『人形と人形と傀儡と』③
どうも、イミテーションです。3歳です。多分あと数分で死にます。
顔面を狙った拳を首をかしげてかわし、反撃に掌打を撃ち込む!
「んん~?」
教官殿は胸に衝撃を受けて一歩後退る。とはいえ怯ませただけで、ダメージは皆無!教官殿は煩わし気に眉を顰めた後、すぐさま反撃に打って出た!
重い左フックを右腕でブロック!痺れる腕を強いて動かして後ろに引き、腰のひねりを効かせて正拳突きを放つ!
腹を狙ったそれは当然のように反応され、腕に手を添えられて逸らされた。拳を逸らされた俺と教官殿は互いに背を向ける格好になり、こちらが反応するよりも早く繰り出した教官殿の肘うちが、俺の背中を打った!
((
痛みに耐え、吹っ飛ぶ体を制御して何とか四つ足で着地。顔を上げると、教官殿の跳び膝蹴りがすぐ目の前に迫っていた!
((ギャ―死ぬ死ぬ死ぬ!?))
辛うじて側転が間に合い、俺の顔面を撃ち抜くはずだった膝は俺の頭が一瞬前まであった壁に突き刺さった!
ずんっと、とても人間の繰り出した蹴りとは思えない重く鈍い音が響き、教官殿が突き刺さった膝を引き抜けば、壁の一部が無残にも陥没していた。
俺は連続バク転をうち、距離を取って息を整える。
「こわ~…」
そしてその有り様を見てぼそりと呟き額の汗と血を払うと、後屈立ちで左手を前に出し、右手をやや引いて掌を開いて胸の前に翳し、左足を前に出して右足を後ろに引いた。
完全なる防御の構え。これで初撃で意識を飛ばされることは無い…はず。結局はそれは教官殿の匙加減だ。まだまだ俺と彼との戦闘能力の溝は深い。
「……」
教官殿はブラブラと腕を揺らし、特に構えも取っていない。構える必要が無いというのもあるが、今は訓練というより俺が今どれくらい出来るかどうかの観察がメインなので、がつがつと攻撃を振ってこないのだ。
とはいえ、無防備にも見えるその立ち姿に、俺はさっぱり隙を見いだせない。実力差がありすぎるのだ。
これは俺の実力を図るための物。ならば俺がすることは攻撃を待つことでなく、こちらから攻撃を振っていくことが望ましいだろう。
((いいぜ糞が!やってやらぁー!))
向こうの意図に乗るのも癪だが、このままされるがままっていうのはもっと癪だ!
俺は意を決し、ポケットに入れていた破砕した壁の破片を教官殿目がけて勢いよく投げつけた!
「ほっ!」
迫り来るそれを意外そうに見つめ、蠅でも払うかのように腕を振って破片を砕いた!
その隙に俺は教官殿へ向かって突っ込み、身をぎりぎりまで地面に屈め、極めて低い下段回し蹴りを繰り出す!
「ほうほうそう来るか」
頷きながら、教官殿は小さく跳ねる事によってこれをかわし、そのまま全体重を乗せたストンプを繰り出して身を屈める俺を踏み潰しにかかる!
俺は前転を繰り出し、教官殿のスタンプをぎりぎりでかわす!すぐ後ろの地面が爆ぜた!爆発的な衝撃に、子供の身では耐え切れずに体をよたつかせてしまった。
その隙を、教官殿が見逃すはずが無く、立ち上がった瞬間に蹴りで腹を抉られた!
((はうあっ!!?))
瞬間的に腹筋に力を籠めるもまるで意味をなさず、凄まじい衝撃に体がくの字に折れ曲がり、勢いよく吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた!
((
己を強いて飛びかける意識を常ぎ止めるも、瞬時に間合いを詰めてきた教官殿の回し蹴りが頬を撃ち抜き、俺の努力も空しく、意識は闇の中へと吹き飛ばされるのであった。
■
「うん、悪くないネ。良くなってきてるよ!マジで!」
「そうですか」
にこやかに笑う教官殿へ適当に相槌を打ちつつ、体中についた傷への処置を行う手は止めない。
「いやいやマジでマジで!ほんとに見違えたよ。ビックリした!」
「そうですか、それは良かったです」
大仰な身振り手振りで褒めそやしてくる教官殿に愛想笑いを向けつつ、心の奥底で先ほどのやり取りを自分なりに評価してみる。
((……ダメだわ、うん。全然ダメ))
総評としては赤点以下。追試確定ものの酷さであると俺は心の査定表に赤バツをつけた。
まだ子供だから、まだ成長の余地がある、ではだめだ。このままいけば俺は黒い者に毛が生えた程度の戦闘力しか持つことはできないだろう。
闇の神の欠片による力のブースト?ブルシット!あんなもんに頼ってたまるか!
