第6話 苦戦……初めてのモンスター

 アティナと僕は意志の疎通を図っていた。

 3体のゴブリンに気付かれない様に。


「引き返せ」


 アティナの仕草と唇の動きだけで、そう言っているのが分かった。


「そうはいかない」


 僕の口の動きを見て、アティナは眉根を寄せた。


「キー……」


 アティナの肩に頬ずりするホワイトドラゴン。

 目がくりくりしてて可愛らしい。

 よく見ると鱗が裂け、頬に傷がある。

 アティナは傷付いたホワイトドラゴンを治療していたのだろう。

 そこでモンスターに襲われたのだ。


(このまま岩の隙間に隠れてたって、死を待つだけだろ……)


 自己犠牲にもほどがある。

 アティナの瞳は強い力を帯びていた。

 傷付いたホワイトドラゴンを死んでも守る。

 そんな決意が込められている。


「グゲ、ゲゲゲゴ」


 3体のゴブリンはアティナが潜む岩の裂け目に、ノシノシと近づいた。

 小腹がポッコリ出た緑色のゴブリン2体。

 その2体を従えているのは、ひときわ大きい筋肉質で紫色のゴブリン。

 クルスはそいつに視線を合わせた。


 ベスゴブリン

 HP:245

 MP:0

 攻撃力:219

 防御力:133

 素早さ:64

 スキル:正拳突き、高速タックル

 魔法:不明


(ゴブリンの1ランク上のやつだ……)


 ゲーム序盤に登場するモンスターだ。

 ゲームではレベルが低い頃、その攻撃力の高さから割と手こずった。 


「厄介な奴と遭遇したな……」


 この世界のクルスのレベルだと苦戦は必至……


「ゴゴズ!」

「ゲ!」

「ゲ!」


 ベスゴブリンに指示された2体の子分ゴブリンは、手にした棍棒でアティナが潜む岩を殴り始めた。

 どうやら岩を砕き、アティナが潜む隙間を広げ、彼女を引っ張り出そうとしているらしい。


ガシ、ガシ!


 棍棒が打ち下ろされる度に、アティナがきつく目をつぶりホワイトドラゴンを抱きしめる。


ボリッ!


 岩に拒絶されるかの様に棍棒が折れた。

 所詮、木製だ。

 折れるのは目に見えていた。


(おいおい、もうちょっと持ってくれよな)


 クルスは折れた棍棒を苦々しげに見た。

 これじゃ時間稼ぎにもならない。

 クルスは様子を見つつゲームの知識を動員し、ベスゴブリンと、どう戦うか考えていたのだ。

 

「ゴガ! ガゴゴガレ!」


 ベスゴブリンが、子分ゴブリンを叱っている。


「ゴゲガ、ガグ!」


 ベスゴブリンは腰に付けた袋から石を取り出した。

 火打石だ。

 火打石を手にしている棍棒に擦り付けた。


ボウッ!


 棍棒に火が着いた。

 洞窟内が明るくなる。

 ベスゴブリンは火を岩の周りに生えている草木に着火させた。

 アティナを火あぶりにして、おびき出そうというのか。

 さすが、子分よりは頭が回る。


「あ……あ……」


 アティナが口に手を当て、後ずさる。

 だが、背後は行き止まりらしく絶望的な表情をクルスに向けた。

 クルスは大きく頷いた。


(もう考えてる暇なんてない。アティナを助けるんだ!)


「グゴッ!」


 目を見開くベスゴブリン。

 その瞬間、奴の手にした炎の棍棒がその手から弾き飛ばされた。

 クルスの剣の一閃が、アティナを救った瞬間だった。

 棍棒は炎の弧を描きながら、子分である緑色のゴブリンに激突した。

 全身炎に包まれたゴブリンは、激しい熱さにどうすることも出来ず走り回った。

 もう一体のゴブリンが、それを救おうと駆け寄る。


「そうはいかんっ!」


 その動きをクルスは予測していた。

 ゴブリンの前に立ちはだかる。

 と、同時に銅の剣を振り下ろした。


ゴッ!


 切れ味が良くない。

 撫で斬りにしたいところだったが、左肩に叩きつける感じになり骨を砕いただけだった。

 銅の剣だから仕方ない。

 それでもクリティカルヒットと判定されたらしく、ゴブリンは倒れた。

 その間に、炎に焼かれたゴブリンは灰になっていた。


(ゲームでも異世界でもゴブリンのアルゴリズムって、同じなんだな)


 ”ゴブリンは仲間を助けようとする。”


 だからクルスにはゴブリンの動きを読むことが出来た。

 

 まさに、ゲームの知識が役に立った時だ。


 そして--


 ”ゴブリンは連携プレイを得意とする。 ”


 一体、一体は非力だ。

 だが、数が増え協力すると、その何倍もの力を発揮する。

 まず、子分ゴブリンを排除することは、クルスにとって当然の戦い方だった。


「グオゴオラガアアアアアア!」


 怒り狂っている。

 ベスゴブリンが両足をドスドスと踏み鳴らした。

 まるで地団駄を踏むかの様に。


◇◇◇


『救世主クルス


 職業は勇者

 パラテノ村のユナとナツヤの間に生を受ける。

 幼い頃より、ラインハルホ城の騎士だった父ナツヤから剣術を教わる』


 ドラゴネスファンタジア取扱説明書 登場人物紹介の章 1ページ目より


◇◇◇


「大丈夫、勝てる……」


 頭に青筋を浮かび上がらせ怒り狂っているモンスターは、ナツヤに比べれば弱い。

 いつもナツヤから鍛えられているクルスは、負けない自信がある。


「!」


ドガアッ!


「うっ!}


 息が詰まる。

 だが、次の瞬間、彼は宙を舞っていた。

 ベスゴブリンの高速タックルをまともに受け、脳が激しく揺さぶれられる。

 視界が真っ暗になる。


(負けない……そう思っていた時期もあった……なんてね……)


 現実世界での自嘲癖が顔をのぞかせる。


つづく

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