがカエルのぬいぐるみやフィギアなんかを数えきれないほど持ってるっていうのは聞いていたけど、まさか、本当にカエルになっちゃうなんてねえ…」
まだぶつぶつ言っている仲間も多かったが、とりあえずこのクラスにカエル嫌いがいなくて幸いだった…。
それからサリコサレキ先生から今週の学習計画や個人の予定表の進め方の注意などが説明され、ホームルームの時間は一通り終わった。
ところが、モリーが自分の学習予定表を見てみたら、何ということ今週1週間、表は真っ白で何も予定が入っていなかった。
唖然とするモリー、だがその時サリコサレキ先生がさっと近づいて来てささやいた。
「実は皆にはまだ秘密だが、たった今この券がとどいてね…」
そして1枚の招待券をモリーに渡したのだった。
そこにはスターシードランド永久無制限入場招待券の文字があった。
スターシードランドって、数ある仮想世界テーマパークの中でも、1番規模が大きく、人気もダントツ1位のテーマパークだ。
「先生、これはどういうこと何ですか」
「理由はおいおいわかるだろう。とにかく君は今週1週間、ここに行って何かを成し遂げることが学習だ。帰ってきたらいちおうレポートを提出してもらってそれが君の成績に直結する。頑張りたまえ」
でもこれから1週間学校に来ないで遊園地に行って来いと言われたのも同じだ、モリーは途惑った。
「え、でも、そこに行って何をするんですか」
「まずはこの招待券をくれたスターシードランドの創設者、ビッグバンスターシード氏に会いなさい。君のなすべきことがきっとわかるだろう」
「は、はい」
すると先生の横の芝生の上に大きな扉が現れ、ゆっくり開いていった。モリーはその扉をくぐると、ゆっくりと歩を進めていった。モリーの不思議な冒険の旅がついに始まったのだ。
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