そもそも俺の描く本編開始後の
影武者として裏で待機している間に、秘密裏に教団の支部を潰しまくる。それによって主人公勢力の消耗を押さえ、本編よりも被害を最小限に抑え込み、何かこうアレしてさっさと退場する。
俺の異能はすでに把握されてるから、潜入先で力を使ったらバレちゃうモンニ。あと欠片は最終的に本編通りにぶっこ抜いてもらう必要があるので、頼れないというのもある。暗夜との最終決戦で使うために鍛錬はするけどね。
それが俺の描く筋書きである。
え?退場するのにそんなことする必要があるのかって?俺をこんな目に合わせた奴らに何もせずに退場なんてしてられるか!舐めた奴はぶっ殺す!
とはいえ自己鍛錬ではどうやっても頭打ちだ。非常に癪だが、教官殿は自称した通り『暴力のプロ』だ。俺が死ぬギリギリかつ傷が残らないように丁寧に丁寧に力加減を調整してこの体を
((あんなふざけた糞に頼りきりになるのは腹立たしい事この上ないが、我儘言っている場合じゃない。利用できるのものすべて利用し尽くさなくてはとてもじゃないが間に合わない…))
時間が無い。本編開始までもう10年切っているのだ。素質が無い。力も無い。駒も無い。だったらそれを補うために、より一層地獄の深度を深めなければならない。
歯がゆい。まるで深い霧の中を歩んでいるかのように進んでいる気がしない。心中に焦燥感だけが募ってゆく。しかしどれだけ焦った所で事態が変わる訳じゃない。
「着実に君は素晴らしくなってきてる。保証するよ、うん」
教官殿は俺の頭を引っ掴み、ずいっと顔を近づけた。奈落のような光無き目がすぐ目の前に迫る。
「だが調子に乗っちゃあいけないよ?ね?ワカル?」
「無論です」
気色悪いじっとりとねばついた悪意だけが宿る視線を、そらさずに凝視する。
「あそ」
教官殿は俺の頬を張った。
「じゃあさっさと行け。時は金なり!」
「了解しました。
俺は立ちあがり、教官殿にお辞儀した。
教官殿は立ち上がり、無造作に前蹴りを繰り出して俺を吹き飛ばすと、そのままドアを開け、出て行った。
「カスが、舐めやがって…」
感謝の言葉を口にして、俺も着替えを済ませて部屋を出ると、出口前に駐車していた黒塗りの高級車に乗り込んだ。
■
「おそ~い!」
部屋に入るなり、千歳が開口一番そう言った。
眉を吊り上げ、腰に手を当て、いかにも私怒っていますという風情である。
「申し訳ありません千歳様。少々お遊戯に夢中になってしまい、時間を忘れてしまったようです」
四の五の言わず、俺はただ謝罪するだけにとどめた。余計なこと言ったら最悪破壊球が飛んでくるからだ。
「いいわけ!ダメ!」
「ぐふっ!?」
当然千歳は許しちゃくれなかった。千歳はこっちに走り寄り、その勢いのまま俺の腹に突撃をかましてきた!
ズドンという音が鳴った。女児の頭突きの威力じゃねぇ!
あまりの威力に肺の空気が一気に口から放出され、俺は堪らず千歳を伴って尻もちをついた。
「ち…千歳様…ぐふ…」
息も絶え絶えに腹の上の千歳に声をかけるも、彼女は顔を埋めたまま微動だにせず、その表情も伺い知れなければ返事の一つも返してこなかった。
訝ってその肩に手を伸ばそうとしたが、それを制するように、千歳からくぐもった声が発せられた。
「―――」
か細く、今にも消えてしまいそうな声が、かろうじて耳に届いた。
手を伸ばした姿勢のまま、俺は固まった。よく見れば、千歳の体は小刻みに震えていた。しがみつく強さは、そのまま嫌われる恐怖の表れか。
俺は手を引っ込めた。それを察したのかどうか知らないが、千歳のしがみ付く強さが増した。天を仰ぎ見て小さく息を吐き、千歳が落ち着くまでしばらくの間そのままでいる事にした。
こういうことは、これが初めての事じゃない。この1年で何度もあった。しかも、日を重ねるごとに頻度は増した。
産まれてからずっと親しく接してくれた者はおらず、誰も信用出来ない日々を過ごしている中で、唐突に現れた、見下してもいい相手。依存するのも、無理は無いと言えた。
あぁ可哀そうな千歳。可哀そうな使い捨ての貯金箱!
君の人生は刻々と酷くなる。日々を重ねる度に闇は深みを増すだろう。
君の事は可哀そうに思う。同情しよう。憐れもう。しかし、止めるつもりはない。軽減させはするが、君が地獄へ送られる事を止めはしない。君はすでに手にしてしまっている。地獄行きの切符を。君はすでに乗り込んでしまっている。地獄行きの暴走列車に。
いつからかって?産まれた時からさ!
身勝手だと思う。最低だと言われても否定はしない。
可愛そうに思うのは本当だし、同情だってするが、君が酷い目に合わない限り、俺がこの地獄から足抜けすることができないのだ。
だから残念ながら途中下車は、無しだ。
俺は君たちの下らんパワーゲームに興味が無い。君たちの
俺は死にたくない。訳が分からないうちにこの世界で目覚め、手前勝手に地獄へ連れてこさせられ、理不尽に付き従わされ、その上一緒に死ねだ?
ふざけるなファック野郎ども。
その生い立ちを思うたびに、俺の脳の髄の奥底が熱を持つ。例え奈落の底へ落ちようとも消える事の無い火が熾るのだ。叫ぶのだ。
俺は死にたくない。俺は帰らせてもらう。
ただし、その前に今までのツケは支払ってもらう。俺にふざけた事をしやがった野郎どもには、ありったけの糞をぶちまけてやる!
そのためならば、俺は喜んで地獄へと赴こう。地獄から抜け出す為に、地獄へと突き進むのだ!
決意を新たに天を睨んでいると、ふと視線を感じ、見上げていた顔を正面へと戻す。深い青色の瞳と目が合った。
千歳の顔は酷いものだった。人形めいて整った顔は蒼白で、俺を見つめる瞳は不安げに揺れ、目の端にはたまった涙が一筋零れ落ちた。
見れば見る程、心の中で憐みが増した。彼女の背負う運命もそうだし、何より頼りにしている者も結局は己を取り巻く理不尽と何ら変わらない事にも。
((俺も連中と大して変わらないな……))
思わず苦笑した。
でも、しょうがないじゃないか。誰だって我が身が可愛い。己の全てを捨ててまで誰かのために動ける者はそう居ないのだ。
何とかお前が助かるように努力はしよう。さすがに何もしないでハイ、サヨナラは、俺だってしたくない。
だけど。
((失敗したらごめんな))
心の中で謝りながら、俺は手を伸ばす。千歳はびくりと身を縮こませた。構わず伸ばし、千歳の手を取り、両の手で包み込んだ。
「もう少し、このままでいましょうか」
俺の意図を飲み込めきれない千歳は、己の手を包む俺の手と俺の顔を交互に見て、それからぎこちなく頷いた。
俺たちは手を握り合ったまま、しばらくそうしていた。
聞こえるのは、俺たちの息遣いだけ。見守るのは、血の通わぬ人形たちの群れ。
俺たちはお互いを見る。俺は千歳の深い青色の瞳を覗き込む。千歳も俺の深い青色の瞳を覗き込む。
見つめ返す、不安げに揺れる瞳。闇は着実にその瞳を曇らせつつある。
しかし。先ほどに比べ、幾分か晴れているように見えるのは、俺の錯覚か。はたまた―――。
互いの瞳を覗き込んで、少しして、千歳は思い出したかのようにもじもじとして、それから、恥ずかしがるように俯き、顔を上げ、そして、子供のように、はにかんだ。
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